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第470話 その後の二人

 再び出発した俺たちだが、その後の旅は問題なく進んでいった。

 朝夕にハウメアさんたちから訓練を受けていたせいで、進行がやや遅めになってしまったが、それでも三日もあれば目的地に到着できるだろう。

 問題があるとすれば、ミシェルちゃんである。


「こう……? こうかな? えい!」

「わっ、ミシェルちゃん、危ないから馬車の中で弓を振り回さないで!」


 現在、フィニアが手綱を握り、ハウメアさんが助手席に座っている。

 俺は夜間の警戒に備え、荷台で一休みというところだったのだが、ミシェルちゃんが接近戦での弓の扱いを練習していたのだ。

 おかげで荷台の中は危険地帯と化していた。


「コールさんも何とかいってあげて!」

「ん? そうだな……もう少し左の脇を締めた方がいい」

「いや、そうではなく」


 この男、寡黙な渋エルフかと思ったが、実は天然ボケ野郎だったのか?

 ミシェルちゃんに見当違いの指摘を飛ばし、それを受けたミシェルちゃんが再び弓を振り始めた。


「えい! てぇい!」

「うひゃ!? ミシェルちゃん、わざとこっち狙ってない?」

「え、そんなことないよ? さっきの仕返しとか、そんなことは全然」

「すっごい殺る気じゃない!」


 接近戦ができると思った矢先に、俺に機先を制されたことで、少し恨まれていたようだった。

 まあ、そうはいっても可愛げがある報復なので、怒ったりはしないが……はなはだ迷惑である。

 バタバタと荷台を駆け回り、結局大して体を休めることはできなかった。

 こういう子犬のような見境のない元気さは、ミシェルちゃんの魅力でもあり、欠点でもある。

 とはいえ、俺も一日二日の徹夜なんて前世から経験済みなので苦にはならないが、落ち着いたら説教くらいはしておこう。


 


 ハウメアさんと合流して二日目。目的地の手前といったところで、俺たちは足止めを食らってしまった。

 激しい雨が降り出し、街道がぬかるみ、馬車を動かせなくなってしまったからだ。

 バシバシと、まるで木の枝で叩くかのような激しい音が幌から響き渡る。

 夏場は蒸し暑い幌付きの馬車だが、こういう時はありがたく感じる。


「これはしばらく動けそうにないわね」


 ハウメアさんが溜め息交じりに外を眺めた。

 現在馬車の車輪には車輪止めをかませており、勝手に動き出す心配はない。

 クラウドも今は馬を降りて荷台に退避してきている。馬はかわいそうだが張り出した木の枝の下に繋いでいた。

 だが、あそこならかなり雨も凌げるはずだ。雷が落ちたら……その時は諦めよう。

 馬がいなくなるとかなり困るが、万が一死亡したとしても代わりの馬を街から連れてくればいい。

 俺の転移(テレポート)の魔法も、馬一頭くらいなら連れていける程度には熟達していた。


「中が蒸し暑いのも、フィニアの微風(ブリーズ)の魔法で換気できるから、暑くなったらいってね」

「それくらいなら自分でできるから、気を使わなくても大丈夫よ。それに便乗させてくれといったのは私たちなんだから、雨に降られずに済んだだけでも恩の字」


 旅の足が止まってしまったことを、俺は申し訳なく思い、彼女にそう提案していた。

 しかし彼女はそれを気にした風がないので、こちらとしてもありがたい。


「そういえば、ハウメアさんはなぜ北部三か国連合に? たしか温泉村とラウムを往復するのがメインだったんじゃ?」


 もう何年も前の話だが、彼女はそういっていたと俺は記憶している。

 確かラウムと温泉村を回る巡回商人の護衛が主だと。

 それがタルカシール伯爵領に向かうとなれば、本来の守備範囲を離れるにしても、離れ過ぎている。


「ああ、それがねぇ……なんでか知らないけど、エリオット陛下の結婚式に呼ばれちゃって……」

「はぃ?」

「なんでも幼馴染の護衛の女の子と結ばれたとか? それはいい話なんだけど、それがなぜか私のところに伝えられて、これも何かの縁だから、参加してくれないかって」


 そこまで聞いて、俺は頭を抱えそうになった。

 おそらくエリオットの相手は、間違いなくあのへっぽこ護衛のプリシラ・ラグランである。

 一応家柄としても伯爵家なので、それほど問題にはならないだろう。

 問題はそれがハウメアさんの元に届いたということ。これは俺が、エリオットを騙した際に、彼女の名前を使ったことが原因と思われる。


 三か国連合の情報力なら、彼女に辿り着くのは容易かったはずだ。

 そして人違いと気付くのも、当然の成り行き。

 しかし彼女の名を使ったことで、俺とハウメアさんが繋がりを持つことも、エリオットは気付いただろう。

 そこで、彼女に招待状を送ることで、もう一度俺に……というのは穿ち過ぎか。これから結婚する身なのだから、俺と再会する必要もなくなっているだろう。


「まあ、新婚早々、過去の女にってことはあり得ないか。偶然かな?」

「そういえばニコルちゃんって、エリオット様に求婚されていたんだっけ?」

「口約束にもなってない、周囲の暴走だよ、それ」


 そもそもライエルだって了承していない。俺も拒否していた。

 エリオット側が勝手に盛り上がり、勝手に終息した問題である。

 だが、この知らせは悪いばかりではない。むしろ俺としても嬉しい知らせだ。

 エリオットは前世でも世話を焼いた相手であり、それが結婚するとなるのだから祝福しないはずもない。

 そしてあの一途な護衛の想いが報われたのだから、祝福したくもなる。


「うん、エリオットの女を見る目は曇ってないってことかな?」

「えー、ニコルちゃんを選ばなかったことだけでも曇りまくりだよ!」

「それは大きなお世話だから!」

「お友達がお姫様になるって思ってたのに」

「結婚したらお姫様じゃなくて王妃様になるんだよ」

「あ、そっかぁ」

「ぶふっ」


 ミシェルちゃんの言葉を聞き、クラウドが噴き出していた。

 どうやら俺が王妃になるというところで、耐えられなくなったのだろう。


「ま、わたしも自分が王族とか、似合うとは思ってなかったけどね。でも女の子に対して噴き出すのは失礼」


 俺は一言口にしてから、保存食の干しイチゴを投げつけたのだった。


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