第284話 目立つ外見
とりあえず俺たちは、魔神召喚を企んだ連中を官憲の手に委ねることで、一旦の決着とした。
何せ今回の騒動は完全に飛び入りである。それにミシェルちゃんたちからもあまり目を離していられない。
彼女たちは今危険な場所で野営中であり、そこで護衛についているのはかつてコルティナの命を狙った連中でもある。
マクスウェルの強制があるため、裏切る可能性は極小ではあるが、皆無とは言い難い。
今さらマテウスが敵になるとは思えないが、できるだけ早く戻りたかったのだ。
そんな俺の焦燥を感じ取ったのか、マクスウェルは長いヒゲをしごきながらこちらをのぞき込んでくる。
今の俺は年頃の女性の姿をしているだけに、その様子は外から見れば、かなり際どい風に見えたかもしれない。
「マテウスたちが気になっておるのかの?」
「ああ。少なくとも一度は俺たちと敵対した連中だ。今のところ歯向かう様子は見せてないが……」
「ワシの屋敷で働いておる様子では、もはや叛意は無いと見てよさそうなモノじゃがなぁ」
「何せミシェルちゃんとフィニアがいるからな。心配の種は尽きないよ……ついでにクラウドも」
「ホホゥ、それはまぁ……」
マクスウェルはそこで一度、言葉を区切る。まるで言いたい言葉を飲み込むかのように。
俺はその態度が少しばかり癪に障った。
「なんだよ? 言いたいことがあるならさっさと言え」
「いや、あの寄るな触るなという態度だったレイドが、丸くなったものじゃな、と」
「別にお前たち相手にだって心配くらいはしてたぞ」
「お主の感情表現はわかりにく過ぎるわい」
失礼なことを言うマクスウェルだが、俺だって木石というわけではない。仲間の心配くらいはする。
現にコルティナの危機には血相を変えて駆け付けたし、前世でもマクスウェルのお茶目にも乗せられたことがある。
ただ親しくない人間にとっては、無意識に近づきがたい雰囲気を放っていただけだ。
「まあ、あの連中が悪戯を仕掛けんとも限らんからな。さっさと戻るのはワシも賛成じゃよ」
「なら転移門をさっさと出してくれ」
「そう慌てるでない。ここでは人目もあろうよ」
マクスウェルも姿を変えているが、転移門の魔法は干渉系の最上位に位置する魔法だ。
この系統の魔法をここまで鍛えている存在というのは、そうそう居るものではない。下手をすれば、そこからマクスウェルに辿り着く者も出る可能性がある。
「ならこっちだな」
俺たちはこの町のことなら、隅々まで知悉している。それは万が一邪竜から逃げ出す事態になった後、その怒りがこの町に向いた時を考えてのことだった。
その時は一刻も早く住民を避難させる必要がある。そしてその場で邪竜を迎撃するか、囮になって別の場所まで誘導する必要もあった。
そんな事態を想定して、逃げ道や避難路を念入りに調べていた過去があるのだ。
マクスウェルの手を引き、路地裏に飛び込む俺たち。その前に立ちふさがる二人の人影があった。
俺はとっさに、魔神召喚を企む連中の別動隊かと警戒したが、肩にマクスウェルの手が置かれたので、糸を飛ばす寸前でなんとか耐える。
「ようよう、おっさん。いい女連れてるじゃねぇかぁ? ひっく」
「お前、そんな声の掛け方じゃビビっちまうだろぉ? なぁ、嬢ちゃん、俺らと一杯やろうぜぇ」
うん、完全にたちの悪い酔っ払いだ。しかも風体からして冒険者ですらなさそう。
何か景気のいい話でもあって、少しばかり飲み過ぎたというところだろう。
こんな人間を斬り飛ばしたら、それこそ大事件になるところだった。
「申し訳ありませんが、心配ごとがあって先を急いでいるのです。道を開けてください」
「そんなこというなよぉ。何々、心配ごとって?」
なれなれしく俺の肩に手を伸ばそうとする。その手は俺が躱すまでもなく、力なく垂れ下がり――男たちは地面に倒れ伏して鼾を掻いていた
「……寝ている?」
「誘眠の魔法じゃよ。お主の陰で、ちょちょいとな」
「さすが手早い。というか大丈夫なのか? 一般人に魔法なんてかけて」
「それほど深い魔法ではない。衝撃を受ければ目を覚ます程度じゃ。それにいちいち説得するのも面倒じゃろ。これなら酔い潰れて寝ているようにしか見えん」
「まあ、そうだけどな」
それにしても……この姿を取ると、見境なく男に声を掛けられている気がする。
さすがに美少女に設定しすぎたかもしれない。それに、将来俺がこうなるという保証もない。理想と現実の間には、いつも大きな壁が立ちはだかっているものだ。
「なあ、マクスウェル。この格好だが――」
「実によく似合っておるよ?」
「いや、そういう話じゃなく」
「ほれ、転移門を開くからさっさと来るんじゃ」
「あ、ああ……」
バタバタと路地裏の先に進むマクスウェルに、俺は目立つ外見について聞きそびれることになってしまった。
いや、これはわざとはぐらかされたのか? なんにしても、この姿になることは多くない。あまり多く変身すると、エリオットが出張ってくる可能性もある。
ならば多少の目立つ外見くらいは、むしろ目くらましにいいとでも思っておこう。
マクスウェルの転移門で戻った俺たちは、何事もなかったかのようなマテウスの迎えを受けた。
「よっ、おかえり。ニコルお嬢さん?」
「変に言葉を取り繕うな、気持ち悪い。なにもなかったか?」
「世はなべて事もなし。ってやつかな?」
「そりゃよかった」
「そっちはどんな感じだったかい?」
「ああ――」
マテウスは俺たちが夜に抜け出したことを知っている。ならば変に口を噤んでも勘繰られるだけだろうと判断した。
洞窟を発見し、そこで魔神召喚を行っていた半魔人の話を彼らにする。
それを聞いて、マテウスはガシガシと頭を掻いて息を漏らす。
「まったく、どうしようもねぇ連中だわなぁ。境遇なんてもんはそいつの鏡みてぇなもんだってのに」
「ほう、珍しく含蓄ある言葉を吐くじゃないか」
「そりゃまぁ、俺がそう言う見本みてぇなモンだったからな。弱かったときはムシケラ同然、強くなったら恐れられる。実際の経験ってやつ?」
「冒険者なんてのをやっていれば、当然そうなるよな」
実力本位の冒険者ならば、強ければ大抵のことが押し通ってしまう。まさに力こそ正義の世界だ。
半魔人として召喚魔法を使えるまでの実力があるのなら、そっちで才能を開花させればよかったのにと思えて仕方ない。
「まあそれも人それぞれか。嬢ちゃんもさっさと寝ちまいな、もう結構遅い時間だぜ?」
「ああ、そうさせてもらおう……悪戯するなよ?」
「そんな恐ろしい真似できるかよ!?」
ライエルにブチのめされたことを思い出したのか、マテウスは血相を変えて否定していた。
しかしそれはそれで、俺が不細工と言われたようで腑に落ちない気分がする。
まあ、フィニアやミシェルちゃんを見ていれば、少々貧相ではあるのだが……
「ま、いっか」
俺はそう呟いて毛布を取り出し、それに包まって夜を明かしたのだった。