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第368話 第二の旅立ち

 魔術学院初等部の卒業式から一週間が経った。

 やはりクファルの手出しはいまだ存在しない。おかげで俺も、コルティナとゆっくりとした日々を過ごすことができていた。

 問題はレイドの姿でそれができないことである。

 前回の騒動で変化(ポリモルフ)巻物(スクロール)を使用してしまったため、使用禁止期間(クールタイム)に入っていたからだ。

 コルティナはかなり不服そうにしていたが、親友の娘とゆっくりすごせる時間も、それはそれで楽しんでくれていたようだ。


 そうして俺たちがストラ領に向かう日がやってきた。

 街門にはコルティナにマクスウェル、それにレティーナ。マチスちゃんや孤児院の子供たちまで見送りに来てくれていた。


「こんな盛大な見送りになるなんて」

「村を出たときより派手だねー」

「みんな、来なくていいって言ったのに……」


 孤児たちの見送りを受けたクラウドの目は、どことなく潤んでいる気がする。

 散々いじめられていた経験はあったが、ここ数年は彼も仲間として受け入れられていた。

 それでも内心の確執が無かったわけではない。それを押し殺して彼の出立を見送ってくれる仲間に感動を覚えているのだろう。


「お前はもう孤児院の仲間じゃねーけど、この街が故郷ってのは変わらねぇからな」

「なんかあったら戻ってこい。下働きくらいはさせてやるよ。馬車馬のようにこき使ってやる」

「ぜってー戻らねぇし!」


 憎まれ口を叩き合う孤児たちをシスターは、温かく見守っている。

 彼らの毒舌が、心からの物でなく照れ隠しであることを理解しているからだ。


「ニコルちゃん、冒険者は危険な職業よ。どんな時も自分が生き延びることを最優先して、ね?」

「うん、コルティナも元気で。六英雄で一番狙われやすいんだから」

「もちろん気を付けるわよ。でも来たら返り討ちにしてやるわ」


 グッとこぶしを握って力こぶを作って見せるコルティナ。問題はその細い腕には全く筋肉が見当たらないことである。

 だがそんな仕草も可愛らしいので良い。日頃キリッとした印象を持つ彼女が、そんな少女のような仕草をするのは、ギャップがあって実に愛らしく思えた。


「ミシェルも身体に気を付けてね。後、ニコル様をしっかりお守りするんだよ?」

「うん、まかせて」

「二人とも、絶対ラウムに戻ってきてね? わたし、ずっと待ってますわよ」

「もちろんだよ。レティーナちゃんは親友だもん。絶対また戻ってくるから」


 そこでレティーナは俺の方に向き直り、懐からハンカチを取り出した。

 それは先日、俺が彼女に貸して、ぐしょぐしょにされたハンカチだった。


「これ、洗濯しておきましたわ」

「そりゃどうも。安物だから気にしなくてもいいのに」

「侯爵令嬢たる者、人に施しを受けてそのままとはいきませんの」


 ツンとした澄ました表情も、長続きはしなかった。

 俺を前にして我慢が限界に達したのか、レティーナの目からボロボロと涙がこぼれ落ち始める。


「あーあー、ほら、これで涙拭いて」

「それは、さっき、返した……ひっく……」

「また戻ってきたときに返してくれればいいから。それより、そんなに目を腫らしていたら、可愛い顔が台無し」

「あなたに言われると無性に腹が立ちますわね!」


 かっさらうようにハンカチを受け取り、涙を拭ってまた鼻をかむ。

 もうレディの風格が欠片も残ってない。そこへマリアとライエルもやってきた。


「こうやってあなたたちを見送るのも二回目ね」

「うん、村を出たときと、二回目」

「ニコル、妙な奴がパパたちの周りを嗅ぎまわっているらしいんだ。怪しい奴に絡まれたら容赦するんじゃないぞ?」

「わかってる。敵に情けを掛けるな、でしょ」

「そうだ。特にニコルは可愛いんだから、近寄ってくる怪しくない男にも容赦するんじゃないぞ」

「それはそれでどうかと思う。でも容赦はしないから安心して」


 そもそも男に近寄られるなど、ぞっとする。クラウドだって、たまに気持ち悪く感じるのに。


「それと……助けが必要な時はいつでも連絡しなさい。ガドルスでも冒険者ギルドでもいい。そこから俺に連絡が来るようになっているから」

「……いいの?」


 ライエルが動くということは、そこらの父親が動くのとはわけが違う。それこそ政治の問題にも発展しかねない。

 だからこそ、俺はライエルの協力は極力避けたいと思っていた。だからつい、聞き返してしまう。


「ああ。娘を助けるのは親の務めだ。それを誰が咎めるって言うんだ? 特にニコルは遠慮しすぎている」

「うん、わかった」


 ライエルの親心に、俺は少し感動してしまった。

 もし前世でコルティナと結婚し、子供ができていたら、俺もこんな風に頼りがいのある男になれただろうかと考えてしまう。


「ニコル、カッちゃんにもお別れ言わないと」


 マリアがそういうと胸にカッちゃんを抱えて差し出してくる。

 カッちゃんはフィーナの世話役兼ペットとして、ライエルの屋敷に正式に住み着くことになった。

 これはペットの存在が子供の情操教育にいいという資料をライエルが見つけたからだ。

 それにフィーナはマリアとライエルにとって、最大の弱点にもなる。その護衛をカッちゃんがやってくれるのなら、これほど心強いことはない。

 この別れも悲しいものがあるが、これも永遠の別れというわけではないので、あっさりしたものだった。


 そしてしばらくして、一台の馬車が門のそばにやってきた。

 乗っているのは商人のテムルさん。俺がこの街にやってくるときに世話になった商人だ。

 そして護衛はその時と同じく、レオンさんとエレンさんがついていた。


 ストラ領に向かうまで、俺たちは彼らの護衛をすることになっている。

 これも冒険者の仕事というわけだ。


「それじゃ、いってくるね!」


 (つと)めて明るく、俺は手を振った。

 マリアが感極まって涙を流す。ライエルは言うに及ばずだ。

 レティーナも手が千切れそうなほど手を振って、別れを惜しんでくれている。

 ラウム森王国首都、ラウム。ここは間違いなく、俺の第二の故郷と言える街になっていた。


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