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15,怒りが見えた日





私の懸命の訴えを、晴れ晴れした顔で笑い退けたエリーは、オーグラーの恐がり~! などと言って私を虐めながら、ゆるやかな空中散歩を比較的静かに楽しみ始めた。


先ほどの荒くれ飛行に比べればまだマシか、と私は縮こまっていた体をそっと伸ばす。

タンポポはひっつかんだままだが、しがみ続けると永遠に上り続けてしまうらしいので、軽く握る程度にした。


「あ! ほら、お2人とも! 街が見えますよ!」

「…………、うん」


ラーウムの言葉に、エリーはきゅっと唇を引き結び、小さく頷いた。

急に下がったテンションに、何か嫌なモノでもあったのかと思いきや、緑の瞳はじっと街の方角に注がれている。


「……?」


なんだ?

しかし街か。

人の居る街だろうな、と私もおそるおそる身を乗り出して、片手を目の上にかざす。


見えたのは、レンガ造りの建物がひしめき合う中、教会のような尖塔がいくつか。

人の姿はさすがにこの距離では見えないか、と目を細め――――瞬間、私たちの周りを金色の渦が囲った。


「っ!? なんだ!?」


薄い紙か何かをこすり合わせるような不気味な音が下から迫り来たと思ったら、怒濤のように顔や体に何かが打ち付ける。


風とは違う羽ばたきのような音に取り囲まれ、手を振り回して追い払うが視界は開けない。


「なにこれ! 気持ち悪い! 鳥!?」


エリーのわめき声と共に、頭上からはラーウムの焦った声。


「ッ分かりませ、っ! 捕まって!! 気流が乱れるッス! 落ち――」


ラーウムの忠告が最後まで言い切られる前に、タンポポ座席が乱気流に突っ込んだみたいに激しく揺れ、勢いよく後へ傾いた。

茎に捕まり続けていた私は慌てて手に力を入れ―――視界の端で黒色の布が翻る。


座席から放り出されたエリーが、背中から宙へ飛び出したのだ。


「「ッエリー!!」」


私とラーウムの絶叫が重なり、緑の目を見開いたエリーに向けて一緒に手を伸ばす。


顔を引きつらせたエリーは私たちに手を伸ばしかけ―――ハッとして、その手を風に翻りかけたフードを押さえ込む方に使った。


何をやってる! と文句を言う間もない。

ラーウムが茎から手を放したのと同時、コントロールを失ったタンポポは私たち2人をも宙へ吹っ飛ばした。








「楽しかっただろうねぇ。太陽に翼をとかされて空から落ちるなんて、最高じゃないか」


比較的綺麗なタオルを数枚、私に差し出しながら、ルルススはニヤニヤ笑う。

太り気味の月が浮かぶ森の暗がりの中、ルルススは一人だけ光っているみたいに明るいので、からかうような表情もよく見えた。


冗談はよしてくれ、とタオルを受け取った私は肩を落とす。


「死ぬかと思ったんだ」

「ふん、守護の魔法の外へ勝手に出る方が悪いさね」


……何の魔法だって? と私が眉間皺を寄せたら、ルルススは呆れたように肩をすくめた。


「いっくら元気な植物でも、届かない高さがあるもんさ」

「植物? ……あぁ、そういえば、私たちを受け止めたのは、あの動くツタだったな」


全員揃って森の中へ一直線に落下した時、クッションとなって私たちを絡め取り、地面への衝突を防いだのはあのツタだった。

この世界についたばかりの時は、恐ろしいと逃げ出したが―――分からんものだ。


ルルススは私を上から下までじろじろ眺めながら、小首を傾げた。


「それで、全員怪我はしなかったのかい?」

「いや、エリーと私は無傷だが、ラーウムが腕を派手にすりむいた。私たちをかばって抱えて落っこちてな」


空中で私たちの腕を掴んで引っ張り、自分の大きな腕の中へ抱え込んでくれたラーウム。

