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33,目的の分からない日






急げ! と、白カールが私の尻を引っぱたき、背後に向かって指揮をするように腕を振る。


袖口から飛び出す白い網が、階段のあちこちに張り巡らされたが、それは火に触れるとめらめらと燃え上がって、あっという間に燃えカスになってしまった。


「炎相手にクモの糸とは! ハハ、フォルミカ先生、勉強のしすぎでボケましたか?」


それとも、貴方はその程度の魔法しか、使えませんでしたっけ? 

と、ヘルペスがあざ笑う。


そのヘルペスの足の近くには、ぐしゃぐしゃに顔を歪めたミコーが震えながら立っていた。

ひとまず生きていることに安堵したが、とても全身の力を抜けやしない。


どうするんだ白カール、お前の使う魔法でヘルペスに敵うとは思えない、と足を止めて白カールを見上げる。


相変わらずよく燃えるクモの巣をばら撒いているが、当然ヘルペスは余裕を見せて、泳ぐような白いクモの糸を吹き飛ばしてみたり、燃やしてみたり、気まぐれにミコーの頭を撫でてみたりしている。


「そもそも、なぜ貴方が邪魔をするのですか? 

貴方より才ある僕が、お抱え魔法使いに昇進したところで、貴方に損はありませんよ? 

むしろ学校内での席が空くでしょうし――あぁそれとも、妬みですかね?」


それは僕にはどうしようもありませんが、とヘルペスが酷く楽しそうに肩をすくめた。

白カールはフンと、鼻を鳴らす。


「もしも私が、お前に妬むに値する部分を探すとしたら――…………あぁ、」


白カールが頭を振って、あっけあらかんと続ける。


「見つからない」


ヘルペスがぴくりと口の端を動かした途端、ヘルペスがあっという間に炎に覆われて燃え上がった。


見難いが、薄いクモの巣がいつのまにかヘルペスに巻き付いていたらしい。

しかし直ぐに上からシャワーが降ってきて、鎮火した。


白い湯気を纏いながらヘルペスが笑う。


「僕の得意分野は元々、水魔法ですよ? お忘れで――」


言葉が途中で止まる。

背後に現れた馬鹿でかい食虫植物に、ヘルペスがバックリ食われたのだ。


「何を止まっている! 走れ馬鹿者!」

「あ、ああ!」


櫛を2つ合わせたような食虫植物から、ヘルペスの尻から下が出てジタバタ暴れているのをあっけにとられて見ていたが、白カールの言葉に慌てて走り出す。


直ぐに扉が現れたので押し開けると、ヘルペスの書斎に出た。


迷わず白カールは奥の扉に突き進んで押し開き――耳をつんざく火の玉の声に勢いよく扉を閉めた。


「ええい! キチガイのペットなんぞに用はない!」


苛々して、他の道は―――と言いかけた白カール。

しかし背後から聞こえた大爆発の音、さらに入口の扉が爆風で吹っ飛んできて、私達の鼻の先をこすり、奥の扉を突き破ったので、もう他を探している場合ではなくなった。


背後から煙がもうもうと責めてきて、耳栓を探せる時間は無い。

飼育部屋に飛び込んで、出来るだけ耳のスイッチを切って走る。


ピラニアが水性ランタンから飛び出して、閉じ込められているペットたちの檻を片っ端から噛みちぎって行ったので、火の玉やら鼠やら鳥やらが足元や空中をびゅんびゅん駆け回っていた。


