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27,予想外の再会2の日




ランタンの中を悠々と泳ぎ、満足げにプクプク水泡を口からあげるピラニアを右手にぶら下げ、ネクタイをバスケットに結んでエリーのような肩掛け鞄にした私は走る。


牢の並ぶ廊下で、右に進むか左に進むかと迷ったが、ピンクと紫のまだらキノコがポツンと生えている方を選択した。

突きあたりまで進んだら上に進む石造りの暗い階段を見つけたので、灯っていたロウソクを1本拝借し、急いで駆け上がる。


エリーと山中を歩き回ったおかげで、多少は体力が付いたらしく、すぐさま息切れしてへばる、という事はない。

しかし現在地も目的地もよく分からずに謎の制限時間付きで走り回るというのは、精神をガリガリと削ってくる。


どこまで急がなきゃならないのか分からない。

どこまでやれば間に合うのか分からない。

だから今全力でやらねばどうにもならない。


必死に階段を1番上まで登って、木製の一枚扉を押し開けると、異様なニオイのする部屋に出た。


「何だ此処は……」


くさい、と鼻をつまむ。


かつて自分の授業参観に、おしろいをはたき込んだ母親たちが、狭苦しい真夏の教室にぎっしりひしめいていた時のような匂いだ。

暗い部屋の中、ロウソク1本では全貌が見通せないが、ゆっくり足元を照らしながら進んでいくと、懐かしい文様に出会った。


「……魔法陣だ」


白いミミズ文字が星の周りをぐるりと取り囲んでいる。

私がこの世界にやってきた時と似たような大きさのそれが、床のあちこちに描かれていた。


この部屋の主――おそらくヘルペスが、何かを呼び出そうと頑張った痕のようだ。


仰々しい金細工の施された机の上に、何冊か本が広げられ、傍にはインク瓶に突っこまれた羽ペンがある。

ロウソクの火で照らしつつ、おそるおそる開かれた本を覗き込んでみても、文字は読めない。

だが、その黄ばんだページに描かれた絵は分かった。


おぞましい、としか言いようのない絵だった。


赤黒いインクで描かれたその《生き物》は、左右大きさの違う、猫のように瞳孔の裂けた目でこちらを覗きこんでいる。

鼻は魔女のように折れ曲がっていて、口は何かを飲みこもうとするかのようにがばりと開かれていたが、大小さまざまな鋭い牙がびっしりと余すところなく生えている。

肌はまるでフジツボがみっちりと張りついたように凸凹していて、手足と思われる部分はマグマのようにドロドロに溶けだしていた。


血管の束をそのまま被ったかのような髪の毛からは、ぐるりととぐろを巻く角が2本飛び出していて、空を飛べるとは到底思えない重々しく折れ曲がった翼が背中に生えている。

その周囲に描かれているのは、枯れ木、骸骨、ひび割れた大地。


「…………」


私は気持ち悪さのあまり、数歩下がって口元を押さえた。


なんだこれは。

ヘルペスは、なんというとんでもない生き物……生き物? を呼び出そうとしたんだ。

自分の見た目が良いと醜いものが欲しくなったりするのか?


