14,遊園地で頑張るお父さんな日
川べりに大きく張り出した岩の上に、私とラーウムは並んで腰掛け、真下の川に釣り糸をたらした。
川に近づきたくないエリーは釣りに参加せず、木陰でうたた寝しながら魚の入った籠の番をしている。
竿がしなった所で手に力を入れて、えいっと釣り竿を引っ張り上げるが、釣り針の先には何も掛かっていない。
ぽたりぽたりと水滴が垂れるのみだ。
期待を裏切られて、私は肩を落とした。
「…またエサだけ取られたな」
「そういう事もありますよ。すばしっこい魚だったんスね」
気を遣ってフォローを入れてくれるラーウムだが、ラーウムはさっきから1回として外さず、ポンポン魚を釣り上げているので、腕が違うのだろう。
同じ場所で釣っているのに不思議だ。
しかし改めて考えると、万が一ピラニアなど釣れてしまったら困るのは私だな。
小魚だったら嬉しいが。
密集した毛を生やすミミズのようなものを釣り針の先にくっつけ直し、もう一度竿を振って川に糸を放り入れる。
ぴょろろろろ、と高いところで鳥が鳴き、柔らかな風に撫でられたエリーがうっすら目を開いた。
フード下の目をまぶしそうに瞬かせ、大きなあくびと大きな伸びをしたエリーは、私たちの方へぼんやりした目を向けた。
「…ごはん釣れた?」
「ああ、ラーウムのおかげで大漁だぞ」
「そんなぁ、へへ…それほどでもねえッス」
ざるそば頭をカリカリ掻いたラーウムは、大きな口の端っこを緩ませた。
眠たげだった目をぱっと開いて起き上がり、籠を覗き込んでどうやって食べるの?とご機嫌なエリーに、コイツはムニエルにしましょう、と説明したラーウムが、ふと思いついたように私を見た。
「あ、そうだアモルさん。俺、昨日フロに良さそうな木を探してたんスけど」
「おお、見つかったのか?」
「あ、いえ、そっちはまだなんですが」
私の熱いまなざしに、慌てて両手をブンブン振ってすみません、と肩を縮めたラーウム。
「縦に長い木はいっぱい生えてるんスけど、横幅が足りなくて……」
「あ、いや、任せきりですまんな。私も探そう」
木を切るのはラーウムに頼まなければならないだろうが、見合った太い木を選ぶ位ならば私にも出来るだろう。
腹ごなしがてらあたりを見て回るのも良いか、と再びエサだけとられた釣り針を眺めたら、籠の側にしゃがむエリーが不機嫌そうに口を挟んだ。
「いいよラーウム。そんなのいらないよ」
鼻っ柱に皺を寄せるエリー。
釣りを諦めた私は腕を組んで胸を張った。
「馬鹿を言うなエリー。一度浸かってみれば意見も変わるぞ」
「やだ!」
「好き嫌いはいかん。何事も経験だ」
「ふん! 芋虫のフライ残したくせに!」
「……」
ぐっと言葉に詰まった私。
いやだって、芋虫だぞ?
太って皮の張ったムチムチで、産毛が生えて小さな点々模様が並んでる生ッ白い幼虫だぞ?
しかもそれを串に刺してまるで三色団子みたいな形の揚げ物に。
まるまる姿が残っているんだ、食えるわけがない。
駄目だ、考えるとさっき食べたこんにゃく果物が大地に戻ってきてしまう。
うっぷ、と口を押さえる。
しかしエリーは私を気遣うどころか、ニヤリと口の端を持ち上げて、さっきの私のように腕組みをし、猿みたいな顔になって口をひん曲げた。
「好ききらいはいかん!何ごともけいけんだ!」
「……私はそんな変な顔はしとらん」
そっぽを向けば、してやったと此方を指さしてゲラゲラ笑うエリー。
私たちのやりとりを見て、楽しそうに肩を揺らしていたラーウムが、大きな手をぽんと叩く。
「あ、じゃあ分かりました!
