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第307話 成長の度合い

 受付嬢に連行されるハウメアを、俺は生温い目で見送っていった。

 さすがに駐在官外務官の要請となれば、断ることは不可能だ。一冒険者であるハウメアとしては唯々諾々と受け入れるしかない。

 まるで屠殺場に連行される家畜のような目でコールを見やるハウメアに、俺は頑張れとばかりに手を振っておく。

 ここで口を出すほど、無謀ではないのだ。


「じ、じゃあ、薬草探しのお仕事に行こう。今日はキノコ探しの依頼も受けたよ」

「キノコぉ? そこら辺に生えてるのでいいじゃん」

「そこら辺に生えてるのは毒があるかもしれないんだよ、バカクラウド」

「ぐぬ……でも依頼になるってことは、ひょっとして高級品なのか?」

「そう。ホールトン商会が調味料に使うキノコが欲しいんだって」

「へぇ。ひょっとしたらさ、たくさん採れればボーナスとか出るかな?」

「それより美味しいかどうかが問題なんだよ! わたしたちの分も採ってきてもいいんだよね?」

「ミシェルちゃんはブレないね。余ったら、いいと思うよ」


 俺は仲間たちに話を通し、そそくさとその場を立ち去ろうとしていた。

 これは周囲の状況が、なんだか好ましい状況ではなかったからだ。


 俺という話題性の高い冒険者とエルフのハウメアとの対戦は、周囲も注目するところだった。

 その対戦が飛び入りの面会によって流れたわけだが、俺はまだ訓練場に残っている。

 つまり、俺と対戦するチャンスではないかという空気が、訓練場全体に流れ始めていたのだ。


 正直興味のない相手と無駄に戦って、体力を消耗したくはない。この後森に向かうことを考えれば、疲労を避けるのは当然のことだ。

 だがこれだけの人数に対戦を申し込まれ、それを素気無く断ったとなれば高慢と取られることもあるかもしれない。

 現状ライエルとマリア、それにコルティナの庇護を受けている以上、悪印象を周囲に持たれるような事態にはなりたくない。


「ほら、早く早く」

「なにを急いでますの?」

「いいから!」


 訝しむレティーナの背を押しながら、俺は逃げるように訓練場を後にした。

 背後から俺と戦う機会を逸した冒険者たちの怨嗟の声が聞こえてくる。


「ああ、ニコルたんとくんずほぐれつする機会が」

「俺はミシェルちゃんと……」

「レティーナ様に踏んでもらう機会が」


 うん、ラウムの冒険者はいつか殲滅しないといけないかもしれないな。





 逃げるように街を出て、森の中に駆け込んでいく。

 余計な時間を取ってしまった分、すでに日が傾き始めている。森で作業できる時間は限られているだろう。


「今日は出発が遅れたから、少し急ぐよ。でも収穫はいつも通りを目指すから」

「それは忙しいですわね。でもこれも観察力を鍛える訓練になりますわ」

「レティーナ、その通り」


 速足でざかざか森の中をかき分け、目的地に向かう。

 ミクススというキノコは、湿気の強い剥き出しの土に生えるらしい。

 本来キノコなどは樹木などに生えるのに、そこが珍しいところだ。


 この辺りで湿気が強く地面がむき出しになった場所というと、かなり限られている。

 ラウム周辺は森が深いため、大抵の場所は雑草によって地面は覆われている。剥き出しになっている地面はというと……


「湿気が強くて地面が剥き出し。そんな場所って川沿いくらいしかないじゃない?」

「確かにラウムの川は流れが安定してますから、その川沿いならば地面が剥き出しで湿気が強く、キノコが生えやすいという条件を満たしてますわね」

「下流だと流れが穏やかになって川沿いまで雑草が繁ってるから、上流の方がいいかもね」

「でも、そんな場所に生えていたら動物に食われてないか?」

「このキノコは刺激が強いらしくて、動物は食べないそうだよ。その刺激が調味料に丁度いいんだとか。だから残ってる可能性は高いかも」

「へぇ……だったらこっちだな。この辺の川は蛇行してラウムに近付いている。直線で向かうならこの方向の方が近い」


 俺たちは歩を休めず、目的地の目星をつけた。

 この辺のコンビネーションも、長年組んできた故の呼吸の良さだ。

 迂回する川の流れをショートカットするコースを選んで上流に向かう。その途中で、いつものミルドの薬草や小動物などを仕留めていった。

 これだけでも、いつもと同じくらいの収入になる。つまり、効率を落とさず、いつもより早く移動することができているわけだ。


「――これは、さらなるステップアップを目指した方がいいかな?」

「ん、なぁに?」

「みんな、移動しながら周囲を観察する作業に慣れてきたなって」

「そりゃ、ほぼ毎日やってるからなぁ」

「魔術師にとって、並列思考は必須事項ですもの。これくらいはできて当然ですわ」

「でもレティーナが一番発見した量が少ないね」

「わ、わたしは斥候技術がありませんし!」


 顔を赤くして言い訳するレティーナだが、それでも多少少ない程度である。

 本来ならついてくるのが精一杯で、薬草を見つけることすらできない。

 それができているということは、彼女も充分実力を伸ばしているという証拠である。


「それより、そろそろ川べりに出るころだから、足元に気をつけろよ」

「え? ひゃわ!?」


 クラウドが指摘してきたので俺は背後を振り返った。そのタイミングで俺の足はずるりと足元の段差を踏み外す。

 とっさに体勢を立て直そうと近くの木に手を伸ばすが、その手は虚しくも空を切った。おのれ、生前の体格ならば余裕で届いたのに!

 身体が斜めに(かし)ぎ、俺は態勢を立て直す暇もなく坂道を転がり落ちていった。


「あわああぁぁぁぁぁ!」

「ニコルちゃん!」


 ゴロゴロと転がりながら転がり落ち、その先にあった水溜まり……いや、川に転がり落ちた。

 頭から水に沈み、どうにか水面に顔を出すことに成功する。坂道の上ではこちらを心配そうに見るミシェルちゃんの姿があった。

 ちなみにレティーナは俺の無事を確認した後、笑いを堪えた顔をしている。後で見てろよ……

 水から上がり、俺は坂道を登り始めた。


「おい、大丈夫かよ」

「クラウド、そういう警告はもっと早くしてほしかった」

「いや、俺だって詳しい位置を知っていたわけじゃないから!」


 そう言うとクラウドは慌てたように俺から顔をそむけた。

 不審に思ってチラチラとこちらに向かう視線を辿ると、俺の胸元に向かっていた。

 そこは白い服が水に濡れて、肌が透けて見えていた。最近膨らんできた胸のラインは元より、その先端のうっすらとした赤みまでばっちりだ。


「ミシェルちゃん、クラウドの目を潰しといて」

「らじゃー」

「酷い!?」

「うるさい、乙女の肌は高くつくのだ」

「そんなの前に見たし!」

「合宿のことはわすれろォ!」


 俺はレティーナが投げ落としてきたタオルを受け取り、慌ててその視線を遮ったのだった。


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