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18,奇妙な街に降りた日





「おはよう! さっさと支度してよ! 遅刻したら蹴り転がすからな!」


卵をジュージュー焼く音と良い匂いに目を覚ますと、エリーが慌ただしく叫んだ。


おはよう、と返してエリーの横顔を眺める。

腫れぼったかった目元は多少戻っていたが、それでもやっぱり普段より重たそうだった。


結局、私が眠りについたのは明け方だったような気がするが、時計が無いので曖昧だ。

けれど頭は膜が張ったようにボンヤリしていて、イマイチスッキリしない。

睡眠不足である。


ラーウムに負けない大きなあくびをして起き上がり、調整の上手くいっていない扉を倒して外に出る。

段々と固い床で眠るのにも慣れてはきたが、体のこわばりは相変わらずだ。


水瓶の水で顔を洗ってから、手櫛で頭髪を直し、ゆっくりとラジオ体操を始めると、エリーがひょっこり顔を出して、また伝統ダンス? と変な顔をした。

勢いをつけて腰をひねりながら、私は鼻を鳴らす。


「そもそも、このダンスは休み中の学生が行うのが正確なんだ」

「もう春休み終わったよ」

「そうだな、また夏休みにでもやると良い……ほれ、やってみろ」


身体を大きく横に倒し、脇腹のツッパリを感じながらエリーを見る。

しかしエリーは、その時教わるから良い、とそっぽを向いた。


「……そうか」


夏まで私は此処に居ないぞ、との返事は出来ずに、大きく手を広げて森の空気を吸い込む。

私も私も、というようにツタが寄り集まってきて、私の鼻の穴に入ろうという意志が見え隠れしたので、私は最後の深呼吸を1回少なくして家の中へと戻った。


固くてボソボソした目玉焼きを食べて、ご馳走様と手を合わせ、私がトイレで踏ん張り、エリーが肩掛け鞄の中に分厚いあの本を突っ込んで、一緒にこんにゃく果物も5つ詰め込んだところで、私達は山を下りるために家を出た。





下り坂が多く、ルルススの家に向かう時より幾分か楽なのだが、どうにも変な所の筋肉を使うらしい。

進めば進む程足首と膝がガクガク笑いを大きくする。

気を抜いて膝崩れしたら私は獣道をゴロゴロと転がり落ちて、その辺の大木にぶつかって死んでしまいそうな気がプンプンしたので、必死に力を入れて歩いた。


革靴とズボンの裾はもう泥まみれだ。

シャツだって汗と変な植物の汁まみれ。

これまでにさんざん草木に引っかけたり転んだりしたせいで、あちこち破れたり裂けたりし、白色だったそれはくすんだホコリっぽい色になっている。


額の汗をぬぐったら、己の脇から漂った臭さに思わず息を止めた。

――ちなみに先日、此方に来てから1度も洗えていない靴に突っこんでいる足を、暖炉の火にあてて温めていたところ、エリーは文句を言う前に息をしたら死ぬというような毒ガス扱いで家の外へ飛び出して逃げていった。

気持ちは分かるので文句は言わない。


しかし、見目麗しくないおじさんは居るだけで臭いもの扱いされるというのに、実際臭くなったらもう目も当てられないな。


だがどうしろと言うんだ? 

べたべたして気持ち悪いし、汚いし、臭いしで見事な3K。

ああいや、息も苦しいで4Kだ。


エリーはヒィヒィしている私を気遣い、歩調を合わせてくれていたが、口数が少ない。

少々の気まずさを覚えて、私は一呼吸おいてから尋ねた。


「……あー、エリー。学校って所は、私みたいな――その、学生でない者が入っても、良いのか?」


来賓扱いになるのだろうか。

そうしたら、身分審査などされるのかもしれない。

エリーやラーウムは気づかなかったが、私が人喰い鬼ではないと見抜くような先生が居たりしたらどうしたものか。


大木の根っこをやっとこ乗り越える私の前を軽々と歩きながら、エリーは答えた。


「契約魔法使った生き物を連れてるやつは沢山いるから、大丈夫」

「……ほう」


ならば安心か? 