囚われた仲間を解放したのか、うん、素晴らしい心意気だが置いてくぞ、と走り続けたら、ピラニアはまたランタンの中に飛び込み戻ってきた。

この中がお気に入りらしい。


最奥の扉を押し開けて気色悪い召喚部屋を横切った。

ヘルペスは臭そうに大きな鼻をひくつかせただけで、迷わず奥の地下へ続く暗い階段を駆け下りる。


しかし私は足もとが見えずに見事すっ転んだので、白カールを巻き添えに階段の半分ほどを勢いよく落下した。


「す、すまない。大丈夫か?」


エリーをかばって全ての衝撃を吸収した尻をさすり、起き上がりながら謝罪する。


額のタンコブを抑えて此方を睨みつけ、分かりやすく怒気を膨らませた白カールだが、追いかけてきた熱風に喉まで出掛かったであろう文句を飲み込んだ。

代わりに壁に手早く魔法陣を描いて、まばゆく光る小さなひまわりの花を呼び出す。

まぶしさに目を細める私に、白カールはその可愛らしいひまわりを憎々しげな顔で押しつけてきた。


男にひまわりの花をプレゼントされる日が来ようとは―――、と微妙な心持ちになりつつも片手に掲げて急ぎ地下へ降り、牢の並ぶ廊下を走る。


一か所、懐かしの破壊された檻の牢を横目に通り過ぎ、一番奥へとたどり着くが――行き止まりだ。


壁にへばりつく様にべたべたと触ってから、白カールが顔を歪めて舌打ちをした。


「魔力の鍵が掛かっている――畜生!」

「……カギ?」

「ウルペスの魔力が無いと開かん!」


悪態をつきながら壁を殴りつける白カール。

ヘルペスの余裕の態度は、コレがあったからか? と私は考えたが、それより何より、と私は白カールの肩をつついた。


「なぁ白カール」

「フォルミカだ! 黙っていろハゲ頭め!」


額に血管を浮かばせる白カール、改めフォルミカに、私は人差し指を立てて忠告した。


「頭髪に関して否定はしないがお前ももうすぐだぞ。あっという間だぞ」

「五月蠅い! 少しは口を閉じていられんのか! 私は今必死に――」

「火竜の元へ通じる穴がある」


唾をまき散らしていたフォルミカは、間抜けにカパッと口を開けて、本当か? と私をまじまじ見つめた。

これっぽっちの穴だが、とピラニアを指差すと、フォルミカは穴は拡大すれば問題ないと頷いた。







結果的に、ピラニアが出てきたあの穴を植物の力で押し広げ、私達は地下の地下に居る火竜の待つ場所へと到達した。


しかし私達は歓びに沸くどころか、絶句して立ち尽くしていた。


「――――……なんてことだ」


フォルミカが唖然として、床に倒れ伏している火竜に触れる。


「息はあるが――とても、戦える状態じゃない」


火竜は、図鑑に出てくる恐竜に良く似ていた。

緋色の鱗がずっしりした胴体を覆っていて、強そうなかぎづめが筋肉質な手足に生えている。


目は閉じられていて見えないが、頭と思しき部分には尖った角が2本生え――いや、1本は折れていた。

背中には身体と同じ緋色のコウモリのような翼が生えているが、それは元気なく垂れ下がっている。

片翼は根元から折れているようにも見え、私がいた牢屋と似た岩壁はあちこち焦げ跡がつき、かぎづめが暴れまわった痕もある。

鎖が杭にうたれており、その鎖が繋がった大きな金属の首輪が、ウロコを剥がすほどに火竜の首に食い込んで傷になっており、痛々しい。


見る物全てが戦闘のすさまじさを物語っていた。


フォルミカが怒りのあまり唇を痙攣させ、拳をわなわな震わせた。


「お、おのれ……! ウルペスめ!」


私は嫌な予感がして、滲む怒気を避けるように、ピラニアに視線をチラリと向けた。


ピラニアは……すっと、その視線を避けた。


裂けた尾びれが少々元気なさげに揺れ動く。


――こいつだ。

ヘルペスじゃない。火竜倒したのはコイツだ。


ピラニア! お前何してくれたんだ! と、怒鳴りたいところだが、怒鳴ったらこのピラニアは怒りに我を忘れたフォルミカに千切られかねない。

