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28,伝える力のなかった日



「先生は元素魔法得意だけど、えてふえてってやつがあるんだ。

水との相性が良すぎるから、逆に火に関しては、どうしたって、そう、仕組みの問題で、仕方ない――。

でも、これから行われる儀式で、先生は火の魔力を取り入れるんだ。

そうしたら先生は、学校一だぜ!」

「ぎ、儀式? 火の魔力を取り入れるって、一体何をするんだ?」


ロウソクの灯りでうっすら照らされる螺旋階段を延々と登り続けながら、私は鼻歌を歌うミコーに尋ねた。


どうやらここは学校とは別の棟のようで、ミコー曰く先生たちの研究塔らしい。

たぶん、外から見た時に灯台みたいだと思った石塔だろう。

あの珍獣まみれの部屋はヘルペスの研究室の1つだったようだ。


流石に膝が痛くなってきたと、足をさすって一呼吸いれる私に、ミコーは自慢げに答えた。


「火の悪魔の結晶を手に入れたって、先生は言ってたんだ。それを自分の力に変える儀式だ!」


火の悪魔の結晶とは、おそらくエリーの母の魔力であるあの暖炉の炎。


アレを手に入れた? 


馬鹿な、私がその話を蹴ったのだから、ヘルペスの元に魔力は無い筈だ。

もしかして私が話を蹴る前に、ミコーに自慢を吹聴したんじゃないだろうか。


ミコーが言うには、エリーの住む森に入って出て来られた者はいない……何故か分からないが、きっとそれはヘルペスも同様なのだ。

自分で魔力を手に入れられるのならば、端から私を使う意味などない。


だが、奴はエリーをどうにかすると言っていた――……嫌な予感がする。


「……それで、ミコー。君の出番は一体どこなんだ?」

「先生の得意分野は水だし、自分が大やけど負ってる時に冷却できるかどうかなんて、流石の先生も不安なんだ」


俺にだけコッソリ打ち明けてくれたんだ! と、ミコーは有頂天になっている。

私は騙されやすそうな子だ、とひっそり憐れみながら、火傷とはどういう事かと首を傾げた。


ミコーは声を弾ませてニッコリ微笑む。


「でも、炎の氷結が出来る俺なら! 先生が火の魔力を飲みこんでも、火傷しないように保護が出来るんだ!」


成程、どうやら火の魔力を己の力とするためには、暖炉のあの火を飲みこむ必要があるらしい。

サーカス芸人になれそうだ。


しかしヘルペスの奴、炎を己の力として――何がしたいんだ?

ミコーの話から推測するに《苦手分野の克服に挑んでいる》感じだが、そんなものか?


「あ、今の話、人には内緒だよって、先生言ってたから! アンタ、人じゃないから良いと思うけど! 