出来るだけ直視しないように、目を細めて他の本も眺めてみたが、似たり寄ったりの姿形がトチ狂った変な生き物の絵ばかりだ。


「……正気の沙汰とは思えん」


ランタンの中で、ソーセージを腹に収め終えたピラニアが、頷く様に体を揺らした。


背筋の寒くなる部屋を足早に横切って、奥にある扉をまた押し開けた――途端に、窓ガラスを釘でひっかくような、キーキーと耳障りな音が溢れかえった。


慌ててロウソクをうっちゃって耳を抑え、周囲に視線を走らせると、そこはまた牢屋――ただし、私がいた牢より随分小さい。


ロウソクが無くてもほのかに明るい部屋の中には、私の腰ほどの高さしかない牢が積み重なっているが、牢というより生き物を閉じ込めておくケージのようだ。

動物園のような獣臭さとフンの臭いが充満している。


耳を抑えられる私と違い、水中で怒り狂っている手が無いピラニアにすまんすまんと謝りながら、両隣にケージが並ぶ通路を進む。


真っ赤な色のトカゲ、緋色の羽を持つ鳥、人間を食べそうなほどデカい赤毛の鼠など、趣味を疑う奇天烈ペットがそれぞれのケージの中にいる。

キーキー声は、どうやらぎゅう詰めにされている火の玉から発せられているようだ。


気味の悪い収集癖に首を振って、早く部屋を出ようと火の玉から目を逸らして足を進めた時、膝がドスンと何かにぶつかり、バランスが取れず私は尻もちをついた。

反動で耳から手がずれて、歯が浮くようなキーキー声が耳の中へ濁流のように押し入ってくる。


慌てて耳を抑え直して、尻もちをついたまま前を見る。

私の前には目を丸くした、エリーより背の低い少年が同じように尻もちをついていた。

さらさらした銀髪に、綺麗な青い目をした王子ルックの少年だ。


どこかで見たような気がするが、あまりの煩さに脳みそが奥深くへ引っ込んだらしくピンとこない。


その少年は私を指差して、口を動かした。


「――……――……――?」


何を言ってるんだかまるで分からん。


私が首を横に振ると、立ち上がった少年は小脇に抱えていた網籠の中のドッグフードみたいなものを、手早くケージの生き物たちに分配し、くいっと親指を奥の扉に向けた。

頷いて素直に付いて行く。


金属で出来た重い扉をくぐると、そこは落ち着いた雰囲気の書斎だった。

扉が閉められたのをしっかり確認してから、おそるおそる耳から手を離す。


ここは、さっきまでの喧騒と打って変わって静かな空間だった。


カチ、コチ、カチ、コチと、壁に下げられた振り子時計が動く音と、暖炉の火が時折はぜる音しかしない。


久しぶりに見た気がする窓越しの空は、夕方の橙色。

使い込まれたテーブルの両側にある本棚が、優しい色に染まっていた。

私は地下牢に半日近くいたらしい。


「で、オッサン、何してんの? アンタ、あいつの使い魔だろ?」


部屋を眺める私の前で、少年は耳の穴から白い団子みたいなものを引っ張りぬいた。

耳栓のようだ。


ピラニアが疲れたように底に沈んで平たくなっているのを、興味深げに眺めはじめた少年に、私は答えた。


「使い魔ではないぞ。私は大倉守といって――」

「は!? Oger!? げえ、あいつ人喰い鬼なんて呼んだのか!?」


青色の目を見開いて私をまじまじ眺める少年。

またこの誤解だ、と私は頭を振る。


「違う、私は人間だ。名字がオーグラーと似ているだけの、ただの人間だ」

「はぁ!? 人間!? 嘘付け! あいつが人なんかと一緒に暮らせるもんか!」


少年の言葉に眉をひそめた私は、思い出した。


この子は確か、エリーが学校に向かっていた時にエリーのフードを引っぺがして暴言を浴びせた、あの少年だ。


騙そうったって、そうはいかないぜ、と胸を張る少年に、私は尋ねた。


「なぜエリーは、人と暮らせないのだ?」

「そんなん決まってる。あいつのいる森に入った人間で、生きて出てきたヤツなんかいないんだ」


皆、燃やされたか喰われたかしたんだ、と少年は大真面目に頷いた。私は呆れて否定する。


「エリーは人間を食べる趣味は持ち合わせていないぞ」


まぁ、ちょっかい出されて少々焦がしたことはあるかもしれないが、と心の中で追加すると、少年はフンと鼻を鳴らした。


「どうでもいいさ。ウルペス先生が火の悪魔すらしのぐ魔法がもうすぐ手に入るって、言ってたし! 

不細工悪魔なんか、怖くないね!」


頬を染めて興奮気味に言う少年に、私はハッとした。


「そうだ、坊や、そのヘルペス先生ってのは――」

「坊やじゃねえよ。俺、ミコー」


その後に大変長ったらしい名字を大変誇らしげに語られたが、私の耳を素通りしていったので、宜しくミコー、と挨拶するにとどめる。

差し出された小さな手を握り返して、私は少し焦りながら尋ねた。


「そのヘルペス先生は今、どこにいるんだい? 彼に用事があるんだ」

「ヘルペス……? ウルペス先生なら最上階。俺、呼ばれてるからこれから行くけど」


どうやら私は名前を間違って覚えていたようなので、そいつそいつ、としきりに頷いてみせた。

するとミコーは怪訝そうに私を見上げた。


「先生に何の用? 俺は勿論、氷魔法に関しちゃこの学校で1番だから、それで呼ばれたんだ」


ふふん、と鼻高々と言わんばかりに顎をもちあげるミコー。


氷魔法? 

一体どんなものなのだろう。


エリーと喧嘩したときは、ガラスの破片を作っていたような気がするが、もしかしたらエリーのように掌から氷が出せるのか。

ならば夏場にお世話になりたいものだ。

1番と豪語するからには、氷山のように大きな氷でも作れるのか。


私が色々想像する顔を見て、さぁ聞け、聞くがいい、答えてやろう、という空気をむんむんと押し出してくるミコーを、私はご機嫌取りもかねて褒めた。


「氷なんて出せるのか、そりゃすごいな」

「へん、馬鹿にすんな! その程度、誰だって出来る。俺はもっと高度でびさいな魔力操作が出来るんだ」


たどたどしく、おそらく意味の分かっていない言葉を混ぜながら自慢するミコーに、そうなのか、と頷く。

するとミコーは嬉しげに頷き、たっぷりと間をとってから宣言した。


「俺は――《炎の氷結》が出来るんだ!」





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