体の異変とソツギョウ
付き合って一ヶ月が過ぎ、僕達中学生にとって一番の楽しみである修学旅行が近づく。
僕等は2泊3日で奈良と京都を周る。
クラスのみんなと県外に泊まりがけで行くというだけで楽しみなのに、今の僕には香澄の存在もあるので楽しみは倍増する。
お小遣いは1万と決められていたが、みんなは1万の他に2万を隠し持って行くつもりだった。
担任の先生は当日持ち物チェックをすると言うが、実際は牽制してるだけでチェックはしない。
間に受けた僕は万が一を思い、1日目だけ家から持参の弁当を食べる所に目を付け、1万円札2枚をラップに包み、おかずに紛れ込ませ隠した。
我ながらいい考えを思い付いたとその当時は思っていた。
初めて訪れる街並みに、田舎者達はキョロキョロと顔動かし都会を肌で感じる。
鹿公園、奈良の大仏、京都では金閣寺に清水寺、ベターなコースを周る。
宿ではもちろん枕投げからのガールズ&ボーイズトーク。
香澄とは少ししか話すチャンスが無く、あっという間に2泊3日は過ぎて行く。
香澄と話せるチャンスが無かった僕は帰りの新幹線の中でふて寝しようと思っていた。
僕は席に着くと椅子の背もたれを倒しふて寝に入る。
周りは自分の席を離れ、仲良し同士でおしゃべりタイム。ワイワイ賑やかに話すヤツがいるせいでなかなか寝つけない。
すると後ろの席から女子の話声が。
『香澄ちゃんはシックンとうまくいってるの?』
『う~ん、まぁね。』
『顔赤いよ? 照れてるの?』
『うるさい!』
僕は余計に寝れなくなった。
自分の後ろに香澄がいる、しかも香澄だけでなく香澄と話している女子達も僕が前の席で寝ているの知らずに、僕と香澄の話をしている。
僕は寝たフリをしながら聞き耳を立てる。
『もうすぐシックンの誕生日でしょ?プレゼント買ったの?』
『うん。もう買ってあるよ。』
寝ている僕はカラダ中熱くなり汗ばみそうになった。耳も顔も真っ赤にして。
忘れていたわけではないが僕には来週誕生日という大切な日があるではないか。
楽しみがまた1つ増えた。 しかも香澄からプレゼントが貰える事もわかっている。
彼女がいると1つ1つのイベントが倍楽しくなる。
修学旅行も終わり、もうすぐ僕達は最上級生としてこの中学に君臨できる。と同時に高校受験に向けて必死にならないといけない。
部活も3年間の集大成として結果を残さねばと気持ちにもチカラが入る。
その前に、僕の誕生日。
14度目の誕生日。
香澄からは、某スポーツメーカーの小さなハンドタオルとフェイスタオルセット。
実に実用的であり、お揃いの何かを期待したが香澄らしいチョイスだったと思う。
あのタオルセットは未だに持っている。
タオルというのは案外長持ちするものだ。
僕は部活の間はずっと使っていた。
香澄が気付くようにワザとらしく。
香澄は見て見ぬフリをしてるが顔は紅くなる。可愛いリアクションに、僕はニヤケる。
僕が率いる陸上部は数年ぶりのスター揃い。男女、長短距離それぞれから県大会入賞を狙える強者が揃う。僕と香澄もその候補だった。
地区大会でも優勝を飾り予定どおりの結果を残し、着々と上の大会に進出する。
6月、香澄の誕生日が控えるなか、僕は香澄へのプレゼントを必死に考える。彼女のファッションセンスは僕にはあまり理解できない為、服飾系は避けよう。
でも身につける物を選びたくて無い知恵を搾る。
腕時計? 身につけられるし、部活にも役に立つ。よし!腕時計だっ!
僕はスポーツショップを周り、桜色のようなパステル系のピンクの腕時計をチョイス。
値段は7000~8000円くらいだった気がする。僕はお年玉の3分の1をこの腕時計に使った。
香澄はもちろんビックリした。
当時爆発的に人気だったメーカーの腕時計を貰ったこと、値段が高い事もわかったのだろう。顔は真っ赤でちょっぴり申し訳無さそうだったが、僕は気にしないでと笑顔で答える。
香澄は腕時計を気に入ってずっと付けてくれた。僕は満足感でいっぱいだった。
そんな矢先に僕の人生を左右する出来事が起きる。
中学に入り3度目の夏。
僕等陸上部の3年生は県大会に向けて、夏休みの前半を練習で消化する。
香澄の誕生日以来、僕は独占欲が強くなり香澄が他の男子と楽しそうに話す事が気にくわず、イライラとヤキモチを妬く。
そしてそのヤキモチがピークに達した時に事は起きてしまった。
朝から部活のとある日、僕は香澄が同じクラスの男子と仲良く話しているのが見え、これ以上その光景を見たくなくて、外へ出ようと玄関のドアを勢いよく開けようと、何故かドアの手摺りではなくガラスに手を当て押した瞬間、
『バリーンッ』
ガラスは僕の手を当てた部分だけ割れて、僕のてはドア突き抜けていた。
あまりの音にみんなが僕の元へ駆け寄る。
僕は左手の甲をガラスで深く切っていた。
1学期の終わりに、教師達はある学校のルールを作った。
最近よく校舎の至る所のガラスが割れているのを見つけ、対処法として今後ガラスを割った者は一週間早朝に校舎の清掃をするというものだった。