いや、むしろ気づいて貰えたら、私を不憫に思った魔法使いが私を帰してくれるかもしれないのか? 

だとしたら聞けそうな奴を見繕ってアピールすべきか――。


生い茂っていた木々が徐々にまばらになり、日光が良くさし込むようになり、私の臭い足が棒になりかけたあたりで、とうとう道が開けた。

ぱっと一気に明るくなったような気がして、私は一瞬目を細めたが、飛び込んできた光景にすぐ目を見開いた。


「……!」


舗装されていなかった山道が繋がっていたのは、石畳の道路。

目の前をガタガタと黒塗りの馬車が通り過ぎていった。

人々のざわめきが一気に耳の中に押し寄せる。

馬車同士がすれ違うことも可能なくらいに広い道は、私の想像を越えて活気であふれていた。


からりと乾いた空気の中をさっと見渡す限り、ここはヨーロッパを思わせる外国だった。

彫の深い顔が沢山で、醤油顔の日本人など、どこにも見当たらない。

ついでに背広を着込んだスーツ姿の人間も見当たらない。


なんともおかしなことに、行きかう人は皆、シンデレラのお話から出てきたような時代錯誤で奇抜な服を纏っている。

レースやリボンがふんだんに使われた洒落た帽子を被ったり、これから舞踏会かと疑いたくなる動きにくそうなドレスに身を包んでみたり、膝に問題は無さそうな癖に杖をついてみたり、刺繍の糸だけでキロ単位ありそうなド派手なコートを纏ってみたり。


見ろ、馬車に乗り込むのに息切れしているおばさんは、只でさえデカいケツを更に膨らませるように綿を詰め込んだピンクのドレス。

脇に新聞を抱えて足早に歩く口髭の男なんか、丈の短いふわっとしたワンピースの下から、にょっきりと貧相な足をむき出しにして、その上からマントを羽織ると言う奇天烈極まりない格好。


己に具現された性別への反逆を試みているのかと思いきや、同じような恰好の男が辺りにはウジャウジャと、生足を晒して歩いているのでそうではないようだ。

頼むから今だけは突風よ静まりたまえと願った私は可笑しくない。


いやそんなものは序の口だ。

何しろ明らかに人間でない奴が……額から角を生やしていたり、全身毛にまみれていたり――流石に此処まで行くと羨ましくはないが――とにかく人種どころか生物種に富んでいた。


道路に現れた私達をちらりと眺めて、私の格好に少々不審げな顔はするも、皆これから通勤通学なのであろう、己の使命の為にさっさと歩みを進めて去っていく。


そびえる建物も現代日本とはかけ離れていた。

空を飛んでいた時見えた尖塔であろう高い時計台には、可愛らしいベル状の鐘がぶら下ってカラーンカラーンと緩やかな音を響かせている。

朝らしい透き通った水色の空とのコントラストが綺麗だ。


黄色みがかった灰色のレンガで出来た小さめの建物が道沿いに並んでいて、変わった形の扉……例えるなら、座薬を縦に置いたみたいな形の扉が同じように並んでいる。

各家の前には緑色の木々が植えられていたり、刈り込んだ綺麗な芝生が広がっていたり、黒色に塗られた低めの柵で囲んであったり。


トランペットのような軽快な音楽が遠くから聞こえ、ところどころの家の煙突から白色の煙がモクモク上がっていて、どこからかジュージュー肉の焼けるような良い匂いもしてきた。

朝食べた目玉焼きは下山のせいで消費されたのか、ぐぅーっと胃が悲しげに鳴く。


フードを目深にかぶっているエリーが私の横で腹の音を聞き《早く皆を食べよう》と頷いた。


いや、いらない。

人肉はいらない。


私の心中には気づかず、こっち、と石畳が下る方向へエリーは歩き出した。

それに着いて行きながら、私は数回瞬きをして、今見えている現実が本当に現実なのかを疑った。


だって、可笑しいだろう。

何なんだ此処は。

エリーの生活とのギャップが強烈すぎる。


皆普通に……大分ぶっ飛んでるが、一応普通にいるじゃないか。


何でエリー1人があのボロ屋に住んでいるんだ?


