11,持病を打ち明けた日
予想外にぐっすり眠ってしまったらしい。
私が起きた時には、とっくにエリーは1人で目玉焼きを作って食べ終えて、家の中にはいなかった。
しかし私の分の3つ目の目玉焼きが置いてあったので、どうやらエリーは私に沢山攻撃を喰らわせてしまった事を、少し反省しているらしい。
結局エリーに目玉焼きを作ってご機嫌をとるという任務は達成されないままだ。
しかしやけに涼しいなと横を見たら、扉が全開だった。
いや、開いている訳でなく、ひっ倒されている、だ。
おそらく立てかけただけの重い扉をずらすことが出来ず、エリーは蹴っ飛ばして扉を開けたのだろう。
この扉はどうやったら上手く取り付けられるだろうかと考えつつ、黄身にしっかり火の通った固い目玉焼きを、お手製荒削りフォークで食べ終え外に顔を出す。
ウネウネ這いまわるツタたちの中心で、エリーはでやっ! とか、えいやっ! とか、何かの掛け声を叫びながら、あちこちに炎を繰り出していた。
魔法の練習をしているらしい。
大ぶりな構えの割に、出てくるのは掌ほどの小さな炎だが、何もない所から火を生み出すその技術は、私からするとデカかろうが小さかろうがすんごいものだ。
ツタ連中は燃やされるのは御免だと、エリーから逃げているため、ぽっかりとドーナツ化現象が起きていた。
「エリー、おはよう」
霧が殆ど晴れてきているので、随分日は高いようだ。
薄暗い森の中ではあるが、エリーの放つ炎のお陰もあってか明るめだ。
私の声に、エリーはぱっと振り向いて、私の方に駆けてきた。
「オーグラー! 目玉焼き食べた!?」
「あぁ、ご馳走様。美味かった」
「だろ!」
声を弾ませて得意げに胸を張るエリーだが、小さな手のひらの中に灯される炎がそのままなので、実を言うと私はもっと半熟が好みだとの注文は後々伝える事に決める。
しかしこれは言わなければ、と私は汚い眼鏡越しにエリーをじとっと眺めた。
「さてエリー。何か忘れていないか?」
私の問いかけに、エリーは首を傾げた。
「歯ならちゃんと磨いた」
「良くやった。偉いぞ。後でチェックしよう。だがそれ以外だ」
「トイレも行った。長いウンチ出た」
「良い事だ。おじさんは石ころみたいなのしか出なくて尻が痛い。だがそれ以外だ」
「……おやすみ?」
「寝るな」
「あ! おはよう!」
「それだ」
回り道をしてたどり着いた挨拶に、おはようエリー、ともう1度返した。
私が身に着けていた腕時計はラーウムに川に突き落とされて以降、時を刻むのを諦めているので、現在時刻は分からない。
けれどきっとまだおはようの時間に入る、と私は自分を納得させながら、邪魔して悪かったなと、1歩下がる。
エリーは、別に邪魔じゃない、と手の中の炎を揺らして消した。
「ねえ、今日はラーウムのトコ、いかないの?」
「何をしに行くんだ」
「一緒にご飯食べたい」
「……喰われるかもしれん」
あの大きな口を見ただろう、私達がご飯になるぞやめておけ、と首を振ってエリーを諭す。
しかしエリーは太眉を寄せて、口を尖らせた。
「なんで? 人喰い鬼って、共食いするの? 人を食べるから人喰い鬼なのに……鬼まで食べるなら鬼喰い鬼になるよ」
私は人間だからちゃんと捕食対象だ、とは言えずに、唸りながら言い訳した。
「お前は人間だろうが。ちょっと小腹がすいたラーウムが、ついうっかりお前をつまみ食いする可能性はゼロじゃないぞ」
「じゃ、小腹がすかないように、卵持ってく!」
そういう問題ではない、と口を開くが、既にエリーは家の裏にすっ飛んで行ってしまった。
そんな訳で、扉の引っ付け作業は見送る事になった。
ホクホクとゆで卵を幸せそうに頬張るラーウムと、相変わらずフードをすっぽりかぶって魚――ラーウムが準備したらしい蒸し焼き――に舌鼓をうつエリーを眺めつつ、直射日光に頭皮が焼けるのを防ごうとネクタイを頭に巻き付ける。
何しろこの河原は大変日光の多い場所なのだ。
ターバンのようにならないかと四苦八苦する私に、ラーウムが言った。
「アモルさんは、カツラ使わないんですか?」
一般人がハゲた人にカツラ被ったら? とは言わないものだと思うが、ラーウムはその辺にはあまり気を回さないらしい。
直球の質問に、変にすっきりした思いを感じながら、私は答えた。
「不自然だからな」
「そっスかー。やっぱ、流行も良いとは思うんスけど、自分の道ってのも、持ってなきゃいけませんよね」
内容の良く見えない話をしつつ、もぐもぐと頬を膨らませたラーウムは次の卵に手を伸ばした。
学んだ私が予め殻をむいておいたので、ラーウムは気兼ねなく卵を食べられるようになっている。
これで私達が人だとバレても腹いっぱいで見逃されるという可能性が出て来たぞ。
もっと食えもっと食えと、手作り感あふれる木彫りの歪んだ皿に乗っていた卵を、せっせとラーウムの方へ押しやった。
私は朝食を食べたばかりであまり腹は減っていないので、小さな魚の白身を口に放り込んでご馳走様と手を合わせ、エリーの家から持ってきたボロ布の洗濯を始める。
「しかし、ここに来てからタンパク質ばかりだ……食物繊維をとりたいものだな。痔の薬は此処に無さそうだし」
川の水が茶色に濁るのを若干引いて眺めつつ、山菜を採りにいかんか、と蒸し魚のうまみを噛みしめるエリーに問いかける。
「いいけど、これ食べてからね」
すごく柔らかいんだもん、とエリーの口元は上機嫌だ。
急がないからゆっくり食べるがいい、とことわった私は、キレイになったボロ布を木に引っかけて干し、次は汚れた皿でも洗おうと空いた皿を抱えた。
すると、ラーウムが不思議そうな顔をした。
「……ぢ? って、なんスか?」
若者には縁が無いのか、と皿を川に突っこみながら私は簡易に答える。
「尻が裂ける病の事だ」
カッと目を見開いたラーウムが、手に持っていた卵をそっと皿に戻した。
……いや、食え、頼むから腹いっぱい食ってくれ。
タンパク質が悪いんじゃない、野菜不足が問題なだけだ。
しかしラーウムは私の言葉に耳を貸さず、自分の尻を両側から必死に抑えてソワソワするばかり。
尻が裂けるって、真っ二つになるようなそういう裂け方ではない。
そもそも私の尻もお前の尻も元々裂けているだろうが。
呆れる私の前で、自分の尻を撫でまわして割れていることに気づいたらしく、ヤバいっす! と青くなるラーウムに、エリーが助け船を出した。
「じゃあ、一緒に山菜取りにいく?」
「行くッス! お、俺、主食肉なんで、山の中で食える葉っぱがどれかなんて、分からねえんス!」
ご教授を! と尻をおっぱさんだまま頭を下げるラーウム。
これ以上一緒に居たらボロが出かねないと、私はへらへら笑いながら提案した。
「……い、いや、私達が行ってくるから、ラーウムは此処で待っていたらどう――」
「お2人だけに危ない橋を渡らせるわけにはいきません! 尻が裂ける危険は皆一緒です!」
絶対違う。
しかし頑なに意見を曲げないラーウムに、エリーが別にいいじゃんか、と後押ししてしまったので、3人揃って山菜取りをする羽目になった。