それに私が今生きているのは、このピラニアが火竜を倒して私の元へやってきたからだ。


しばし考えた末、今更どうにもならんしな、と口をつぐむことにした。


「おい、呪いをまき散らしている場合じゃないぞ、策を考えねば」


しれっとして肩を叩くと、呪詛らしきものを喚いてたフォルミカはええい煩い! と私の手を払いのけ――――いやすまん、と肩を落とした。


ボサボサのカールヘアをそのままに、しょんぼりとしたフォルミカは、私に向き直ると小さく言った。


「……私はやはり、貴殿に比べたらまだまだケツの青い餓鬼のようだ。取り乱してすまない」


きっちりと頭を下げられ、私は激しい罪悪感にむしばまれながら、慌てて自己紹介をした。


「わ、私は、大倉守という。どうか頭を上げてくれ、フォルミカ」


貴殿なんて呼ばれたら私は悶え死ぬ。

という気持ちを込めて、普通に呼んでくれと頭を下げながら挨拶すると、顔を上げたフォルミカはかすかに微笑んで、私に手を差し出した。


「本当にオーグラーか? 人間相手に宜しくとは、随分奇特な鬼だな」

「残念ながら人間だ、名字の発音が似てるだけで」


手を握り返し、おおぐら、だ。とゆっくり伝えると、フォルミカは意外そうに片眉をあげた。


「……オーグラ、お前貴族だったのか」


なぜそうなる、と首を傾げると、名字持ちは基本貴族だ、との返答が返ってくる。


残念ながら自分は一般小市民で、この世界じゃない別の所からエリーに呼び出された人間だと説明すると、どんな魔法があるところなんだ? と鼻をヒクヒクさせて楽しそうな顔をされた。


「魔法の魔の字も無い、くだらない世界のようですよ? フォルミカ先生」

「「!」」


雑談している場合では無かった!


ぱっと後ろを振り返ると、どうやら正規のルートで来たらしいヘルペスが、岩に擬態している扉を閉めるところだった。

傍にいるミコーはどんよりと曇った眼差しで突っ立っている。


どうする、何も考えてないぞ、と焦る私達の前で、ヘルペスはぐったりしている火竜をつま先でつついた。


「大したもんですね、フォルミカ先生、火竜を倒したんですか。召喚も一苦労だったんですが」


フォルミカが「え?」という顔をしたが、隣で私が冷や汗をダラダラ垂らしているのを見て、凄まじい形相に変化した。


見ないふりをしつつ、私はどうしたもんかと必死に頭を回転させる。

しかし魔法使い相手の戦い方なんて、どう頑張って考えたところで分かる筈が――――


「オーグラ」


フォルミカが静かに、私の名を呼んだ。


怒るのはTPOを熟考してからにしてくれと願いつつ、なんだ、と返事をすると、フォルミカがヘルペスから目を逸らさずに喋った。


「ルボルカエリーウェスペルティーヌスをしっかり抱え、決して――――放すな」

「!」


私が驚きに目を見開いて固まっていると、フォルミカはイラッとしたように叫んだ。


「聞こえたか!」

「ッ分かった!」


私が背負っていたエリーを前に抱きかかえると、フォルミカが軽く手を振る。

すると私達の周りを、突如生えてきた植物が覆い始めた。


螺旋を描くツルが絡み合い、三又の足跡のような葉を茂らせ、所々に桃色の朝顔のような花が咲く植物だ。

ドーム型になったそれは、小さな秘密基地を思わせる。


しかしヘルペスが、そんな物は大した障害ではないとばかりに無視して、不機嫌そうに言った。


「……フォルミカ先生、貴方は何がしたいのですか? 分かりませんね。

正義を気取りたい? この炎が欲しい? 私を倒し、王に迎え入れてもらいたい? 

そうは見えませんでしたが、野心があったのですか。

それとも、――まさかこの悪魔の力に、踊らされたいのですか?」


ヘルペスの不可解さ丸出しの問いかけに、フォルミカはなんと、寂しそうに微笑んだ。


「しいて言うなら……、その最後、だろうな」




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