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9,うまくなった日




そこから数十メートル、草むらをかき分けるように進んだところに、ルルススの廃屋、改め家はあった。

赤いレンガ造りの、こじんまりとした煙突付きの平屋だ。


ただ、何十年放置されていたのか、ルルススの言う通り窓ガラスは1つも残っておらずに吹き抜け状態。

レンガもあちこちボロボロ崩れていて、家そのものがぐにゃりと歪んでいる。

三角屋根のついた小部屋がちょこんとてっぺんに飛び出していたが、指先でつついただけで崩れ落ちそうだった。

もしかしたら這いまわるツタのお陰で崩れずに形を何とかとどめているのかもしれない。


夜に来れば絶好の肝試しスポットだろう。

崩落による下敷きという死の危険もはらむが。


正面の木製の観音扉は、既に壊れて右側が外れ、斜めに傾がっていたので、それを頂戴することにした。

へばりついているツタがワサワサ動き出さないかどうか確かめながら引っぺがす。


「こんな場所に、本当にルルススが住んでいるのか?」


古びてチクチク毛羽立つ扉を、両手を精一杯伸ばして抱え込みつつ尋ねれば、エリーは千切ったツタを足先で蹴りながら答えた。


「……たぶん。アタシが此処に来ると、いつもいるし……。でも、ベッドも床も、ホコリまみれだよ」


それは住んでいるとは言わないのだろう。

吸血鬼の不思議な力とかでエリーの来訪を察知して、此処に来ているだけの気がする。


何の為かは分からないが――何故かルルススはエリーの生活の補助をしているのだ。

母親を奪ってしまった罪悪感があるのか、それとも同じ山奥に住む同士の馴染みで、とかだろうか。


「それに、アタシに何かをくれるときは、いつも何かを持って行くんだ」


大したものじゃないから別にいいんだけど、とエリー。

そうなると、単なる物々交換の相手にしているだけなのかもしれない。





引っぺがした扉は、意外と重量があり持ち帰るのは一苦労だった。

ルルススの家の中にあった古びたロープや布きれを使ってなんとか持ちやすいよう工夫もしたが、途中で幾度も休憩をはさみ、小さなエリーにも手伝ってもらう羽目になった。


汗だくの泥まみれのやっとの思いで、見慣れたボロ屋へと戻ったが、既に夜が近い時間となっていた。

歩き途中の山道に実っていた謎の果物をエリーが獲ってきてくれていたので、休憩がてらそれを腹には入れていたが、結局昼飯らしいものは食わずに日が暮れてしまったようだ。


流石に重量物を運ぶのは疲れたらしく、エリーは固いベッドに倒れ込む。

私は扉を入り口に立てかけて、応急の扉とした。

そのうちにスムーズに開閉出来るようにしつらえないといけないが、とりあえず今晩は夜風を防げれば良いだろう。


ボロ屋に似合わず、重厚な印象を受ける扉にくっついている、輪っかを咥えたライオンを見ながら、私は尋ねた。


「エリー、夕飯はどうする?」

「……んー……、……さかな、焼いてみる」


少々眠そうにしながらも、エリーは朝方にラーウムから貰った魚を調理する気らしい。


どれ、と外のバケツに泳がせていた数匹の魚を覗き込むと、そのうちの1匹が、鋭く尖った歯をむき出して“キシャァァア!”と顔面全部で威嚇してきたので慌てて後退した。


ラーウムが釣った時はこんな顔してたか? 

この……ピラニアみたいな魚は。


しかしエリーは水に手を突っ込むのを嫌がるので、この奇声を発する薄気味悪い凶暴な魚を取り出し、腹を割いて内臓処理をするのは私の役目だろう。

……私が奴の内臓の中に収まったりしないだろうか。


距離を保ったままバケツを横目に見やりつつ、その場で手を組んだり解いたりしてためらってみたが、腹がギュルルル…と切ない音を立てた。

仕方がない、背に腹は変えられない。

やるしかない。


手を喰いちぎられてはたまらないので、腐った木片を拾ってきて出来るだけ距離をとりながらバケツに突っこむ。

すると我先にとピラニアモドキが喰いついてきた。

そのまま水の中から木片ごと魚を引っ張り上げ、飛んでくる水しぶきから顔を背けながら地面に放る。

地面にベショッと落ちたピラニアは畜生畜生畜生! と言った風な血走った目で私を睨みつけながら口をわななかせ、地面に穴をあけんばかりにビチビチ元気よく暴れている。

すごく怖い。


口の端を引き攣らせながら、私は家の中で串の準備をしているエリーを覗き見た。


「エリー、包丁はないか?」

「あ、たぶん、地下室」

「…………」


何者かの血液がついたアレか……。

しかし素手でこの魚をさばけるとは到底思えない。

むしろ自分の手がグチャグチャにさばかれてしまう。


怪我の確立を下げるために仕方なく地下へ入り、床に落っこちているナイフを拾い上げ、梯子を上って再度暗い外へ戻り――――――あれ? と目をこする。


ピラニアが、消えていた。


私は再度、家の中で暖炉に薪を突っ込んで火加減を調整するエリーに尋ねた。


「……エリー、魚を……食べたか?」

「食べる訳ないじゃん! サシミなんてヤダよ」

「……そうか」


じゃあどこに行ったんだ……。


ピラニアを流血せずにさばききれる自信は無かったので、どこかホッとしていた私は、あの動くツタに巻き取られてしまったのかもしれないな、と適当に考えることにした。


エリーはピラニアが居なくなったことに、少々不服そうに唇を尖らせたが、残っていた2匹――大人しめの普通の魚――を上手に焼けたことで機嫌が直った。

以前のような真っ黒の炭にすることはなく、少々……あー、魚の半分ほど焦げているが、それも香ばしいとギリギリ言える焼き加減。

たまに口の中で炭がジャリッと音を立てるが、ラーウムが分けてくれた塩もふりかけたそれは、とても美味しいものになったのだ。


昨日は魚を丸焦げの炭にしていたのに、1度見ただけで、こうもレベルアップできるとは。


「上手いもんだ」

「うん、美味しい」


褒める意味での感想だったが、エリーはほっぺたいっぱいに魚をほおばりながら、上手いを美味いと言われたと勘違いしたらしい。

美味しい美味しいと、子供らしい笑顔で魚にかぶりついている。

ラーウムと食べた時のガンたれ顔は何だったのかと思いつつ、私は苦笑した。


「そりゃそうなんだが、あー、ほれ、エリー。お前くらいの年でこうも上手に魚を焼ける女の子なんか、見たことない」

「!」


エリーは目を見開いて、一緒に口までポカンと開いた。

当然、詰め込まれていた魚の白身が、ぼろりと口から零れ落ちる。

私はエリーの傍へ皿を押しやりながら注意した。


「エリー、ちゃんとテーブルの上に顔を出さないと、食べかすが床に落ちるだろうが」


今は朝のようにアウトドアを楽しみながら食事しているわけでは無いのだ。


エリーは照れているんだか怒っているんだか恥ずかしいんだか――、それの全部を混ぜ合わせたかのような顔で頬を赤くし、モグモグ口を動かしながら黙って顔をテーブルの上に持ってきた。




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