誰かに言うなよ!」


私は最初に人間だと自己紹介したと思ったが、ミコーは私を人外の使い魔であるとの認識で連れ歩いているらしい。


呆れつつもこれ幸いと頷いて口を閉ざす私に、ミコーは口を尖らせて、少々不満そうに呟いた。


「けど、アンタ何ができるんだ? 先生に呼ばれたの、てっきり俺だけだと思ってたのに……。

そもそもアンタ、アイツの使い魔だろ? 契約破棄されたのか?」


ミコーにヘルペスの元へ連れて行ってもらう口実に《私も実は呼ばれているのだが道に迷ったんだ》と伝えてあった。

私は必死に頭を回転させながら、ヘルペスとのつながりを思い返して言葉をひねり出す。


「あー、まぁ、契約は、その、上手くいっていなくて。それに、ほれ、この水性ランタンに見覚えは?」

「うん、それ、先生が良く作る奴だな」

「ああ、どうもこの魚が入り用らしい」


何に使うのか詳しくは知らんが、信頼されている君なら知っているんじゃないか? と話しを振ってみる。

ミコーはアワアワと正直に百面相をした後、鼻の穴を膨らませて頷いた。


「し、知ってるぜ! 勿論! そりゃ、お前程度には、内緒だけどな」

「そうか、やはり君は知っていたか。私程度のレベルとは違うな、羨ましい」


ゴマすりは大得意だ、任せろ。


なんなら揉み手もできる、と子供相手に自信を溢れさせていたら、ミコーは誇らしげに胸を張り、私の前を軽快に歩きながら提案した。


「なんなら、それ、アンタの代わりに俺が持って行ってやってもいいぜ」


それは困る! と言葉に詰まるが、私は必死に言い訳を考えた。


「あー、ありがたいし、先生もお喜びになるだろうが、やめておこう。

その、何しろ此奴の大好物は、柔らかな子供の肉だからな……」


私の咄嗟のアドリブに応えるように、水性ランタンの中で、ピラニアがミコーに向かって金属片と肉片の挟まった牙をむいて、ギョロ目をニタリと細めた。


ランタンに手を伸ばしかけていたミコーは、びくっと肩を揺らして慌てて手をひっこめ、アンタに花を持たせてやるよ! とひきつり笑顔で頷いた。



石造りの壁に時折開けられている窓代わりの穴からそっと外を覗くと、既に外は暗くなっていた。

設置されているロウソクの灯りはほんの僅かで、足元を見るのに苦労する。


ミコーは、《ホントは光の魔法だって使えるけど先生の為に魔力は温存しとかなきゃいけないウンタラカンタラ》と長ったらしく言い訳をして、私と一緒に目を皿にして階段の段差を見つめて歩いた。


「ったく、アンタは魔法使えねえのかよ! あぁ、人喰い鬼は魔法駄目なんだっけ? 

なんであいつ人喰い鬼なんて呼んだんだ? 意味わかんねぇ」


喋っていれば息が苦しいだろうに、お喋り好きな様子のミコーの口は中々閉じない。

おじさんはもう息絶え絶えなので無駄口は叩きたくとも叩けないぞ。


しかしエリーの話題になったので、私は壁に寄りかかるようにして息を整えながら尋ねた。


「……なぁ、キミらはどうして、エリーを苛めるんだ?」

「は? なんでって……そりゃ、そうだろ? アイツ、悪魔の子だって、皆言うし。

人を焼き殺すんだ、平気で! やられて当然さ!」


先生だってそう言う、とミコーはしっかり頷いた。


私が足を止めたのに合わせ、ミコーも少し休憩することに賛成したらしく、階段に腰を下ろす。

アンタ契約は辞めて正解だぜ! とミコーは腕を組んだ。


私は暗がりの中の青色の瞳を見つめて尋ねた。


「……エリーは、君らに呪いでも、かけたのか?」


ミコーは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「あいつ、人に呪いかけられるような才能ねえよ! 

魔力だって、なんで魔法の授業受けてんのか分かんねえくらいさ! 俺なんか1級クラスの――」

「――そんな魔力も才能も無いエリーが、君らに何をした?」

「!」


突如として冷え込んだ私の声に、ミコーがびくりと肩を震わせた。


ひどく大人げないと思いながらも、私は見開かれた青い目を見据え、怒鳴りたくなるのを必死にこらえて伝えた。


「エリーが好きなのは、人間の肉じゃなくて、甘味だ。人を丸焼きに出来る魔法も、使えない」

「…………そ、そん、」

「彼女は君らと同じ年頃の、ちょいとへそ曲がりで、優しい、女の子だ」


ぎゅっと奥歯を噛みしめて、あふれ出そうな文句を飲みこんだ。


彼1人に言ったってどうにもなりやしないのだ。

憧れの先生の言葉と、ぽっと現れた禿げた情けない格好のおじさんの言葉、どちらを信じるかなんて、決まりきったことだ。


言葉を発せずに立ち尽くしているミコーの横をすり抜けるようにして、私は階上へ向かって歩みを進めた。

慌てて追いかけてくる小さな足音が、ブツブツと不平を漏らしている。


「んだよ、意味わかんね。だいたい、あいつ、すぐ火ぃぶっ放すし。

いつも睨んで――ぶへっ! なんだよ! いきなり止まんなよ!」


私の背中に激突したミコーがぷりぷり怒る。

足を止めていた私は、しーっと言いながら人差し指を口の前に立てた。


不思議そうに片眉をあげたミコーだが、私の目の前に木製の扉があるのを見て、あぁいつの間にか着いてたんだ、という納得の顔になる。


しかし私が扉にへばりついて耳をそばだてているのを見て、何してんだコイツ、という怪訝な顔になり、私を急かした。


「おい、先生がお待ちだ! 早く入らな――」

「なんで!! だって、アンタ言ったろ! それ、持ってきたら、オーグラーを返すって!」

「「!」」






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