「ねぇ父さん、学校まで送ってよ!」

「駄目だ。通勤用の馬車での送迎がばれてみろ。父さんクビだぞ」


大きな羽が突き刺さる帽子を被り、レースの多いシャツとふんわりした膝丈のズボンを身に纏う、エリーくらいの男の子が父親に強請っていた。

父親は牧師を彷彿とさせる黒服を纏い、小脇に古びた本を1冊抱えて首を横に振っている。

きかん坊の男の子はぶーぶー不満を喚いていたが、父親は牧師服をばさっと振って馬車に乗り込んだ。

僕も! とステップに足をかけた男の子は、何馬鹿やってんだい! と奥から出てきた恰幅のいい母親に襟元を掴まれて引き戻された。


「ちょいと、郵便屋! ウチに新聞来てないよ!」


黒い立て襟ドレスに、白髪を頭の天辺できゅっとひっ詰めた婆さんが、別の家から目を吊り上げて顔を出し、全身茶色の毛だるまで二足歩行の生き物を怒鳴りつけた。

怒鳴られた生き物は、帽子からひょっこり覗いた茶色の三角耳とフサフサしたしっぽをピンとたて、紺色のベストの上からひっさげたパンパンに膨らんだ鞄の蓋を閉めようと、四苦八苦しながら叫び返した。


