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第99話 行商人との出会い

 目の前にやってきたのは、よく見かける行商人の馬車だった。護衛の冒険者を雇っているのも、オーソドックスな光景だ。

 見たところ顔見知りではなさそうなので、コルティナは慌てて帽子をかぶって猫耳を隠す。

 ふさふさの尻尾は旅装用のマントに隠れて、向こうからは見えない。


 道端で足を揉んでもらっている俺を見て、馬車は目前で足を止めた。

 手綱を握っている男が、心配気な表情でこちらに声を掛けてきた。


「初めまして、私は巡回商人のビル・ウィースと言う者です。何かお困りですか?」


 少々恰幅のいい、いかにも商人という風情の男がそう尋ねてくる。

 見るからに人の良さそうな男で、あまり悪意を持っているようには感じない。周囲を固める冒険者も、そう言った険をまったく感じなかった。

 それどころか、中にはエルフの女性まで混じっていた。


 しかし商人と言うのは、たいてい人当たりは良い雰囲気を持っている。見た目だけでは判断できない最たる職業だ。

 エルフにだって悪人はいる。だが基本的に悪意ある者は人間に比べると少ない。

 多少閉鎖的で保守的ではあるが、良くも悪くも善良な種族なのだ。むしろマクスウェルのようにいい加減な性格をしている者の方が珍しい。

 結局のところ、無警戒でいるのは危険と言う結論に達し、俺は緩んでいた気を引き締める。


「ええ、いえ。この子が少し疲れてしまいまして。少し休憩を取っていただけですわ」


 コルティナは取り繕った口調で質問に答えている。

 微かに警戒感を漂わせているが、緊張はしていない。彼女もこの商人に悪意を感じていないのだろう。

 この警戒感は初対面ゆえのわずかな程度だ。

 すると、一人の冒険者――エルフの女性が進み出てきた。


「疲労ね。少し診せて貰っても構わないかしら?」

「え、ええ……どうぞ」


 フィニアが場所を譲って、エルフの女性に俺の足を晒す。

 長い金髪をなびかせたエルフは俺の前で膝を着き、ニッコリと微笑んで自己紹介した。


「はじめまして。私はハウメア、見ての通りのエルフよ」

「はじめまして、ニコルです」


 お互いに挨拶を交わして気付いたが、このエルフは意外と歳を取っているように見受けられた。

 桁外れの寿命を持つエルフは、見かけで年齢を把握し辛い。マクスウェルはその中でも寿命に限りなく近づいているので、特に老けて見えるだけだ。

 彼女は俺の足を何度か揉んで容態を探る。


「疲労……にしてはあまり酷使の痕跡が無いのだけど……?」

「この子は特に疲れやすい体質なので」

「確かに筋肉が少ないわね。それに肌が凄く滑らかで、まるで貴族の子女みたい」

「身体が弱くて、最近まで籠りっきりだったから」


 コルティナと俺の体調について情報を交わし、ベルトポーチから数枚の野草を取り出した。

 水をかけてその葉を濡らし、丹念に揉み込んで粘りを出す。

 それを俺のふくらはぎと(かかと)に貼り付け、ハンカチを使って固定する。


「簡易の湿布よ。効果抜群なんだから」

「ありがとうございます。それ、ミルドの葉ですよね?」

「あら、よく知ってるのね。そうよ、肉の熱を取る効果があるから、疲労が抜けやすいの」


 コルティナも野生溢れる猫人族である。野草についての知識はそれなりにあった。

 だが数時間先の村に行くのに、疲労抜きの薬草までは用意していなかったのだ。


「失礼ですが、この先のエルフの村が目的地ですかな?」

「ええ、子供連れなので、のんびり行こうかと」

「よろしかったら、馬車に乗って行きませんか? こうして言葉を交わしたのも、何かの縁ですし」

「いいのですか? ありがたい申し出ではあるんですけど……」

「なに、荷台に余裕はありますからね。私も子供は嫌いじゃありませんので、ぜひどうぞ」

「……では、お言葉に甘えて」


 コルティナが言葉を少しだけ詰まらせた。その理由は、俺たちが女ばかりという状況だからだろう。

 コルティナ本人はもちろん、エルフのフィニアも例に漏れず美少女である。

 そしてミシェルちゃんは素朴な魅力を持つ将来有望な幼女であり、レティーナは貴族の子弟で、これまた将来有望な美貌を持っていた。

 人買いにとっては、俺たちはさぞ美味しい獲物に見えるはず。

 だからこそ、コルティナは商人たちの様子を見極めるのに時間をかけたのだ。


「冒険者たちは多少不愛想ですが、そこはご容赦を」

「あら、ヒドイですわね、ビルさん。私は愛想は良い方ですよ?」

「はっはっは、ハウメアさんは例外中の例外ですよ!」

「おいおい、俺だって、そう悪くないはずだぞ」

「トルトさんは顔が怖いですから」

「ひっでぇな!」


 商人のビルさんと、冒険者のエルフのハウメア、人間のトルト、そしてもう一人のエルフの男。

 その四人で彼等もエルフの集落を目指しているのだそうだ。

 俺達は馬車に載せられながら、意外と仲の良さそうな彼等の様子を見ていた。


「随分と仲がよろしいんですね」

「ええ、私はエルフの集落とラウムを往復する商人でして。彼等にはその往来の護衛をいつも頼んでいるのですよ」

「もう長いお付き合いなんですか? あ、いえ。これは立ち入った質問でしたね」


 フィニアが珍しく積極的に話しかけている。

 どうも、ビルに話しかけているのだが、本命はエルフの二人と話がしたいようだ。

 エルフでありながら孤児だったフィニアにとって、彼女達は久方振りに目にした同胞でもある。

 気になって仕方ないという所か。


「気にしなくていいわよ。そうね、私はビルがオムツをしてた頃からの知り合いだから。コールもそうよ」

「ああ、そう言えばかなり長いな」


 コールと呼ばれたエルフの男は、少し低い声でそう答えた。

 こちらも結構な歳を経た威厳を感じさせる、重い声だった。


「彼は本当の意味で不愛想だから、あまり気にしないで。集落には温泉目当てかしら?」

「ええ、湯治も兼ねて」

「そう言えば身体が弱いって言ってたわね。あの温泉はときおりドラゴンだって浸かりに来るくらい、いいお湯なのよ」

「ドラゴン!?」


 ハウメアさんからとんでもないセリフが飛び出してきた。レティーナも身を乗り出して訪ね返す。

 この大陸には温泉が湧いている場所は結構ある。それでもドラゴンがやってくる場所というのは、そう聞かない。


「その、大丈夫なんですか? 食べられたりとか……」

「あはは、それは大丈夫よ。ドラゴンの中でも知性が高い種族だから」

「知性が高い……高位竜なんですね」

「そうね。ここ数十年は訪れてこないけど、名前持ちの大物なのよ?」

「へぇ……」


 コルティナも俺も、ドラゴンにはあまり良い印象を持っていない。

 それが常連の温泉というのは、すこしばかりイメージが悪いとしか言えない。


「まぁ、お湯に罪はないから、楽しんでくるといいわ」


 そんな微妙な顔をした俺たちを、彼女は朗らかに笑い飛ばしたのだった。


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