第402話 転移魔法
俺たちがストラールに移動してからも、月に一度のペースでマクスウェルには俺を訪れてもらうことになっていた。
これはコルティナとの逢瀬のためでもあるが、俺の魔法の修行の続きという側面もある。
冒険中に実践を繰り返すことで、俺の魔法における各種能力は向上し、それに見合った知識や技術をマクスウェルが授けるという形式だ。
この三年で、俺は上級に位置する魔法もいくつか使えるようになっていた。
だがさすがに最上級に位置する魔法には手が届いていない。
今回教えてもらう転移の魔法は、俺にとって初の最上級魔法ということになる。
「今回教えるのは転移の魔法じゃ。これは転移門の一つ手前になる魔法じゃな」
転移門は離れた場所にある地点と繋ぐ門を生成する魔法だ。
これはその場に存在する位置情報に『干渉』する干渉系魔法である。
転移は転移門と違い、地点ではなく人物の位置情報に干渉する魔法だ。
物品転送、転移、そして転移門。これが位置情報に干渉する一連の魔法系統になる。
「転移系の魔法はたいてい、一度訪れた場所という制限が付く。これは術者の脳内に展開された地形やその場所を強く印象付けるための役割もある」
「一度訪れておくことで、その場所を想起しやすいようにするということか」
「そうじゃな。なにせ人を送りつける魔法じゃ。間違いがあっては大事故につながる。そのために少しでも明確なイメージは必要になる」
「もし失敗したら?」
「そうじゃな、上下にずれて土の中に転移してしまうか、空中高くに放り出されるか……」
「お、おう。今度から慎重に使ってくれ」
日常的にホイホイ使っているマクスウェルだが、失敗時の話を聞くと簡単に使っていい魔法とはとても思えない。
マクスウェルは俺の懸念を無視して、さらに説明を続けた。
「さらにこの魔法は物品転送と違って、非常に魔力の消費が大きい。お主の魔力なら数回は問題はないじゃろうし、解放力もかなり成長しておるので大丈夫じゃと思うが、乱用はできんと思っておくがよい」
「ああ。だがそんなに違うのか?」
「物と違って人じゃからな。空間を歪めてしまう転移門はさらに消費が激しいぞ」
「そう聞くと心配になってくるな」
「きちんと使いこなせると見極めて教えておるのじゃから、心配するでない」
そういうとマクスウェルは魔法陣が掛かれた紙を俺に見せる。これはアスト――風神ハスタールも使用していた魔法陣だ。
「描く魔法陣はこれと同じじゃ。各紋様の意味はあとで調べておくがよい。とりあえずは丸覚えして使用するところから始めよう」
「丸覚えなんてお前らしくないな」
「時間が限られておるからな。ここであまり時間を使うと、フィニア嬢に割り振る時間が減ってしまう。そうなればワシが恨まれてしまいかねん」
「フィニアならその程度で恨んだりしないとは思うが……確かに可哀想だな」
ガドルス経由で、俺が今日会いに行くことは前もって伝えてある。
ただし、いつ行くとは教えていないので、今も心待ちにして待っているはずだ。
彼女との逢瀬はコルティナも公認してくれているので、これも浮気には……あたらない、はず?
「そういえば、彼女にはまだ手を出しておらんじゃったな?」
「まあ、なんとなく後ろめたくてな」
「妙な所で律儀な奴め。正妻の許可もあるというのに」
「こ、コルティナは正妻というわけじゃ……」
「そこで照れるか? ワシが死ぬまでにお主たちの子も抱いてみたいのじゃが、もう少しかかりそうじゃの」
「お前の余生はまだまだあるだろ!」
老齢に入ったとはいえ、マクスウェルの寿命はまだまだ残っている。その長さは人の寿命にも匹敵するだろう。
下手をすれば、俺よりも長生きしかねない。
だがここでマクスウェルの相手をしている時間が増える分、フィニアと会う時間が減っているわけでもある。
ここはさっさと術を行使してみるに限る。
「よし、いくぞ……赤丹の一、群青の一、萌葱の三――果ての地へ彼の身を運べ、転移!」
さすが上級というべきか、魔力消費も射程距離も朱や翡翠では到底賄えない。
赤丹も萌葱も基礎の二段は上の魔力を示す色だ。
俺の中からごっそりと魔力が消費され、覚えたての魔法陣に流れ込んでいく。目の前の光景がクシャリと歪み、それが収まった時には、俺の想像通り、ストラールの手前に転移していた。
「この消費はヤバいな……これじゃ一日に何度も使えない」
魔力を急激に失った結果、軽い脱力感を覚えている。
その消耗具合から一日の使用回数などを推測しつつ、身体を休めていた。
しばらくすると俺の位置を感知したマクスウェルが後を追ってきた。
「どうやら成功したようじゃな。わかっておったが」
「結構きついな、この魔法」
「多人数を運ぶなら転移門の方が効率はいいんじゃよ。なんにせよ、コツは掴んだようじゃな」
「ああ、少なくともここに跳ぶ分には、問題なさそうだ」
「なら、これでワシはお主の送迎から解放されたというわけかの」
「次からは自分で戻って来いってことか」
消耗具合から判断するに、俺はこの魔法を一日に三回は使えるだろう。無理をすれば何とか四回使えるくらいか。
ラウムと往復する分には全く問題はない。
だがこれは、別の使い道もある。
つまり、これからは毎日のようにフィーナに会いに行くことも可能だということだ。
「ふむ……」
「顔がにやけておるぞ」
「毎日妹に会いに行けるかと思うと、つい、な」
「やれやれ、フィニア嬢もコルティナも報われんな。付き合っておる女よりも妹を重視するか」
「無論そっちも大事だよ。だが変身が月一回と限られている以上、どうしてもそうなるだろ」
「ま、二人に恨まれん程度にしておけ」
「はいはい」
とにもかくにも、俺は転移の魔法を習得できた。
これで行動範囲は大きく広がったはずだ。