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第32話 魔術学院長マクスウェル

 コルティナに連れられ、俺達はマクスウェルの屋敷に向かった。

 残念ながらミシェルちゃんの両親は、荷下ろしの作業があるので、ついてきていない。

 ここに居るのはコルティナと俺とミシェルちゃん、それにフィニアの四人だ。


 あいつは元王族だったのだが、冒険者として出立する際、この国の貴族の位を捨てている。

 それでも重鎮であったことには変わりない。邪竜退治を終わらせた後、この国に戻った際にそれなりの立場に復職していた。


 だが、邪竜討伐という大義名分があったとはいえ、一度放逐したヤツを再び要職に迎え入れるというのは、色々と法的な問題が存在した。

 そこで権威は有り、だが公職ではない。そんな立場を勘案して魔術学院の理事長という立場に就任したのである。


 かつての国王であり、竜殺しの英雄。そして希代の魔術師。

 そんなマクスウェルをあばら家に押し込める訳にはいかないので、彼の家に関しては結構な豪邸が用意されている。

 豪奢な門に臆することなく、コルティナは屋敷の敷地内に踏み込んでいく。

 俺以外の面子はこういった屋敷には縁がない生活を送っていたので、すでに腰が引けている。

 俺だってこんな屋敷に住んでいた訳ではないが、仕事の都合上、忍び込む事が多かったので慣れているのだ。


「マクスウェル、連れてきたわよ! ほらさっさと開けなさい!」


 腰の引けた俺達と違って、コルティナは遠慮なく扉を連打した。

 その傍若無人な態度に、フィニアは顔面蒼白な有様になっている。

 ミシェルちゃんも、今までの『優しいお姉さん』風だったコルティナが粗雑な態度を取り出したので、目を丸くしている。


「まったく騒々しいのぅ。ワシャ先が短いんじゃ……たまにはゆっくりさせてくれぃ」


 騒々しいコルティナをまったく気にした風もなく、マイペースに扉を開ける老人。

 ドワーフもかくやと言う美髯に尖った耳は十七年前からまったく変わっていない。


 そういえば、コルティナも短めに刈り込んだ髪艶がまったく衰えを見せていないな。

 エルフ族ほどではないが、猫人族もそれなりに寿命が長い。確か彼女もすでに三十歳をとうに超えているが、種族全体で見れば、まだ若輩な歳のはずだ。


「やっと出てきた。先が短いんなら残された時間を有効に使いなさいよ」

「それくらい構わんじゃろうに。ぽっくり逝ったら後任はお主に任せるわい」

「いやよ、メンドくさい」


 マクスウェルの主張をバッサリと一刀両断しておいて、コルティナは唐突に俺を抱え上げた。


「それより見てよ。マリアの娘、ニコルちゃんよ! かっわいーでしょう?」


 抱き上げた後、さらに抱きしめ、後ろから頬摺りしてくる。

 薄い頬肉が上下に擦られ、変形し、結構痛い。

 俺が迷惑そうな表情をしているのに気付いて、フィニアが手をあたふたと動かしながら、だが何もできずにいた。

 相手は彼女の雇い主ライエルの同僚なのだ。上下関係を厳しく仕込まれた彼女では、口出しできる存在ではない。


「ほほぅ、色違いの瞳とは珍しいの。そういう目をした者は魔術的な素養を開花させやすいと聞くぞ」

「干渉系魔法のギフト持ちだって」

「聞いておったが、瞳の事は聞いておらなんだよ。先が楽しみじゃ! ほら、中に入れ。茶くらいは振る舞ってやるでな」


 俺達を招き入れ屋敷を案内するマクスウェル。

 後ろをついて歩く訳だが、その屋敷の中を見て更に絶句した。

 汚いのだ。廊下のそこかしこに埃が積もり、紙くずを始めとしたゴミが山積している。


「こ、これは……」

「相変わらずきったないわね。使用人くらい雇いなさいよ」

「一応機密の書類とかあるでな。迂闊に人を入れる訳にはいかんのじゃ」

「だったら掃除くらいしなさい」

「面倒じゃ。お主がやってくれんか?」

「なんで私が……」


 絶句するフィニアを他所に二人はポンポンと口喧嘩を展開する。

 その光景を見て、俺は少し懐かしい感傷に駆られた。

 彼等は魔術師と軍師。彼等は昔からこうして口論して場を賑やかしていたものだ。

 俺達を迎えた態度でコルティナも落ち着いたかと思っていたのだが、その性格は簡単には変わらないらしい。


 居間らしい一室に俺達を案内し、マクスウェルは再び部屋から出ようとした。


「ほれ、ここで待ってなさい。ワシは茶を淹れてくるで、寛いで――」

「そうじゃないでしょ! 私がわざわざここに来た理由を思い出しなさい、ボケ老人!」

「ん? おお、そうじゃったな。魔力値の測定か。では測定器も持ってくるとするか」


 まるで堪えた風もなく、マクスウェルは部屋から出ていった。

 その間に俺達はソファの埃を払って、ようやく腰を落ち着ける事にした。


「驚いたでしょ? 最近特にボケが進行しちゃって」

「いや、あれは単に飄々としてるだけなのでは……?」

「人から見るとそう見えるみたいなんだけどねぇ。おかげで私も気が短くなっちゃって」

「それは前から」


 思わずボソリと呟いて、俺は口を押えた。

 過去のコルティナについて俺は何も知らないはずなのだ。だがコルティナは俺の呟き声を聞き逃す事は無かった。


「んー? なんで昔の私を知って……ああ、そっか。マリアに入れ知恵されてきたのね! アンニャロ、女の友情を裏切る気か」

「え、へへ……えっと、そう?」


 そのマリアももう四十が近い。だがその外見は、今なお二十代で十分通用するほど若々しい。

 ライエルは相応に老け顔に変異していると言うのに……あいつもまるで妖怪みたいだ。

 エルフのフィニアや猫人のコルティナに引けを取らない人間というのも、恐ろしい。


「待たせたの。いい茶葉があったので淹れてきた」


 しばらくして、マクスウェルがトレイにティーセットを一式乗せて戻ってきた。

 それをソファの前のテーブルにいそいそと並べる姿は、英雄の威厳など一切感じさせない。

 だが俺は知っている。奴は邪竜コルキスにトドメを刺すほどの大魔法を放てる達人なのだ。


 しかしコルティナはそれを知っていても怯む事は無かった。

 そそくさと茶道具を並べるマクスウェルに、またしても食って掛かったのである。


「ちょっと、お茶じゃなくてまずは魔力測定でしょ! 測定盤はどうしたのよ?」

「ワシだってまだボケておらんと言っておろうに。忘れておらんわ。ホレ、ここに」


 そう言ってマクスウェルはトレイをひっくり返して見せた。

 いや、トレイと見えたそれは、魔力値測定盤そのものだったのだ。


「あんたね……仮にも高額なマジックアイテムを、茶道具代わりに使うんじゃないわよ!」


 あまりの扱いにコルティナがすかさずツッコミを入れている。

 マクスウェル……悪いが俺も、こればっかりはコルティナに同意せざるを得ないぞ。


今日はここまでになります。

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