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第177話 名軍師(笑)の推測

 理事長室から退却し、俺はそのまま食堂で食事をとった。

 ミシェルちゃん達と合流しても良かったのだが、今の思考状態では何かミスを犯しそうで怖かったという理由もある。

 マクスウェルの手前、存分に男言葉を垂れ流し、椅子の上では少々はしたない感じに膝を組み、エリオットを罠に嵌めた。

 さすがの俺も、少し後ろ暗い気分になっていたのだ。


 そうやって食事を済ませ、クラブ活動もぶっちぎって家に帰る。レティーナには体調不良と言い訳しておいた。

 珍しく早く帰ってきた俺に、フィニアは驚きの表情を見せた。


「ニコル様、もうお帰りになられたのですか?」

「うん。フィニアはいつもの訓練?」


 彼女は、この街に来る時に護衛してくれた冒険者と今も連絡を取っており、時折剣の修行を付けてもらっている。

 その甲斐あってか、今ではちょっとした冒険者より腕が立つほどになっていた。

 メイド服のまま剣帯を着け、結構大きめな剣を軽々と振り回す。

 それがこぢんまりとした民家の前の光景なのだから、実にシュールだ。


「はい。最近少し鈍った感がありますので」

「おお、フィニアも一端の口を利くようになってる」

「ふふ、もうニコル様にも負けませんから!」

「それはないね」


 いくら俺でも、フィニアに後れを取るほど鈍ってはいない。それを聞いてフィニアは少しふくれっ面になった。


「あ、言いましたね! なら少し手合わせしてみますか?」

「わたしがフィニアに剣を向けるわけないじゃない? それに喉が渇いたから、中に入るし」

「はい。では、ホットミルクをお入れしますね!」

「この暑い時期にホットミルクとは……実は怒ってる?」

「まさか」


 ニコリと微笑むフィニアだが、こめかみに血管が少し浮いていた。

 初心者から脱したところへ、俺から冷や水を浴びせられ、不快に思ったことは確かなようだ。

 だがこの時期が一番危ない。下手に自信を持ち、無謀な行動に出やすくなる時期でもある。

 ここは彼女のために、その鼻をへし折っておくのがいいのかもしれないが……フィニアに限って高慢になるなんて事はないか。


 フィニアもそれほど真剣に怒っていたわけではなさそうで、夕食時にはすでに機嫌を戻していた。

 給仕のために俺の隣の席についているが、同時に彼女も食事をとっている。

 我が家のメイドを自称する彼女ではあるが、食事は全員でとるべしというコルティナの命には逆らえなかった。


 その席で、俺はエリオットの事について話していた。

 無論、自分から話そうという訳ではない。同僚であるコルティナがエリオットの異常を察して、話題を持ち出したからだ。

 俺はマクスウェルの内弟子でもあるので、事情を察しているとしてもおかしくはない。


「ふうん……エリオットがねぇ?」


 コルティナにしても、エリオットは幼いころから見守ってきた相手なので、近所の子供感覚を持っている。

 その失恋話を耳にして、ふむふむと顎先に手をやって考え込んだ。

 食事中だというのに、やや行儀が悪い。


「銀髪で碧眼の美少女……年の頃は十代後半……マクスウェルの後ろ盾……」

「コルティナ?」

「……そして、冒険者崩れ六名を問答無用で斬殺できる戦闘力……もしかして?」

「あの、どうかしたの?」

「ええ、私は理解したわ!」

「な、なにを?」


 キラキラと目を光らせながら顔を上げるコルティナ。

 その表情には自信が満ち溢れていた。


「その女性、ハウメアとか言ったわね?」

「う、うん」

「その子がレイドよ!」

「ハァ!?」


 いや、ちょっと待て。その答えは正解ではあるが、正解ではない。

 しかしそれを指摘する訳にはいかない。俺が微妙な顔でコルティナを見つめていると、それを説明を求める表情と勘違いしたのか、彼女は自信満々に解説を始めた。


「いい? まず二十年前にマリアが転生リーインカーネーションの魔法をレイドに施したわ」

「あー、うん。そうだね?」

「それが成功したのは、マリアが把握している。そこから転生したのなら、レイドの年齢は今頃十代に入っているはずよ」

「そうだね」


 ぎりぎり十歳の俺は、この推測に頷かざるを得ない。


「そして彼はラウムにいる。これも確定事項。そこへ正体不明の達人が現れたの。しかもその子は平民でありながらマクスウェルとのパイプを持っている」

「マクスウェルにも個人的な付き合いはあるんじゃない?」

「ところが彼は国の重鎮なのよ? 近付ける人間は数が限られているわ。ましてや正体不明の存在なんて、そう簡単に友誼を結べるはずもない」

「はぁ……」

「ならば彼女はマクスウェルと最初から面識――いや知己を得ていたと考えるべき。この国で、しかも十代でそんな人物――しかも私の知らない存在となると、転生したレイドしかいないもの」

「それは早計なんじゃ……? それにカッちゃんの時も疑ってたじゃない?」

「いえ、今度こそ確実よ! そしてレイドがエリオットに好意を持たれてしまったから、引き離すために国から出した。いくらなんでも強引すぎる処罰はこれで納得できるわ」

「そ、そーなのかな?」


 鼻息荒く断言するコルティナ。確かに正解に限りなく近いが、微妙に外れている……のか?

 ぎりぎり俺への疑惑に向かっていないのが救いだな。


「それに、これなら私の前に姿を現さなかった理由も理解できる。女に転生してしまったからよ!」

「あ、うん」

「ホントにアイツってば水臭いんだから。それならそうと言ってくれれば、私も色々と教えてあげたのに! しかも弄り甲斐のありそうな美少女!」

「なんか背中がムズムズしてきた」


 アヤシイ手つきで指をワキワキさせるコルティナ。一体何を教えてくれるつもりなのか。


「そうね、こうしちゃいられないわ……ちょっと私出かけてくる」

「どこへ!?」

「タルカシール伯爵邸よ。何か証拠が残っているかもしれないもの」

「こんな夜中に危ないよ?」


 コルティナも言うに及ばず、相当な美少女である。猫人族も人間に比べればかなり長命な種族だ。

 彼女も種族的に見ればまだまだ若輩。見かけだけなら人間の十代でも通用する。

 それが夕食時に出歩くとなると、酔客に絡まれる危険性も多い。その部分はどこの国でも同じだ。

 それに……確かにあの屋敷には証拠が大量に残っている。

 故障したせいで切り捨てたミスリルの糸とか、もう言い逃れのできないくらい明確な証拠だ。

 それに門番を倒したときに引っ掛けておいた柵の傷なんかも証拠になるだろう。


「もう! これは後でマクスウェルを締め上げないと……」

「あー、ほどほどにね?」

「ええ、こってりと!」


 興奮しすぎて、すでに会話が成立していない。

 夕食もそこそこに家を飛び出していくコルティナを見て、俺は溜息を吐くしかなかった。


「しょうがないなぁ……フィニア、お茶をおかわり……あれ?」


 振り返った俺の視線の先には、フィニアもいなかった。見るとコルティナの後を追いかけていくメイドの姿が。


「本当に……どうしようか……?」


 俺は次の日もマクスウェルの元に訪ねる事を決意したのだった。


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