第144話 未熟な隠密
なかなかしぶとく粘ってくれたが、少女は関節技の前に敗退した。
俯せに引き倒され、腕を極められては反撃の術は見当たらない。これが仰向けならば、まだ何かできたかもしれないが、自分の正面に地面という壁を突き付けられては行動しようがなかったのだ。
敗北を認め、逃げないことを約束させてから、俺はようやく彼女を解放した。
こちらに殺意が無い事を知り、ようやく従順になった少女の前に、俺は仁王立ちに立って詰問を開始する。
「さて、君は誰かな? なぜ後をつけたのかな? なぜ襲ってきたのかな?」
俺は少女を正座させ、顔の半分を覆っていた覆面を取らせる。
その下から現れたのは、予想よりもさらに若い、まさに少女の顔だった。
声が若いタイプかと思ってもいたのだが、見た感じ二十歳にも満たないのではないだろうか?
「え、え? えっと、その、そんなに矢継ぎ早に質問されても……」
「じゃあ、まずは自己紹介から行こうか? わたしの名前はニコル。知ってると思うけどね。あなたは?」
「わたし? さっきまで俺とか言って――」
「だまらっしゃい」
正座させたので、彼女の頭は俺の目の前にある。
その頭を勢いよく叩いて、細かなツッコミを黙らせた。そこは突っ込まれたらアブナイ。
「ったぃ!? うう……これが敗者の屈辱か……」
「で? 名前!」
「あ、はい。私はプリシラといいます。エリオット様の護衛で――」
そこで俺は、彼女の視線が少し泳いだのを見逃さなかった。
もう一度頭を叩いて、隠した情報を聞き出す。
「ウソ……じゃなくても言って無い情報がある顔だね?」
「ううっ、姓はラグランですぅ」
「ふむ、北部三ヵ国同盟のラグラン……ん?」
その姓は俺も聞き覚えがある。それも前世でだ。
「ラグランって結構な名家じゃなかったっけ?」
「一応、旧ステラ王国の伯爵家になりますね。連合王国になってからはエリオット様の護衛を任されています」
正座したまま、胸を張って説明するプリシラ。せっかく隠していた情報なんだから、そこで胸を張るんじゃないと、思わずツッコミそうになった。
それにしても……思い出した。ステラ王国のラグラン家か。
家格は伯爵とそれほど高い方ではないが、代々王家の護衛を受け持ってきた対人戦闘の専門家だ。
無論、人以外にもその戦闘技術は通用するため、隠密としてかなり有効に使われていた記憶がある。
おかげでステラ王国の要人は、暗殺するのが結構面倒だった。
「まあ、身元はそれで納得がいった。それで、次……なぜ後をつけたの?」
「そりゃ、エリオット様が懸想なさっている女性の身元くらい調べる物じゃないですか。私、護衛ですもの」
「あー、そりゃ、ねぇ……」
エリオットは、ああ見えても北部三ヵ国同盟では現存する唯一の王族。しかも領土面積だけで言うなら、三ヵ国を統合した連合国家は、この大陸でも最も大きな国だ。
更に言うと幼少時から俺達という庇護を受け、権力争いの渦中にあった人物である。
その伴侶候補ともなれば、調査が入って当たり前と言えば当たり前。
「でもわたしの身元は、これ以上ないくらいしっかりしていると思うけど……?」
「本物なら、です」
「これ以上ないくらい本物だって!」
「生まれて十年かそこらのお子様が、あれほど完成した戦闘術を持っているなんて……さすが英雄のご息女というべきでしょうか?」
「その『ご息女』に斬り掛かったんだからね、君」
「ひぃ!?」
ようやく己のしでかした失敗に気付いたのか、全身を総毛立たせて、震え出すプリシラ。
どうやら戦闘技術はそれなりに高いが、状況判断力に問題があるタイプらしい。
おそらくエリオットの護衛として派遣されたのは、経験を積ませる意味合いもあるのだろう。
この街にはマクスウェルもコルティナもいるため、ちょっとアレな感じの護衛をつけても大丈夫と、側近は判断した可能性がある。
「まったく、面倒ごとを押し付けてきたもんだ……」
「お、お嬢様、実は口が悪いお方なんでしょうか?」
「パパの影響。男っぽい地が出ることはときどきある」
何せ中身が男なのだから、そこは仕方ない。なのでここはライエルに泥をかぶってもらおう。
昔から剣術に関して師事してきたのだから、違和感のない言い訳のはず。
「そうなんですか。見かけと違ってワイルドなんですね」
「そっちこそ、その歳でエリオットの護衛になるなんて、すごい。二十歳行って無いでしょ?」
「ええ、まだ十八です。おかげでいろいろ拙いところも多く、ご迷惑をおかけしております」
「今まさに、ご迷惑をお掛けされたわけだけど」
「その節は誠に申し訳なく!」
俺が半眼になって指摘すると、プリシラは平伏して謝罪の意を示した。
「で、次。なぜ襲い掛かってきたのかな?」
「そりゃ、普通はその歳のニコル様がここまで戦いなれているなんて、思いもよりませんよ。こちらを誘い込むように路地に移動し、挑発するかのように足を止める。さらに私の殺気にすら微動だにせず、不敵な笑みを浮かべていたとなると――」
「あー、確かに普通じゃないね」
「それで、ニコル様に変装した何者かが、エリオット様に近付いたのかと思いまして……」
「それで襲い掛かってきたの?」
「あと、ニコル様が入れ替わりのため、どこかに拉致監禁されている可能性もあるかと」
「なるほどねぇ」
考え方自体は悪くない。
ただし、思考が如何ともしがたい程に硬い。
俺のような例外を目にして、疑惑の視線を向ける事は何も問題ではない。だがそれを確認するため実力行使に出るのが早すぎる。
自分の出した結果を疑わないから、そう言うミスをやらかす。
「そこが経験不足なのか」
「は?」
「いや、こっちのこと。まあ、悪意があってやったわけじゃないから、今回は見逃してあげる」
「まことにありがたく存じます」
「わたしのお友達も結構な手練れだから、襲い掛かっちゃダメだよ?」
「ハ、肝に銘じておきます!」
ミシェルちゃんやレティーナ、クラウドなど、俺と共に実戦を繰り返してきたため、歳のわりに結構な実力者になっている。
プリシラは、放置しておくと彼女たちにすら襲い掛かりかねない。
前もって釘を刺しておいて間違いはないだろう。