アモルさんは夕飯に芋虫フライを食べて、エリーはフロへ入ると言うことで」
「「いやだ!」」
河原の木々に響き渡った拒絶の声2つに、ラーウムはしみじみと頷いた。
「……家族ッスねぇ」
全くもって血縁でも何でもないとは口に出来ず、良いなぁうらやましいなぁという素直な顔をするラーウムに、それで? と尋ねた。
「その木でないなら、何が見つかったんだ?」
「あ、はい。タンポポ見つけたんで、空から探しませんか?」
「………うん?」
何のことかと戸惑う私と真逆、エリーがうわぁ! と顔を輝かせた。
「飛びたい! ラーウム免許あるの!?」
「“私道のみ”の最低級ッスけどね」
肩身狭そうにしゃがんだラーウムの背中に、エリーはぴょんと飛びついて、十分じゃんと笑った。
「あわわわわ……ひっ、高! …ちょ、ちょっと高すぎないか…!」
ラーウム、少し高度を下げたらどうだ! と私がタンポポの茎にしがみつきながら訴えると、ラーウムはええと、と口ごもった。
「アモルさん、茎を引っ張り続けると浮力が上がるんス」
私のせいか! と気づくが他に掴まれる所がないので、八方ふさがりだとうめいた。
私がしがみついているのは、いつだったか森で見かけた巨大タンポポ。
白色の柔らかそうな綿毛をふんだんに蓄えた、全長ラーウムcmくらいのタンポポだ…本当にタンポポか?
しらんが、巨大な葉を編んで作った簡易座席(シートベルトも安全バーもなし)の両端にタンポポが1本ずつ据えられている。
見た目はぶら下がっていないブランコのようだ。
座席の真ん中に立って両腕を伸ばしたラーウムはタンポポの茎を掴み、浮かんだり下がったり旋回したりを操作してくれている。
ラーウムを間に挟んで右にエリー、左に私。
エリーは身を乗り出し、森を見下ろしながら顔を輝かせ、あっちこっちを指さしながらキャーキャー言っている。
私もキャーキャー言いたいが、下は見たくないし手は放したくないし輝くのは頭だけで顔は真っ青だ。
くそ、風呂の為とはいえ手作り感満載の乗り物に命をかける羽目になろうとは…!
おそるおそる、片目だけうっすら開けて視線を下ろせば、木々がブロッコリーの集合体みたいに見える高さにいた。
信じがたいことに鳥が私たちの下を飛んでいる。
くらりとめまいを感じ、慌てて上を見たら雲がすぐそこにあった。
上も下も駄目だ!
タンポポにしがみついて目をきつく閉じ、何も見なかったことにする。
得意だぞ、そういうことは、ああそうとも。
そんな悲惨な私とは対照的に、ぐんぐんと高度を上げていくタンポポに、エリーは大興奮だ。
「あ! ねぇオーグラー! ほら! あそこウチだ!」
「っあぁ! そうだな! ウチだ! よしそろそろ帰るか!」
「あ! ねぇオーグラー! あれ! もしかしたらルルススの家かな!」
「ああそうだな! 間違いない! よし、そろそろ帰るか!」
「あ! やっぱりそうだ! ルールースースー!」
大声を上げながら体を大きく倒して手をブンブン振るエリー。
ド阿呆! と慌てて襟首をひっつかんで引き戻す。
しかし興奮冷めやらぬエリーは座席の上で尻を跳ねさせながらラーウムのズボンを引っ張った。
「ねぇラーウム! あっち! あっち行こう!」
「良いっスよー、落ちないよう気をつけてくださいね。
上昇気流掴むんでちょっと揺れるッス」
ちょっと待て! と目を剥いた私が制止をかける前に、ラーウムは思いっきり左右の茎を引っ張った。
体が重力に反してぐいと持って行かれ、座席に尻と背中がへばりつき、歯を食いしばった瞬間にごうごうと吹きすさぶ風の中へ突っ込む。
ジェットコースターに乗ったみたいだ。
顔面全部が後方へ引っ張られ、すぐに首に異様なGがかかり、気づけば内臓が全部安定のないどこかに浮かんだ感覚。
エリーが片手でフードを押えつつも、うっひゃぁああ! と、嬉しそうに叫んでいる。
お前の感覚はどうなっているんだ。
がくん、と一度大きく揺れてから、体の浮遊感が収まった。
どうやら安定した気流に乗ったらしい。
タンポポを両手で握りしめたまま、ふるえる息をゆっくり吐き出す私など気にもせず、エリーがキラキラ笑顔で叫んだ。
「もっかい!」
「殺す気か!」




