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5,寒い日





またもや歩きにくい凸凹道を逆戻りして、ボロ屋に戻る。

腹は膨らんだとはいえ、帰路は沢山拾った薪を抱えていたので、疲労は凄まじい。

ボロ屋にたどり着いた途端、ガクガク震えていた膝が限界を訴えたので、床にへばりつく様にして座り込んだ。

対照的に元気なエリーはきちんと薪を暖炉傍に積み上げつつ、私を訝しげに見る。


「やっぱり果物じゃ力が出ないのか……?」


狩りに行く? とエリーが誘ってくれた。

その様子からして、森には肉となる野生動物もいるらしい。

エリーのような小さな子供でも狩猟が出来るとは逞しいな、と感心半分、生き物をサックリ殺せる様子のエリーに恐ろしさ半分。

膝をさすりさすりへたり込む私に、エリーは気が乗らないような顔で言った。


「この森、人が全然入ってこないから。だから町まで降りないと人狩りは難しいんだけどさ……」


狩猟対象が人間だった。


「っ年齢と運動習慣の問題だ、人肉はいらない」


思いっきり御免である。

私の疲労困憊具合を、主要栄養である人間を食べていない為と勘違いしている模様のエリーは、ホントに大丈夫か? と緑の目に不安そうな色を浮かべた。

私はひらひらと手を振ってみせる。


「おじさんは元々疲れやすい生き物なんだ。しかしエリー、卵に果物……他に何を食べて生活しているんだ?」

「えっと……キノコと、山菜?」


たまにその辺に生えてる、とエリーは答えた。

予想通りのサバイバル生活である。

こんな小さな子がこんな貧相な食生活で良いわけがないと眉を寄せると、エリーは慌てて言った。


「あ、たまに、焼き鳥も食べる!」


多分、私が酒のつまみに食べた事のある、串に刺さってタレに味付けされた焼き鳥ではないだろう。

その辺を飛行していた鳥を、あの踏ん張り発火で燃やして食べる野生的な料理の事ではないかとあたりをつけた。

あまり見たい光景ではないと、想像した映像を消して私は尋ねた。


「パンとか、米とか、そういうものは?」


確かラーウムはパンという単語を口にしたが、果たして米はあるのだろうか。

通じるかどうかドキドキする私に、エリーは背を向けて暖炉に薪を突っ込みながら答えた。


「町に行けば売ってるけど、アタシお金持ってないから無理」

「……そうか」


こんなボロ屋に住んでる時点で察すべき家計状況だ。

米に反応が無かったことからして存在はしているらしいが、購入は不可能。

この人喰い鬼と魔法のある世界は、貧しい子供が沢山いるのだろうか。

それにしては彼女の周りでちらりとも人を見ない。唯一ラーウムに会えたが、彼はリストラされた人喰い鬼であり、エリーの仲間とは言い難い。


エリーは木箱ベッドに腰掛けて、唯一ボロ屋の中にあった椅子――またの名を切株――を私にすすめてくれた。

膝をさすっているのを見て流石に不憫に思ったらしい。

お礼を言って斜めのテーブルに手をついて立ち上がり、切株に腰かけると、エリーが真上を見て面白くなさそうに頬を膨らませた。


「……雨が降る」

「雨?」


エリーの言葉を受け、ゆっくり立ち上がって歩いた私は、ぎぃ、と南京錠のぶら下がる扉を開ける。

元々薄暗かった外だが、更に暗さを増している。

まだ昼間の筈だが、雲行きが怪しいようだ。エリーは空の模様を予測できる魔法でも使えるのだろうか。


扉を閉める私の後ろで、エリーは暖炉の火を1本の枝にうつし、部屋のあちこちにあるロウソクに火を分けた。

ふわりとオレンジ色の光が広がる中、エリーはベッドの隅に座り込み、体にボロ布を巻き付けると本を読み始める。

あの人喰い鬼が載っていた、分厚い本だ。

薄暗い中で本を読んでいたら私みたいに目が悪くなるぞ、と忠告しようとしたが、電気を使える状況にいないのだと思い直して口を噤んだ。


予告通りに、とん、……とん、と薄っぺらな木の屋根に雨が落ちてきた音がする。

私は背中部分に焦げ穴の開いた背広をそっと肩にかけて、少しずつ冷えてくる体を温めた。


「……エリー」

「なに?」


本を閉じて、エリーは私に緑の瞳を向けた。私はシャツ越しに両腕を擦りながら尋ねる。


「私と君がした契約って言うのは、一体どんな物なんだ?」

「――アタシと契約するのが、気に食わないっての?」


ぴくりと眉を動かしたエリーは、怒りを込めた瞳で私を睨みつける。

気に食わないは気に食わないが、それは別に相手がエリーであったからという訳では無いし、そもそもそういう事が言いたいのではなく、私は己が鼻血で交わしたらしい契約内容を知りたいだけなのだ。

知って、何とかこのファンタジックな世界からさようならする方法を探らねばならない。

いつ人間を食卓に並べられるか分かったもんじゃないし、逆に人喰い鬼ではない人間だとバレたら燃やされかねない。


私はエリーの言葉を否定するように首を振って、できるだけ穏やかに事がすむよう、微笑みを浮かべた。


「確認したいだけだ。何しろおじさんというのは記憶力がふわふわと低下する」

「…………」


エリーはひどく胡散臭そうな物を見る目を私に向ける。

重たそうな瞼の下から、じろりと緑色が暗い輝きを放った。

信頼のしの字もない顔だ。

そりゃ勿論、会ってまだ1日の相手を心の底から信用して全てを語れというのも無理な話ではあるが、せめて自分の現状位は把握したい。


「あー、心配しなくても、私の元上司なんか酷いもんだったぞ。唾と怒声を飛ばすしか出来ない上司だった」


少なくとも、美味しい果物を差し入れてもらった記憶はないし、君のような可愛らしい女の子では無かった、としっかり頷いた。

その動きと湿気によりバランスを崩したらしく、私の頭からへろりと1房の髪が零れ落ちたので、慌てて撫でつける。

そんな私を見て、エリーはつんとそっぽを向いた。


……――ダメか。


よくは分からないが、エリーには小難しいプライドがあるらしい。

若い女の子の考える事なんかおじさんに分かる訳がない、とため息をつく。


エリーは雨の音を聞かないで済むようにか、それとも私の言葉を耳に入れないようにする為にか、ボロ布を頭からかぶって、ほつれている隅っこ部分を動物の骨のような針を使って繕い始めた。

