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第101話 お礼

 商人の盗賊対策などを聞きながら、俺たちはエルフの集落に到着した。

 幸い、盗賊の襲撃は存在せず――まぁ、このラウムのそばなのだから当たり前なのだが――無事エルフたちが運営する温泉街までやってきた。

 ビルさんたちに一礼しておき、俺たちは手近な宿に雪崩れ込んでいった。


 この旅行はコルティナの突発的アイデアで行われているので、もちろん事前予約など取っていない。

 そもそもそんな事をせずとも、この温泉街は宿が非常に多いため、部屋が埋まり切る事はほとんどないといっていいからだ。

 エルフが運営する集落なのに、宿の運営だけは人間や他の種族がやっている事もあるくらいだ。


「こんにちは、部屋、空いてますか? 大人二人の子供三人で、できるなら一部屋」


 奇妙な動物の焼き物の横を通り抜け、カウンターでタバコをふかしていた爺さんに向かって、コルティナは元気のいい声を掛ける。

 彼女もすでに四十近い歳のはずなのだが、その言動や外見は十代半ばか下手すればそれを下回って見えるほどだ。

 

「あいよ……五人部屋か。四人部屋なら空いてるけど、子供三人なら別に構わないだろう?」

「ええ、それでいいわ。前金で二泊三日でお願い」

「大人は一泊銀貨五枚、子供は二枚でいい。二泊だから銀貨三十二枚だな。食事は別料金になるが?」

「こちらで用意できるかしら?」

「昼は銀貨一枚、夜は銀貨三枚だ」

「朝と昼は外で食べてくるわ。夜だけお願いね」

「なら五人分で十五枚、二泊分で三十枚追加して、六十二枚だな」


 慣れた口調で部屋を取り、部屋の鍵を預かる。観光地の慰安目的の宿だけあって普通の倍以上の値段がする。

 だがこれをボッタクリだとは思わない。それだけのサービスが期待できるからだ。

 指定された部屋はそれほど豪華な物じゃないが、清潔で広々とした寛げる部屋だった。


 草を編んだ独特の床に、洗面所付き。バルコニーもある。

 その向こうには揺り椅子が置かれていて、裏庭の景観を楽しむ事もできるようになっていた。


 俺たちは即座に荷物を広げ、床に転がって寛ぎ始める。だがコルティナはそれを良しとせず、次の行動を提案してきた。


「さて、んじゃあ早速お湯に浸かりに行きましょうか」

「わーい!」

「では、私はお茶の用意などしておきますので――」

「なに言ってるのよ。フィニアも一緒に来るのよ。あなたのための旅行なんだから」


 早速荷物の片付けを始め、お茶の用意など整えようとするフィニアの襟首を引っ掴んで、コルティナが引き摺っていった。


「わ、私も後から参りますので! ほら、ニコル様のマッサージとかありますし」

「あくまでニコルちゃん中心なのね? それも悪くないけど、今日はみんなで遊ぶのよ」


 俺の世話を第一に考えているフィニアに、きっぱりとノーを突き付けるコルティナ。

 今日ばかりは俺もコルティナの考えに賛成だ。

 そういう訳で、俺もフィニアの腕にしがみついて、引っ張っていく。身体全体を使わないと、片腕だけで抵抗されてしまうのだ。


「フィニア、今日はみんなで遊ぼう?」

「いえ、それではニコル様のお世話が……」

「じゃあ、今日はわたしがフィニアの世話をする!」

「え?」


 彼女は少々どころではなくマジメすぎる。

 こんな時くらいゆっくり羽を伸ばさないと、そのうち身も心も持たなくなってしまうだろう。

 コルティナの家の管理に、俺の世話。食事や掃除に洗濯まで。それだけならともかく、最近は剣の鍛錬まで始めている。

 空いた時間で家の前に出て、メイド服のままで模擬剣を振るフィニアの姿は、近隣の名物になってきているくらいである。


 それだけの激務をこなすのだから、彼女の手は次第にボロボロになってきていて、それを見るたびにコルティナがヒールの魔法で傷を癒していた。

 コルティナも簡単な治癒魔法程度なら使えるので事なきを得ているが、そうでなかったらフィニアの手はゴツゴツした男の手のようになっていただろう。白魚のような彼女の手が荒れてしまうのは、俺だって見るに堪えない。


 治癒魔法で癒されているので、彼女の手はいまだ細く繊細なままだ。

 だがこれは、摩擦に弱く、耐久度が増していない事を意味している。

 手の皮を厚くするには、擦り剥け、破れ、血を流し、それを自然治癒させて初めて強くなる。

 魔法で一気に治癒力を引き上げ治してしまうと、その過剰回復とも言うべき頑強さを手に入れられない。

 コルティナはそれを嫌って、フィニアが拒否しようと問答無用で治癒していたのである。

 曰く、『可愛い子の手が荒れるなんて許せない!』だそうだ。その意見には、俺も強く同意する。


「じゃあいつものお礼に、今日はわたしがフィニアをマッサージしてあげるね」


 などと無邪気に笑顔で言ってみるが、別に下心がある訳じゃ……ある……いや、少しだけ、ほんの少しだけあるけど。

 俺が死んだ時はチンチクリンだったフィニアだが、生まれ変わるまで十年、生まれ変わってから七年。今ではすでに二十二歳の美女である。

 エルフは成人した直後くらいに成長が止まってしまうので、彼女の見た目は十代半ばくらいで止まっている。

 いつも一緒に風呂に入ったりしているので知っているのだが、その肌の張りや艶やかさはそれはもう垂涎物だ。

 下心を抱くなという方が無理だろうと、自分で自分に言い訳してみる。


 だがフィニアも俺の言葉に数瞬葛藤し、やがておずおずと俺の申し出を受諾した。

 少し表情が引き攣っていたのは、にやけそうになる顔を無理矢理引き締めたからだろう。


「し、しかたないですね。ニコル様がそう仰るのなら、どうしてもしたいと仰るのなら、私に否はありませんし……この際ですし、是非ともお願い致したい所存……」

「フィニア、なんだか言葉使いが変」

「うっ」


 まぁ、いつも働いている彼女がこれほど嬉しそうなのだ。

 下心抜きにしても、マッサージくらいはしてやってもいいだろうとも。


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