僕はその第1号だ。手を切った事よりも香澄へのヤキモチと掃除をしなきゃいけないという面倒さが勝り、僕は嫌気がさした。
『大丈夫か!?ケガは無いか!?』
職員室から先生が心配そうに僕の元へ駆け寄る。
『すいません。割っちゃいました…』
『仕方ない。それよりお前、その傷の深さだと縫わないとだぞ! とりあえず迎えを呼んで病院に行け!』
そう言われた時に、僕はケガの大きさに気付いた。今まで骨折や縫うほどのケガはした事が無いため大した傷ではないと思っていた。
周りにいる生徒達は心配そうに僕を見る。
僕は周りの視線がすごく嫌だった。
こんなカタチで注目されると罪を犯した犯人のような気持ちにさえなる。
『親が家にいるのか?迎えが来るまで手を上げて血があまり出ないようにして待ってなさい。』
僕にはクルマで迎えに来てくれる人はいない。爺さん婆さんしかいないのだから。
幸いこの日は従兄弟の家族が僕の家に遊びに来ていたので、叔父さんに迎えに来てもらい病院に直行。
7針を縫うという結果になった。
ヤキモチのせいでケガをして、オマケに2学期早々掃除をしなきゃいけないオプションまで付いた。
傷は思っていたより早く回復し、県大会前には抜糸もでき包帯もとれた。
包帯グルグル巻きで走っていたら、見た目が悪い。ハンデを背負ったランナーとしては見られたくない。
県大会は予想外の好成績を残し、出場した選手ほぼみんなが入賞した。僕もまさかの入賞。
ただリレーだけは出場を棄権した。
大会前日にリレーの登録メンバーがケガをして出れなくなってしまった。
僕は泣いた。走って負けるなら納得いくし諦めもつく。だけど走る事なく終えるのは悔しくてたまらない。自分達が必死に練習して走ったのに本番で走れない。
悔し涙は止まらなかった。
県大会が終わると同時に僕達3年生の部活も終わりを迎えた。
2年半よく飽きずに走り続けたものだと、今では当時の僕に感心した。
夏休みもゆっくりできる。
友達と川に行ったり、花火をしたり、お祭りに行ったり。
夏休みを満喫した。
2学期を迎えると僕のカラダに変化が起きる。
夏休みにガラスを割った事を気にしていた僕は、幸い事故だという判断の元、掃除は免れた。それでもあの時に浴びた周りの視線が頭からは離れず、全校集会でもみんなからの視線を浴びているように思えて、ストレスを感じる。
ここからはストレスとの格闘だった。
一度この状態に陥るとなかなか抜け出せず。
教室でも静かな雰囲気になると、みんなが僕を見ているんじゃないかという錯覚を覚える。
(アイツ、ガラス割ったんだよな)
という冷たい視線で。
それ以来、僕はみんなが集まる空間で静かな雰囲気になると窮屈になり、お腹が痛くなりトイレに行く回数が増える。ストレスからくる下痢とその場から逃げ出したい気持ちが重なり、まともに授業が受けれない。
休憩時間や賑やかな授業は何とも無いが、テストのある日は居ても立ってもいられない。
周りの友達も返って心配そうに僕を見る。
でも僕にとってはそれが逆効果になり尚更窮屈さを加速させる。
この精神的な苦痛は卒業しても続いた。
3年目の体育祭。
先輩達の気持ちがわかった気がする。
自分の軍を勝たせる気持ちは自然と身につき、応援練習にもダンスにもチカラが入る。
他軍よりも思考を凝らしたダンスの振り付けも好評で競技も大事な種目も勝ち続けた結果、我が軍は見事総合優勝を勝ち取る。
しかし、神様のイタズラなのか、フォークダンスでは香澄と踊る事は無かった。
そこから僕の精神状態のせいもあり、香澄ともうまくいかずに僕達は別れる事になった。
僕は必死にヨリを戻そうとありとあらゆる方法を試すも、一度入ったヒビは元に戻すことは出来なかった。
あの夏の出来事で、僕の残りの学校生活はただ息苦しいだけの物でしかない。
周りでは受験勉強の合間を縫って、恋人同士がイチャつく。
バレンタインも義理チョコだけで香澄からは義理チョコすら貰えない。
僕は公立高校の推薦に受かっていた為、受験勉強などは全くをもって必要なく、ただ卒業に向けて学校に登校するだけの日々。
早く卒業したかった。
卒業式。
わかっている事だが、女子達は涙を流し蛍の光を唄う。
男子も数人はもらい泣き状態。
式の終わりに玄関の外では後輩達が最後の別れを惜しむように卒業生と思い思いの時間を過ごす。
花束と一緒に寄せ書きを手渡し、お互い涙でグシャグシャな顔でエールを送り合う。
『シゲくん、卒業おめでとうございます!
お疲れ様でした!』
陸上部の可愛い後輩達が僕に花束と寄せ書きを渡してくれた。
『お前、これ何て書いてあるかわかんねぇぞ!』
さすがの僕も涙が出そうになったが必死に堪え、笑って後輩にツッコむ。
『後はお前達に任せたぞ!』
そう言い残して僕は後輩を背にして校門へ歩いて行く。
テレビドラマのような、第2ボタンをくださいっていう青春の1コマを期待したが誰も貰いに来ない。
僕は笑いながら可愛い後輩の所へ戻り、冗談混じりに後輩に第2ボタンを手渡した。
卒業式くらいは笑って終わりたかったから。