今のエリーから話を聞くのは無理そうだと判断し、それならば私はこれからどうしたらいいのかと腕組みして考える。


まずラーウム以外の他人と会って話を聞いてみたい。

ここがどんな場所なのか分かるだろうし、自分が置かれた状況に対するヒントも見つかるかもしれない。

出来る事ならその相手は人間が望ましいな。

人間を食べたくはないが、食べられたくもないのだ。

あぁそうだ、その前にこのボロ屋の地下にもう1度入ってみなければ。

あの魔法陣の中心に立ったら、帰れる可能性もある。


そうと決まれば、と休んで痛みの引いた膝に手を当て、私は立ち上がった。


「エリー、地下室に入っても構わないか?」

「好きにすれば。……言っとくけど、魔法陣はもう使えないよ」


私の心を読んだかのような言葉にぎくりと肩を揺らす。

手元からチラリとも視線を外さないエリーのつっけんどんな態度に、見られていなかったとホッとした。


しかし……ふむ、なるほど、魔法陣は使い捨てなのか。

あのロウソクに火を灯し直したところで、私が元の世界へ帰れるわけでは無いらしい。


それでも眺めるだけ眺めてみようと、火のついたロウソクと小さな燭台を借り、地下への落とし戸を開ける。

戸というより、ただ板を乗っけただけ、みたいなものではあるが、それを開ければ釘の打ち付けに不安を覚える梯子がひんやりした地下室へと延びている。

此処から出た時と同じように、崩れそうな板にゆっくりと足を乗せ、過負荷とならないよう亀みたいな動きで1歩ずつ交互に足をおろす。

エリーの体重ならば問題ないが、大の大人1人分の重みにいつまで堪えていてくれるのか分からないのだ。

足場の板が抜けても大丈夫なように、燭台を持たない左手が真っ白になる程強く梯子を掴んで、そーっとそーっと降りていき、地下の土の床へと足をついた。

ほっと胸を撫でおろ――と思ったらもう1段あった!


「っぎゃあ!」


どすん、と地下室が震えた。

ちくしょう、尻がもげそうだ……! 

たった1日でどうして尻へばかりダメージを喰らうのだろう。


ロウソクを落っことさなかった自分を褒め、呻きながら片手で尻をさすりさすり、ヨロヨロと立ち上がって、燭台を掲げる。

あの時床に並べられていたロウソクには、もう火がともっていないので、足元は勿論、部屋全体が暗い。

仕方なしに、まずは周囲に置かれているロウソクに火をつけて回った。

途中でロウソクに足を引っかけたり、チョークを踏んで粉々にしたり、黒みがかった血のついたナイフを見つけて怯えたりしたが、何とか部屋全体を照らすことに成功する。

ぐるりと周囲を見回せば、凸凹した土の壁と土の床があり、唯一平らに均された場所には白いチョークとロウソクで描かれた星模様の魔法陣。

他には本当に何もない。

地下室にありそうな宝箱も、怪しげな本も、保管されている食料も無い。

あるのはロウソクと魔法陣だけ。


あの時私はこの魔法陣の真ん中に立っていたな、とチョークのミミズ文字を消さないように気を付けながら、中心に立ってみる。


「…………」


エリーの言う通り、再利用不可のようだ。

肩と視線を落とした時、ふと、床に置かれたロウソクがやけに沢山溶けているのに気づいた。

今私は火をつけたばかりだ、こんなに沢山溶ける筈がない。

しゃがみ込んで、じっとそのロウソクを眺め、眉を寄せた。


……この溶け方は、何度も何度も、溶けてしまうたびに同じ場所にロウソクを立て直した痕だ。

まさか、と燭台を掲げながら這いつくばるようにして目を凝らせば、土の床にはチョークの白い粉が混じっていた。

しかも部屋中凸凹のくせに、魔法陣の部分だけやけに土が平ら。

つまりこれは、何度も魔法陣を書いては消し、書いては消しを繰り返した痕跡――。


頬の端が引き攣った。


――果たしてエリーは、ここで何度、人喰い鬼を呼び出したのだろう。


そして、呼び出された連中はどうなったのだろうか。


人喰い鬼を呼び出せたならば、クラスメイトを食えという願いを叶えたかもしれない。

しかし私を呼び出している時点からして願いは達成されていないのだろうし、呼ぶ相手選びも失敗しているに違いない。

人喰い鬼ではない、目的を叶えてくれる相手ではないと気づいたとき、エリーはどうしたのだろう。


……床に落ちていた血の付いたナイフが、何かの始末をした後の取りこぼしとかだったらどうしたものだ。

いや、あのエリーが、小さな女の子がそんな凶行に走るとは思えない――が、物を発火させるのは得意なようだし、それを咎め道徳を説く大人が周囲にいないのだ。


黒々した土の壁は、ロウソクの灯りだけでは色が判然としないものの、濃淡がついた場所は何かが焦げた痕のようにも見える。


冷えた地下室の空気のせいか、私の背筋がぞくっと粟立った。





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