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第511話 酒宴のたくらみ

 護衛の道中は、その後も問題なく続いた。

 何度か野生動物の襲撃などはあったが、クラウドとミシェルの前では全く敵にならなかった。

 その都度、頬傷の商人はミシェルの腕前に感嘆の声を上げていた。

 そして三日目の朝、ようやくメトセラの街に戻ってきた。


「いや、実に順調だった。これは次も頼むしかないな」

「こちらこそ、ご贔屓に頼んます」


 クラウドも道中で商人とは仲良くなっており、気安く言葉を交わす程度の仲にはなっていた。

 対してミシェルは、初めて訪れた町に興味津々で、視線はせわしなく街路の屋台を捕捉していたりもした。

 屋台に張り付くように動かないミシェルを引っ張るようにして、クラウドが移動させていたのも、今日までということになる。


「それじゃ、後でギルドの方に金を振り込んでおくから、そっちで報酬を受け取ってくれ」

「うぃっす」

「おっと、積み荷を降ろすまでは依頼のうちだからな!」

「わかってますって」


 注文を受けた品は、東方のマタラ国で作られている、布の目が細かいマスクだ。

 元は炭鉱などで粉塵を防ぐために使われていた物で、その遮蔽率はラウムの品よりも遥かに高い。

 それがおよそ二千個。商人の経験からしても、結構な大口取引である。


「悪いな、本当なら休んでもらわないといけないんだが、特注品で個包装されていてな。その分嵩が増してるんだ」

「しょせん布なんで、軽いもんスよ。それに俺、こう見えても力自慢なんで」

「そういってくれると助かるよ」


 実際、クラウドはその細身の身体からは想像できないほど力が強い。

 これは幼い頃からの鍛錬と、潜り抜けてきた実戦により(はぐく)まれた力だ。


「荷降ろしが終わったら、詫びに一杯奢らせてくれ。お前たちも一緒に飲もう」

「へい!」


 待機していた人足たちにもそう声をかける。彼らもタダ酒が飲めるとあって、表情を明るくしていた。


「それじゃ倉庫に行くぞ。南の三番倉庫だ」

「りょうかーい」

「え、お昼食べてからじゃないの?」

「ミシェル、あとで買ってやるから」

「ホント? ぜったいだからね?」


 未練たらたらのミシェルを引っ張り、クラウドたちは倉庫へと向かう。

 さすがに仕事の最中に買い食いするほど、ミシェルも非常識ではないので、それに大人しく従っていた。


「ハハハ、なら仕事が終わったら俺が腹いっぱい食わせてやるよ!」

「やったぁ!」

「やめておけ! マジで!?」


 ミシェルの食欲を良く知るクラウドは、商人の暴挙を必死になって止める。

 その意味を理解せず、きょとんとした表情を浮かべる商人。

 そんなにぎやかな雰囲気のまま、彼らは倉庫へと向かうのだった。




 夜になり、商人は約束通り、ミシェルたちに食事をおごっていた。

 彼女の全開の食欲を初めて目にした彼は、目を丸くしてその健啖振りに目を(みは)っていた。

 クラウドはやや申し訳なさそうな顔で、酒杯を呷っている。

 すでにミシェルの暴走を止める気は、毛頭ない。


「いや、これは……よく食うな」

「ちっさい頃からそれが自慢だったし」

「この外見に騙されて、何人が泣いたことか」

「む、騙してなんてないもん」


 ミシェルの体格自体はほっそりとしている。肩も腕も健康的ではあるが、無駄な肉はない。胸以外は。

 それに騙されて下心満載の男が何人も食事に誘ったが、その財布をことごとく粉砕してきたのが、彼女の食欲である。

 今その犠牲者リストに、商人の名前も載ろうとしていた。


「悪いね、こっちばっかり食ってて」

「気にすんな。俺たちもタダ酒飲ませて貰ってるからな」


 クラウドは人足の男たちに、一応謝罪を入れる。

 男たちも同じテーブルについて、一緒に酒を飲んでいるが、卓上の料理はほとんどミシェルの胃に消えていっている。それを謝罪したのだ。

 彼らもそれを気にするような素振りを見せていないため、クラウドは安心して食事に戻る。

 しかし視線は彼らの手元から外さなかった。

 これまでに、ミシェルを狙って一服盛ろうとする男たちを散々見てきたからだ。クラウドの視線に気付いているのか、男たちも微妙に緊張した様子を見せていた。


「なんだか視線を感じるんだが……?」

「ああ、悪い。つい癖でね。ほら、相方がアレだから」

「なるほどな。心配の種は尽きないってところか」

「気を悪くしたなら謝るよ」

「いや、気持ちはわかるさ」


 ミシェルはその体付きももちろんだが、容貌も愛嬌があり素朴な印象を与える。

 ニコルが貴婦人的な美しさだとしたら、ミシェルは村娘の気安さを漂わせていた。

 どちらに声をかけやすいかと問われれば、圧倒的にミシェルに軍配が上がるだろう。

 だからこそ、行き過ぎたアプローチを掛けてくる男たちも、後を絶たない。

 そんなやり取りを交わしつつ夜も更けていき、やがて人足の一人が席を立った。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おう。手早くな」


 軽く手を上げ、何気ない仕草で店の奥へと消える。

 トイレは厨房のそばに設置されていている。これは店員も頻繁に使用するからである。

 しばらくして新しい料理が運ばれ、揚げ物の一つに即座にミシェルが手を伸ばした。

 続いて商人も負けじとフォークを伸ばす。


 クラウドはその光景を眺めつつジョッキに口を運んでいたが、中身が空であることに気付いた。

 同席の男たちの分も残り少ないことを確認し、追加のオーダーを給仕に頼む。

 間をおいてトイレに立った男が戻ってきた。その手にはオーダーした酒を持っていた。


「ついでに持ってきたぞ」

「ああ、手間をかけたな」


 おそらくトイレから戻ってくるところで、給仕に配膳を任されたのだろう。

 仕事の手を抜く、あまり褒められた行為ではないが、ここはうるさく言うべきではないとクラウドも考えた。

 男からジョッキを受け取り、口に運ぶ。

 するとしばらくして、くらりと視界が揺れた。

 不自然な眩暈(めまい)に、慌ててミシェルに視線を送ると、彼女はすでに酔い潰れたかのように、テーブルに突っ伏していた。


「バカな。彼女は、酒は飲んで、ない、はず……」


 ミシェルはほとんど酒を口にしない。今日も料理ばかりで酒は飲んでいないはずだった。

 特に男と同席するときは、クラウドも注意を払っている。

 見れば、商人も同じように酔い潰れている。


「いや、これは……一服、盛った、な……」


 視界が暗転する寸前、クラウドは男たちがニヤニヤとした笑みを浮かべているのを、目にしていた。


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