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第405話 夜の森の虐殺

 ライエルの屋敷を辞した後、俺は即座にストラールには戻らず、村の北にある森の中へと向かっていた。

 理由は一つ、針甲虫(ニードルビートル)の調査である。


 本来存在しない場所に存在した魔神。そして何より……


「その生態、だな」


 ニードルビートルは群れを成して生息する。

 召喚された場面を見たものがいないため、群れで召喚されるのかどうかわからないが、単独ということは考えにくい。

 マリアが森の調査を主張していたのは、このせいでもある。

 俺も魔術学院でモンスターの知識を学んでいたため、その生態については知っていた。


「一匹見かけたら十匹はいると思え、だったかな。いや、違うか?」


 ラウムに引っ越した時、コルティナがそんなことを言っていた気がする。

 あの時はフィニアがいなかったので、結構家の中が荒れていた。自分に関しては杜撰なコルティナらしいとも言える。


 それはともかく、ニードルビートルは群れる性質がある。

 ライエルが一匹を退治したのなら、他にも群れがいるはずだ。

 今回、別に俺が出張る必要はない。明日になればライエルが掃討してくれるので、放っておいても問題はないのだろうが、気になる点がいくつかある。


 それは、ニードルビートルが召喚によって呼び出された異界の存在。すなわち魔神の一種であるということである。

 これはクファルが関わっている可能性がある。それだけで俺には、この問題の正体を見極める必要があると思う。


「ま、自己満足ではあるんだけどな」


 クファルに関してはマクスウェルも調べてくれているし、北部の生贄騒動はエリオット王自らが陣頭指揮を執って解決に踏み出している。

 連中の活動範囲はおそらく急激に狭まっているし、近いうちに行き詰ってしまうことは目に見えていた。

 それでも前世からの縁というモノは、俺の心に棘として刺さったまま残されていた。


「あの時、きっちりくっきり仕留めておけば、こんな問題にはならなかったのだろうけどな。いやいや、さすがに魂までぶっ殺すのは無理か」


 俺が独り言をぶつぶつと言いながら森の中を進んでいると、進行方向からわずかに耳障りな音が響いてきた。

 ブブブブ――と、鼓膜を直接叩くような不快な音。昆虫が飛翔する時に立てる独特な音だ。

 そして、これほど距離が離れているのにその音が響いてくるということは、相応の大きさを持つことを意味していた。


「っと、おいでなすったか」


 俺は敵の接近を認識し、同時に愛用の手甲を物品転送(アポーツ)で呼び出しておいた。

 転移してきた武装は、そのまま俺の腕に装着され、手を握り込んで具合を確認する。

 いつもと変わらぬ馴染んだ重量感に、戦いの前だというのに安堵すら覚える。

 腰には護身用のカタナもあるが、こちらはまだ出番ではない。


「さて、どれほどの……数が……」


 前方の闇の中に、赤く輝く無機質な光。どういう原理かわからないが、連中の眼が闇の中で光っている。

 その色はあからさまな敵意を発散していた。

 その数が一体、二体と増えていき、やがて二十を超える数が俺の前に姿を現した。


「多っ!?」


 せいぜい五匹か、多くても十匹程度と思っていたが、まさかこれほどいたとは予想外だ。

 ライエルなら容赦なく蹂躙できるだろうが、俺では正面からの討伐はさすがに無理がある。

 とはいえ、これを放置しては、調査も進まない。


「ま、まあ、倒せないこともないわけだし……がんばってみるか」


 敵がこちらを警戒している間に、軽く両腕を振るって威嚇する。

 いきなりこちらに襲い掛かってこないのは、野生の勘か……なんにせよ、俺に猶予を与えたのは、あからさまな失策だ。

 暗殺者は受け身に回るよりも攻め手に回った方がはるかに強い。


「キャシャシャシャシャ――」


 虫に声帯があるのかは謎だが、金属をこするような音を立てて俺を威嚇するニードルビートル。

 しかし時はすでに遅い。

 俺が準備を整え、腰のカタナを引き抜いた時、ようやく先頭の虫が俺に突撃をかけてきた。


 その行動を見て、俺はほくそ笑むのを止められなかった。

 剣を構えたのはあくまで俺に注目を集めるため。最初に腕を振ったとき、すでに俺の糸は周囲に張り巡らされている。

 森の中という糸を絡める場の多い地形では、この程度のモンスターは敵ではない。


 飛来するニードルビートルは、俺に到達することなく縦に二つに割れて地面に落ちていった。

 奴自身、何をされたのか理解できていなかっただろう。

 俺はこの闇の中、四方八方に糸を張り巡らせ、防御陣地を形成していたのだ。その張り巡らされた糸に、まんまと引っかかったというわけだ。


「森の中、直進だけが取り柄のムシケラが――俺に敵うと思うなよ?」


 俺の言葉を理解したわけではないだろうが、一斉に羽音を立てて襲い掛かってくる虫の群れ。

 しかしその半数近くは俺に到達する前に糸によって両断されていた。

 残る半数……といってもそれでも十匹はいるのだが、これもあしらうのは容易いことだ。


 俺は手甲から魔法陣を起動させ強化付与(エンチャント)を自らに施す。

 さらに操糸の能力で筋繊維を掌握し、自らの肉体を操り人形のごとく動かしていった。

 この能力は、脳内におけるリミッターが一切かからないため、俺への負担は大きい。

 しかし、そこから生み出される動きの精密性と力強さは、一度味わうと癖になる。


 地を蹴って宙に舞い上がり、そして張り巡らされた糸を足場にさらに舞う。

 飛翔する虫にも負けないほど縦横無尽に飛び回り、すれ違いざまにカタナの一撃を見舞っていく。

 ニードルビートルの甲殻は非常に硬いため、俺では一刀両断とはいかなかったが、次第にその数を減らしていった。

 

 頑丈なだけのカタナでは甲殻には刃が通らないが、飛翔しているということは甲殻の下にある羽を展開しているということでもある。

 そしてその羽の下は柔らかい腹が剥き出しだ。

 真上から急襲して刃を立て、地面に叩き落とす。同時に俺は敵の身体をさらに踏み台にして別方向へ飛ぶ。

 そうやって変幻自在に攻撃を続け、一刻も経たずに敵は全て地に落ちていた。


「さて……とりあえず話が聞けるような相手でもないし、悪いが死んでもらうぞ」


 地に落ちたと言っても両断された敵と違い生きている個体も複数いる。

 それらに丁寧にとどめを刺して回り、ようやく森は静けさを取り戻したのだった。


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