「あ、すみません! 1部足りなくて! 今から取りに戻るんで、ちょっと待っててください!」

「ふざけんじゃないよ! あたしゃあと10分でウチを出なきゃいけないんだ! 今朝のニュースも知らないで働きに行けってのかい!?」

「今日の一面なんて、魔物が公道で焼身自殺図って死にかけたってだけですよ!」

「またかい! ふん、あんな化け物いい加減にさっさと始末しちまえば良いんだ……」


迷惑そうに口をへの字にしたくせに、むずむずと楽しげに小鼻を動かして、好奇心を隠しきれない様子の婆さんは家の中へと戻っていく。

怒鳴られていた生き物は、鞄の蓋をようやっと閉めることに成功したらしく、たったっと走って私の横を通り過ぎる。

……犬の顔だった。


「何が10分で家を出るだよ、昼過ぎまで近所のばーさん達と噂話をするのが仕事のくせに!」


犬の郵便屋が面白くなさそうに鼻を鳴らし、走りつつも次の配達場所を描いてあるらしい地図を広げる。

しかし突然上空から、おおい戻れ! と声がかかった。


「急げよ! 号外出すってさぁ!」

「何だって!? ちょっ、俺も運べ!」

「お前重いからヤダねー」


犬の上にいたのは、シンプルなシャツとベスト、半ズボンを履いた人だった。

毛まみれではないし、まともな服だ。

ただし、背中に羽が生えている。

ばっさばっさと白色の大きな翼を動かして風に乗り、箱に入った荷物を抱えて楽しげに犬を追い越していった。


犬の郵便屋は私達が向かっている学校のある方向に顔を向け、歯ぎしりして悪態をつくと、両腕を大きく振って激走を開始。

砂煙と共に、あっという間に視界から消えた。

まるで飛んでいるかのようなスピードだ。


人ごみの中で、私はぽけっと口を半開きにしていた。


……どうしたものか。

人間とコンタクトをとりたいから誰かしらに会いたいとは思っていたが、こうもこの世界に人間が――それ以外もいるが――溢れているとは思わなかったのだ。


こうなれば、学校に着くまではエリーにくっついていた方が良いだろう。

こんな往来の激しい所で迷子になっても、声をかけるどころか、見ず知らずの臭くて変な恰好のおじさんを助けてくれそうな相手なのか否かの判別すら難しそうだ。


久しぶりの人ごみの空気に呑まれそうだが、エリーの背中を見失わないようにぎゅっと拳を握って、衝突を避けながら隙間を縫うように歩く。


流れに乗って進んでいくと、円形の広場になった場所が現れた。


中央にあるのは白い石で出来た巨大な噴水。

透き通った水の中にはカラフルな魚が悠々と泳いでいた。

錦鯉のように綺麗だったので覗き込んで眺めたら、ぞろりと大小さまざまに生えそろった牙で威嚇されたので慌てて飛びのいた。

ボロ屋の前で見失ったピラニアの色違い種のようだ。

この世界では凶暴な魚が観賞魚になっているのだろうか。

信じがたい趣味だ。


噴水周囲には飲食店が並んでいるらしい。

テラスが備え付けられており、布を張ったパラソルのようなものの下で、相変わらず色々な見た目の連中が食事をとったり酒を飲んだりしていた。


顔を赤くして黄金色の液体が入ったジョッキを掲げる、腹の出た白い口ひげの男が陽気に笑いつつ、道行く男に声をかける。


「よーフォルミカ、お疲れさぁん。一杯どうだ?」

「酔っぱらって仕事ができるか! 働け飲んだくれめ!」


上着の内ポケットから懐中時計を取り出して眺め、盛大に舌打ちをする、フォル……なんとかという中年に差し掛かった位の男は、ピチピチの白タイツに包まれた足を苛々した風に速めた。


高い絵画に鎮座ましましている中世ヨーロッパの貴族の如く、シャツの胸元にモサッとスカーフを盛り上げ、長いコートのような上着を羽織り、縮んだもんぺみたいなカボチャパンツを履いている。

まるで童話の王子様だ。

少なくともいい年した醜男がする格好ではない。

白くカールさせた巻き毛は、音楽室の壁に飾られている肖像画の連中みたいなボリュームを誇っていたが、早足のせいで綺麗に整えられていたそれはモジャモジャに絡まってしまっている。


今からそんなに髪を傷めつけていると後々後悔するぞとその頭を見ていたら、視線を感じたらしく白カール男がこちらを振りむいた。


私を上から下までジロジロと不躾に眺める。

そうしてジャッキー・チェンのような大きめの鼻で馬鹿にしたように笑った。


「私の格好が可笑しいか? 君ほどではないと思うがね」


この世界では私の方が可笑しいらしいというのは分かるので、あえて反論せずに肩をすくめてへらっと笑ってみせる。


余計な争いを生まないに越したことはない。

しかし私の斜め前に居たエリーはそう思わなかったらしい。


「フォルミカ! こいつはアタシのオーグラーだ! 馬鹿にすんな!」


歯をむき出して私を指差し、怒声を上げるエリー。

知り合いだったのか。


白カールに馬鹿にされた所で別に構わないのに、エリーは拳を握って今にも噛み付かんばかりに男を睨みつけている。

対する白カールは、目の前で怒りの炎を燃すエリーに、氷のように冷えた視線を向けた。


「……ルボルカエリーウェスペルティーヌス、君は朝の挨拶という言葉を知っているかね?」

「おはよう! 頭でっかちクソ野郎!」

「おはよう・ご・ざ・い・ま・す、先、生――だ。君の矮小な脳みそに刻み込むのは困難だろうから期待はしないが……、そいつがオーグラーだと?」


白カール男は再度、薄い灰色の瞳で私を観察するように眺めまわした。


しかし私も問いたい。

こんな態度がデカくて、容赦なく侮蔑の言葉を吐くような男が《先生》? 

おいおいこの謎の世も末だな。

モンスターペアレントの恐ろしさを知らんと見える。


「アタシが自分で魔法陣を書いて、血の契約を結んだ! そいつは間違いなく、アタシのオーグラーだ!」

「ほう、君にもようやっと魔法陣を書ける頭と腕ができたか。しかし残念なるかな、此奴には微塵も魔力が感じられない――随分と外れの魔物を呼んだものだ」


嘲笑を浮かべ、先生らしい白カール男は美しくないタイツ足を素早く動かして去って行った。







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