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43,力の出し方を知った日





絶句し、激怒する男と魔物に、彼女は赤子をそっとベッドに寝かせて答えた。


――私は私の赤ちゃんを、腕に抱けたわ。

暖炉の火のように温かで、針の先みたいに小さな息をして、紅葉のような手で私の指を握った――太陽が育んだ命色の瞳と、綺麗な夕日色の髪をした可愛い女の子を、私は腕に抱けたわ。


幸せよ。とても幸せ。


でももし、私が外に放った魔力をまた取り込んだらどうなるかしら。

私はもうこの子を抱きしめられないわ。私の火の魔力は、この子を焼き殺す。

そんな辛い事があるかしら。こんなに悲しい事があるかしら。


愛しいわが子を腕に抱いたら、その子は炎に包まれて死んでしまう――


そう言って、彼女はぽろぽろと涙を零した。

落ちた涙は、赤子の頬をするすると滑った。


男と魔物は言った。

ならば自分たちが守るから、魔力を戻さず、今のまま生きよう。


けれど彼女はそれにも首を横に振った。

今のままではこの子を守れない。自分が生きている間、ずっと溢れる魔力を外に出し続けたら国の乾燥は止まらない。

国が自分だけではない、子をも殺そうとやってくる。人を殺し続けて、生きる事はできない。

自分が死ねば、溢れる魔力の捨て場所に困ることは無い。国に潤いが戻り、子は死なずに済む――


男と魔物の説得には応じず、彼女は彼女に残された命を全部、ベッドの傍の石で作った小さな炉の炎に変えた。


すると、美しかった火の悪魔はみるみる年老いた。

炎のように赤く艶やかだった髪は、真っ白な枯れ枝のように変わり、すべらかだった肌は皺だらけになり、白魚のような手は節くれだった醜いものになった。

しなやかだった黒の翼は羽が抜け落ちて、病気のカラスのように見え、輝いていた黄金色の瞳は白く濁った。


――私のように、この子はきっと、自分で見つけられるわ。だってこの子は火の悪魔たる私の娘。

男に火をつけるのは、きっと得意よ。ね、そうでしょう?――


最初で最後の贈り物として子に名を授けた彼女は、皺だらけの唇で嬉しそうに微笑んだ。

そうして命のともしびが消えゆくのに合わせ、ゆっくりと瞳を閉じた。


男はそれを見て、自分はどうしてこんな醜いものが好きだったのか分からなくなった。


今までの輝きに満ちた女性はどこに行ったのか。

こんな老いさらばえた死に掛けの女など、自分が求めていた相手ではない。


男は自分が今まで見ていた幻想を追いかけていたくて、目の前の老婆を見つめ、項垂れた。


けれど魔物は、彼女を抱きしめた。

死なないでおくれ、置いていかないでおくれ、どんな姿でもいいから生きていておくれと、魔物は泣いた。


だからきっと、彼女はほっそり目を開き、皺くちゃの手で魔物の涙をぬぐった。


 ――私には、親友の貴方にあげられる物がまだ1つ、残っていたわ――


魔物はいつも、等価値の交換を好んでいた。

価値を考えたり見抜いたりするのが好きだった。

それを知っていた彼女は、今までに貰った分だと微笑んだ。魔物はそんなものはいらないと、泣きながら首を振った。


すると彼女は、からからに乾いた声で、八重歯を見せて笑った。


 ――醜いおばあちゃんには、もう価値が無いかしら?――


魔物は喚くように叫んだ。

 

 ――舐めんじゃないよAurora(朝焼け)! あたしがお前のみてくれに惚れただなんて、思っても無いくせに!――


そうして魔物は、彼女の血液を全て飲み干した。

ミイラのような彼女は、灰と炎に変わって、サラサラと風に乗って消えた。





「その後、魔物は決して、赤子と共に在ろうとはしなかった。

愛しい相手を殺したのはその子であろうとずっと思い、亡き彼女を想って太陽を見つめ続けた。

彼女が住んでいた小屋が廃れていくのも、黙って見ていた。

魔物は赤子が《自分で見つける》相手を待つように、時折訪れて、その子が生きる為に手を貸しただけだった。

 男もまた、赤子と共にあろうとはしなかった。

残された灰に縋り付いて大泣きした魔物を見て己を恥じたが、隣にあれる勇気が無かった。

どの面下げて立っていればいいのか、分からなかった。

だからクモや植物たちに、その子を守るようコソコソと伝えるだけだった――」



水性のステンドグラスは、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

灰色の床に映りこんだ鮮やかな色たちは、とてもきれいだった。


それを邪魔しないようにだろうか、ステンドグラスではなく間の柱に背を預けて立ちながら、フォルミカは目を閉じている。


ここは地下が爆発して地盤が緩んでいるので、立ち入り禁止になった場所だ。

私たちの他は誰も居ない。

入り口に警備が立っていたが、新たにこしらえた箒に乗せられて此処に下ろされたので、見つかる心配はないだろう。


私は焦げた床の上に立って、静かなホールを見上げた。


「――なぁ、フォルミカ」

「……なんだ、オーグラ」


目を閉じたままのフォルミカに視線を下ろしながら、私は尋ねた。


「あの時、エリーが掛け声を無くしたら、なんで炎がちゃんと出たんだ?」


開いた灰色の目をパチパチさせた後、今その質問か、というような微妙な顔をしたフォルミカ。

私は片方の眉をひょいと持ちあげた。


「なんだ、いい年した男同士で恋バナをしたいのか? お前の方こそ奇特な男だ」


お望みなら私の妻の武勇伝を語っても構わんが、と肩を竦めれば、フォルミカはふっと口元を和らげる。そうして柱から背を放すと、置いてあった箒を拾い上げ、またがった。


「掛け声なんぞ出したら力は抜けるだろうが」

「ん……そうか? むしろ力が入りそうじゃないか」


エリーの太い掛け声を思い出し、腕を組みながら首を傾げる。

フォルミカは私に馬鹿にした視線を寄越した。


「オーグラ、お前、トイレで気張る時に雄叫び上げる奴を見たことがあるか」


とん、と床を蹴ったフォルミカが、ふわりと宙に浮く。


一瞬あっけにとられた私は、なるほどと笑って、置いて行かれる前にその後ろにまたがった。






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