ツタのクッションがなかったら、今頃もしかしたら―――と思うと、背筋が寒くなる。


ぶるりと体を震わせた私を見ながら、同様に思ったらしく、ルルススは静かに言った。


「あの高さから落ちて擦りむいただけで済んだなら、とてつもなく幸運だったって事さ」

「全くだ」


ルルススから受け取ったタオルは、ラーウムの腕の治療に使う予定なので、私はそのタオルをしっかり小脇に挟んでルルススを見た。


「それで、私が渡せるモノは何かあるか?」


物々交換になるものはあるだろうかと尋ねれば、ルルススはそうだねぇ、とほっそりした腕を組んで考え始める。

しかし答えを出す前に、ルルススが私の足下に視線をやった。


「そういえば朝の子はどうしたんだい。あんたにべったりくっついていたじゃないか」

「ああ、エリーか? なぜか知らんが落ち込んでいてな。家で布団をかぶったままだ」


“ルルススの所へ行くぞ”と誘っても、“勝手に行って良いよ”とボロ布の中から拒否が返ってきただけだ。


ラーウムが怪我をしたから落ち込んだのか、それとも自分が落ちたのが怖かったのか。


ボロ布をひっかぶってションボリしている様を見れば前者のような気がするが、暖炉の火を瞳に映したままぼんやりし、時々小さく丸まる姿を見ていれば後者の様な気もする。


「―――そうかい」


ルルススのやけに抑揚のない声に、私は不審に思いつつも頷いた。


「まぁ、多分うまい物でも食えばエリーの機嫌も良くなるだろう」


帰りの道すがら野いちご(らしきもの)でも摘んで帰ろうと決める。

松明と月明かりのみで薄暗いが、場所はもう把握しているのだ。

ルルススも野いちご辺りで物々交換の妥協をしてくれないだろうか。


何かを考える風のまま動かない綺麗な表情を眺めつつ、カチカチにこわばった腕をもんだ。

関節がぎしぎし悲鳴を上げている。

タンポポに全力でしがみついていたせいに違いない、と私は顔をゆがめた。


「あいたた……。まったく、もう二度と空中散歩なんかごめんだ。なんだったんだ、あの金色の塊は」


1人ぶつぶつ文句をたれる私に、ルルススがスッと視線を鋭くした。


「金色の塊?………お待ちよ、操作ミスしたんじゃないのかい?」

「ミス?……いや、馬鹿みたいに高いところには居たが、ラーウムはちゃんと運転していたぞ。途中でなんか変な羽音をさせる金色の群れが襲ってきたんだ」


しばし固まった後、ルルススが猛獣を思わせる微笑みを浮かべた。


「―――ほぉう、醜い小僧が喧嘩を売ってきたねぇ」


底冷えするような声に思わず一歩下がったら、ルルススの赤い爪が瞬時に伸びて私の襟首に触れた。


掻き切られる!と息をのんだ瞬間、ルルススの手が私から離れる。


「………!?」


ぱっと首元を押える私の前で、ルルススの瞳が怒りにギラついた。


「上手く這入り込んだようだ。――が、太陽に焼かれて視力が落ちたとはいえ、あたしの目はごまかせないねぇ」


ルルススの爪に挟まれていたのは、金色の―――蝶。

逃げようと羽をぱたぱた揺らす、胴体太めの一匹の蝶だ。

あのときの金色の塊は蝶の群れだったのか…。


なぜ蝶が襲ってきたのかと困惑する私の前で、ルルススが真っ赤な口角を引き上げた。


「丁度良いね。これをもらっとくよ」

「そ、……それ1匹でいいのか?」

「お前達の思う価値と、私の感じる価値は別物さ」


そう言った途端、ルルススは牙をむきだして蝶を握りつぶした。


指の隙間から金色の鱗粉がさらさらと流れ落ちるのを見て、ぞっとした私はごくりと音を立てて唾を飲み込む。


用が済んだなら早くお帰りな、とルルススががらりと表情を変えて微笑んだので、私はこれ幸いと早足で帰路についた。







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