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第193話 芋虫襲来

 とは言え、作り方がそうである以上、俺に拒否権は存在しない。

 アストがヒュージクロウラーという芋虫を捕まえて来いというならば、唯々諾々と従うしかない。

 マクスウェルが手早く【光明(ライト)】の魔法を使用し、俺は予備のピアノ線と振動短剣を装着した槍を装備する。

 アストも武骨な格闘用手甲(ガントレット)を準備していた。


「意外にも、前衛なんだな?」

「格闘もこなすというだけの話だ。剣はあまり得意ではなくてな。使えないわけではないのだが」

「いいんじゃね? マクスウェルなんて長生きしてるわりに、近接戦はさっぱりだぞ」

「ワシは荒事は苦手なんじゃよ」


 軽口を叩きながら、無造作に迷宮内を歩き回る。無警戒なようでいて、俺の視線は周囲を絶え間なく飛び交い、罠を探していた。

 ここは神話にある迷宮。その難易度は冒険者たちの間でも恐怖の象徴になっている。同時にこの迷宮に挑むという事は、冒険者の最終目的の一つでもあった。

 そんな、高難易度の迷宮なのだから、油断することはできない。


「とか言ってるうちに、さっそく罠か」

「む、何か見つけたのか、レイド?」

「ああ、マクスウェルなら見分け付くんじゃないか? あそこに何か魔法陣を隠した痕跡がある」


 俺の指さす先には、床に這った木の根が少しだけ捲れあがった跡があった。

 その下には黒い線が複数走っているのが見て取れる。

 魔法陣の上を世界樹の根――というのもおかしいか? とにかく繊毛のような管が上をのたくりまわって、隠してしまった痕跡があった。

 無論、誰かが意図してこれを行った訳ではあるまい。言うなれば世界樹の意思によって作り上げられた罠なのだろう。


 俺はそのトラップを踏まないように、注意しながら痕跡に近付いて行く。

 もう少しで覗き込める――そんな距離まで来た時、頭上から巨大な何かが落下してきた。


「うおおおぉぉぉぉ!?」

「なんじゃ!?」

「おお、さすが名高い暗殺者。さっそく見つけてくれたか」


 俺の頭上に振ってきたのは、目的のヒュージクロウラーだった。

 全長十メートルくらいある芋虫。うねうねと動く身体に、ゴムのように強靭な外皮。それが俺の頭上に振ってきたのだ。

 幸い俺への直撃は避けられたが、落下の衝撃でのたくった繊毛が波のようにうねり、俺の足を絡め捕る。


「暗殺者、関係ねぇ!」

「せっかく褒めたのに」

「嬉しくねー!」


 繊毛に足を挟まれそのまま跳ね上がった衝撃で逆さ吊りになりながら、俺はアストにツッコミを返していた。

 まだ俺にはツッコミを入れる余裕がある。それは俺の攻撃手段が近接戦ではなく中~遠距離戦に向いていたからだ。

 二十メートル近くまで飛ばせるピアノ線に、十メートル以上に伸びる槍。これがあれば、多少の高さを宙吊りになったとしても、反撃はできる。

 しかし今回の目的は捕縛。殺してしまうわけには行かない。


「んにゃろ……って、ひゃわ!?」


 俺は腕を一振り……しようとして、気付いた。逆さづりにされた影響で、上着が捲れ上がって胸元が露出している。

 ()()隠すほどの胸も無いのだが、反射的に俺は胸元を押さえてしまった。

 以前なら問答無用で糸を飛ばしていたのだが、これもマクスウェルから受けた淑女教育の成果である。まったく嬉しくない。


 俺の攻撃がワンテンポ遅れた隙に、マクスウェルが捕縛の為の魔法を唱え始める。

 そしてアストは……無造作にヒュージクロウラーに歩み寄っていた。


「おい、バカ!」


 少なくとも、俺はアストがどの程度戦えるのかという話を、聞いた事はない。生前も、そして先ほども。

 だから危険生物に歩み寄るアストを見て、思わず警告の声を発しようとしていた。

 だが、その暇もなくヒュージクロウラーはアストに襲い掛かり――


「フッ!」


 鋭い呼気が響いたと思うと、飛び掛かったヒュージクロウラーは真横に吹き飛んでいた。

 後には鉤打ち(フック)の姿勢を取るアストが残されるのみ。

 吹き飛んだヒュージクロウラーは壁面に激突し、そのままずり落ちびくびくと痙攣している。

 あれだけの質量を真横に殴り飛ばすなんて、どんな筋力をしてんだよ……実はライエルより強いんじゃないか?


「……あんた、戦えたのか」

「戦えないと言った覚えはないな」

「なんで言ってくれないんだよ」

「聞かれた覚えもないからな」


 相変わらず無愛想な返事を返すアスト。だが考えてみれば、俺の手甲を作った時は彼がひとりで捕獲しに来たはずだ。

 ならば戦えない道理が無かった。

 そして、仕事はきっちりとやる男だ。

 今も殴り飛ばしたヒュージクロウラーに歩み寄り、その顎を掴み上げて何かを調べている。


「ダメだな」

「なにがだよ」


 俺は短剣で繊毛を切り落とし、どうにか地面へと降り立っていた。

 そこで首を振っているアストに気付く。


「こいつは少し大きすぎる。この吐糸管では吐く糸が太すぎて、ミスリル糸としては使い物にならん」

「そんな影響もあるのかよ……」

「できれば小型で、それでいて繭を作れるほどに成熟している個体がいい」

「贅沢……と言えた義理じゃないな、俺は」


 元はと言えば、俺の武器を作るためである。ここで妥協してしまっては、この先俺は使いにくい武器を使って戦わねばならなくなる。

 だがその意見に、マクスウェルは暢気な声を上げていた。


「なるほどのぅ。ワシはそこまで気が回りませんでしたわ」

「作る側になってみないと、そういう所には目が行かないものだ」

「いや、いい経験ができましたわい」

「そういうわけだ。済まないがもう一匹倒しに行くぞ」


 マイペースに言い捨て、スタスタと進み始めるアスト。床下の罠はヒュージクロウラーの落下で粉砕されており、すでに用を為していない。

 俺は溜め息を吐いて、アストの後を追いかけたのだった。


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