彼女とカノジョ
学校に来る事が楽しい。
今ほどそんな気持ちになれた時は無かった。
バレンタインの翌日、僕と香澄はお互いの気持ちが一緒だと確認でき。と同時に僕には久実ちゃんと香澄の2人と付き合う事になる。
俗に言う二股…。
中学生のクセに二股なんて。と大人になった僕は当時の僕に心の中で文句を言う。
2月も半ばを過ぎて、寒さが一段と身に染みる。
僕は久実ちゃんとの別れを決めてはいたが、なかなか言い出せずにいた。
彼女に情があったせいもある。久実ちゃんは僕の事を好きでいてくれるし、僕自身も彼女にこれと言って不満も無かった。
ただ久実ちゃん以上に香澄への気持ちが大きかっただけ。
素直に『他に好きな人が出来たから別れよう。』
そう言えばよかったと今では思う。
そうすれば僕も久実ちゃんも気持ちの切り替えが早かったはず。
でも中2の僕はそれが出来ずに1人もがく。
そしてそのズルズルした僕のせいで事は大きくなる。
いつも通り教室で友達と昨夜のテレビ番組の話をしていると、別のクラスの2人が不機嫌そうに教室に入ってきた。
2人は一目散に僕の元へ。
『シックン、次の日曜日空いてる? 話したい事があるんだけど!』
強い口調で言われた僕は只事ではないと察知し、
『あぁ… うん。大丈夫。』
『じゃあ日曜日の午後に文化会館でね!何の話か見当つくでしょ!?』
『うん…何となくそうじゃないかと思う事はある。わかった。』
2人は用件を言い終えると自分の教室へと戻って行った。
何となくではなく充分見当はつく。
香澄のクラスの2人で、久実ちゃんとは大の仲良し。それだけで僕には2人が怒っている理由も話の内容も想像がつく。
(日曜日は槍が降っても行かなきゃだな。)
あいにくの雪の中、僕は重い足取りで目的地へ歩く。
当然槍が降る事もなかった。
雪でよかったのか悪かったのか、僕はあの2人が待ち構える文化会館へ少しずつ近づいていく。
(はぁ~。)
心の中で何度も溜息をつく。
自分自身の問題ではあるが、あの2人が関わってくると散々な結果になる事は想像がつく。
文化会館に併設されている体育館では地元の小中学生が真っ白な息を吐きながらもバスケやバレーボールをしている。
体育館の手前にあるロビーのソファに彼女等は座っていた。
『おはよう。』
『おはよ。』
第1ラウンドのゴングが鳴った。
『久実と香澄どっちが好きなの?』
いきなり本題へ突入した。
『…。』
『ちゃんと答えて! どっちが好きなの?』
『うまく言えないけど、久実ちゃんも好きだけど香澄の告白で香澄と付き合いたいと思った。』
本当はもっと前から香澄の事が好きなのに、僕は少しでも自分を守ろうと嘘をついた。
『なら久実と別れるって事だよね? じゃあ何で久実に別れようって言わないの?』
痛いとこを突いてくる。
『久実ちゃんが今でも好きでいてくれてるのわかってるし、なかなか言うタイミングがなくて。』
実に見苦しい言い訳。
『じゃあ久実とも別れずに香澄とも付き合うわけ?二股?最低!』
彼女達の怒りは徐々に沸点まで届きそうだった。そして間髪入れずに話を続ける。
『ってかさぁ、久実はしっくんが香澄の事好きだって気付いてるよ? ずっと落ち込んでるし!だけど、しっくんが本当に香澄の事が好きなら、久実にちゃんと別れ話しなきゃ久実も香澄も可哀想だよ!!』
その言葉は僕に深く突き刺さった。
当たり前の意見に反論もない。
1ラウンドでTKO。
『で、久実と香澄どっちと付き合うの?』
『少し考えさせて。』
『まだ決められないの!? わかった。じゃあ決まったら教えてね。私達なら久実を選ぶけどね。』
『わかった。じゃあまた。』
雪は止むこと無く降り続ける。
僕はうつむき、自分の履いてる長靴を見ながら歩き続けた。
小心者で男らしくない僕は、久実ちゃんに手紙を書くことにした。
シンプルに書くつもりが、出来上がった手紙は言い訳をたくさん連ねた謝罪文の様だった。
あの2人に言われてから5日後僕は覚悟を決めて久実ちゃんに謝罪文を渡した。
いつもは照れ隠しに明るく笑って受け取るが、今回は頑張って笑顔を作っていた。
人に別れを告げるのはしんどいものだって、この時身をもってわかった。
人は出会いと別れの繰り返しだが、少なくともあと一年は久実ちゃんと同じクラス、同じ学校で過ごさないといけないと思うと、すごく気まずく感じる。
それでも僕は香澄と付き合う事を選んだ。
香澄と2人で遊びに行ったり、好きな物を共有する事を望んでいる自分の気持ちが強かった。
手紙を渡した事で僕は何だか肩の荷が下りた様な気持ちだった。悩んだ数日から解放され香澄と堂々と付き合える日が来たことで心は軽くなった。はずだった…。
久実ちゃんに手紙を渡した翌日、久実ちゃんから一通の手紙を貰った。
『手紙読んだよ。やっぱり香澄を好きになったんだね。うすうすは気付いてたけど。
アタシはずっとシックンが好きだったから、昨日の手紙読んでから正直ショックで昨日はご飯も喉を通らなかったし、たくさん泣いた。まだ立ち直れないけど、いつかもっと可愛くなってシックンを見返してやるんだから!今までありがとうね。』
久実ちゃんの正直な気持ちと精一杯の強がりを書いた手紙。
悲しさと久実ちゃんの優しさ、自分自身の罪悪感で今までに無い複雑な気持ちに押し潰されそうになった。
2人を好きになる事は良くないとこの時ほど思った日は無い。
それから数日はお互いすごく気まずい感じではあったが、僕には香澄の存在があった分久実ちゃんよりは楽だっただろう。
香澄と僕は健全と言っても過言ではない付き合いだった。
休日は隣町まで一緒にバス、電車で行き、買い物をしたりご飯を食べたり。
お互い部活が一緒なので予定は合わせやすかった分、久実ちゃんの時より色んな所へ行った気がする。
ファーストキスも香澄とだった。
若干ゴリ押し気味に僕の家に誘い、僕は自分部屋でキスをしようとタイミングを伺うがそんな雰囲気にはならない。
相変わらず不器用な僕はどうしてもキスしたくて、1つの作戦を思いつく。
『この前テレビで見たんだけど、結婚式の時に新郎新婦が一本のポッキーをお互い端から食べていって、最後は…』
結婚式でよく見るポッキーキスならと思い香澄に提案した。
香澄は意外と恥ずかしがり屋で純粋だった。
『ヤダ…。』
『お願い!』
『え~…』
『誰も見てないし、いいでしょ!?』
『1回だけね…』
作戦は成功。
僕はポッキーという武器を使い香澄とキスできた。物足りなさを感じた僕は香澄に何度もリクエストした。
香澄はやれやれと諦めて僕の頼みに応じてくれた。