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第495話 黒幕の暗躍

  ◇◆◇◆◇



 カインは翌日から、室内の警備を強化していた。

 微かな花の香りが残されていなければ気付かないほど、鮮やかな侵入をしてきた相手。

 それは以前乗り込んできた冒険者とは違い、一線を画した実力の持ち主の姿を思わせた。

 時間の取れる昼休みなどにも頻繁に自室に戻り、さらに侵入の痕跡や、正体に繋がる遺留品がないか調べてはいるが、(かんば)しい結果は出ていない。


「今回はさすがに、その道のプロを送り込んできたということか?」


 カインは苛立たしげに髪をかき上げ、吐き捨てる。その足はそそくさと寮の自室へと向かっていた。

 昼休み恒例の、自室近辺を確認するためである。

 室内に目立つ証拠は置いていない。しかしそれらを隠している場所に繋がる通路がそばにある。

 それを見つけられてはいないか、確認するのが彼の日課だった。


 以前の冒険者二組は、捕らえ、拷問した結果、ラウムの首都に所属する冒険者とだけ判明していた。

 彼らも直接の依頼人が誰か、把握していなかったようだ。相手の黒幕はどうやら最低限の慎重さは持ち合わせているらしい。


「怪しいのは、やはり……ヨーウィか」


 最近になって転入してきた婚約者。彼女が自分との婚儀に反対していることは、カインも知っている。

 しかし、彼女は以前よりさらに奇矯(ききょう)な性格になっていることは知られており、ここに乗り込んできたとしてもおかしくはない。

 幼い頃は冒険者の真似事をしていたと聞くし、それは転入初日の挨拶でも現れていた。


 自分が狙われているというのに、相手が見えてこない。そのプレッシャーは、予想以上にカインにストレスを与えていた。

 数日で我慢比べの様相を成し、『クスリ』の出荷も控えている。

 万が一、在庫を隠している場所が見つかっては、自分の身の破滅に直結する。

 公爵家の跡取りは、自分だけではない。弟たちが存在する以上、大きなミスをすれば、父は自分の首を切るくらいはするだろう。


「まったく、面倒な。しかしあの女の人気は捨てがたい」


 奇矯ではあるが気さくな性格のレティーナは、ラウムの市民に人気があった。

 彼女と彼女の連れてきたニコルという少女。それと平民のもう一人。冒険者の真似事をしていた三人は、ラウム市民から妹や娘のように可愛がられていた。

 首都に進出するなら、彼女の築いてきた人気はぜひ欲しいと、カインも理解している。


 それに彼女の連れている使用人。フィニアという少女も捨てがたい。

 美しい容姿、長い寿命、そして見かけに寄らぬ身のこなし。立ち居振る舞いからも彼女がそれなりに戦闘をこなせる人材だと、カインは見抜いていた。

 さらに使用人としても、教育が行き届いており、手に入れればどれほど()()が楽しめるか、夢想してしまう。

 平民でなければ、ぜひ側室にと考えていたことだろう。もっとも、平民だからこそ気軽に捨てられるという物でもあるのだが。


「そこらの雑魚だったら処分して終わりなんだが……」


 もし彼女たちが侵入者に繋がっていた場合、何らかの手を打たねばならない。

 もっとも、その手法は彼には心当たりがある。


「いざとなれば、薬漬けにするか。あまりやり過ぎるとモンスター化してしまう危険もあるが」


 ニタリと笑みを浮かべるカイン。そこで彼は、寮の廊下の向こうから、一人の女性がやってくるのが目に入った。

 長い金髪をなびかせた、美しい――というか愛らしいといってもいい少女の姿。

 今はヨーウィ侯爵令嬢レティーナに仕えているフィニアである。

 慌ててニヤけた顔を引き締め、いつもの怜悧な……と彼が思っている表情に引き戻す。

 フィニアもカインの存在に気付いたようで、やや強張った顔つきで廊下の端に寄り、深々と礼して彼が通り過ぎるのを待っていた。


 双方が何ごとも無かったかのようにすれ違う一瞬――カインは、嗅ぎ慣れない芳香に気付いた。

 それは自室で嗅ぎ付けた花の香りと同じ物。正確には違うかもしれないが、同等の素朴な花の香りだった。


「お前、その花の香りは――」

「ひゃ、はぃ!?」

「ああ、驚かせて済まない。君、その花の香りは何かな?」


 思わず素の横柄な口調が漏れてしまうが、落ち着いて表面を取り繕う。

 平民にゴマをするようで、内心は苛立たしい気分だったが、レティーナに悪評を伝えられては困ると考えていた。


「あ、こ、これですか? 自分で作った匂い袋(ポプリ)なんですけど……ご不興を買いましたのでしたら、すぐに外しておきますけど」

「いや、不快というわけではないんだ。嗅ぎ慣れない香りだったものでね。すまなかった。仕事の邪魔をしたね」

「いえ、そんな」


 自分の纏う香りが問題にならなかったという安堵からか、フィニアは笑顔を浮かべる。

 その笑顔にカインは再び嗜虐心を刺激されるが、それを強引に押し留めた。

 ここで引き留めては、相手に不審を覚えられると思いなおし、カインは足早にその場を立ち去った。

 せっかく掴んだ相手の尻尾だ。ここで悟られて逃がすような真似はしたくない。




 その日のうちにカインは、いくつかの『クスリ』を手に街へと繰り出した。

 もちろん数日止めていた『業務』の都合もあったのだが、昼に出会ったフィニアの件についても、やることがあった。

 わざと小汚い服装を纏い、髪や顔を汚して変装をする。

 いくつかの街路を曲がった先にある、人目の少ない薄暗い路地で立ち尽くすこと十数分。しばらくして酔っぱらったような足取りの男たちが彼の周囲を取り囲んでいた。


「よう、すまないね、ダンナ。ご足労願っちまってよ」

「出す物を出して貰えるなら構わないさ。こっちだって商売だからな」


 いつもなら彼が直接取引に顔を出すことなどない。しかし今回は緊急で『クスリ』が必要ということで、様子を見に出てきていた。

 それに、頼みたいこともある。


「へへ……本当に悪いな。ちょっとばかり『クスリ』の力に頼らないといけなくなってな」

「それは構わんが、分を(わきま)えておけよ。使い過ぎると毒になる。俺の知ったことではないがな」

「心配してくれるんで? 俺たちも相応の得意様になったってわけだ」

「のぼせ上がるな。ほら、『クスリ』だ。出す物出せ」


 カインの取り扱う薬物は、過剰摂取するとモンスター化してしまう性質があった。

 これは素材の性質によるものだが、街中でモンスターの出現騒ぎを起こされては、彼も困る。

 その辺を注意していたのだが、この客はその意図を取り違えているようだった。 

 だがカインとしても、売り上げが上がるならこれ以上苦情を差し挟むつもりはなかった。

 万が一モンスター化しても、この街ならばある程度なら揉み消せるという自信があったからだ。

 何より、今回の薬は特別製である。いつもより濃度が高いため、まず確実に人間をやめてしまうだろう。

 しかし、今回はそれによって起きる騒動が目当てである。


「それより、お前たちに少し頼みたいことがあってな」

「あん?」


 取り引きが落ち着いたところで、カインは男たちに話を持ち掛けた。

 声を潜め、さらに人目のない暗がりへと移動していく。

 カインが持ち出した話、それは男たちにとっても無関係ではなかったのだった。



  ◇◆◇◆◇


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