価値観のチガイ
あの日以来、僕等の距離は縮まっていた… と僕だけがそう思い込んでいた。
彼女はあの日からずっと罪悪感と戦っていたのだろう。
職場ではなるべくボロが出ない様に、お互い職場仲間を演じた。
彼女は大人だけあって、演じ方も上手い。
僕なんかかえって怪しいくらいにぎこちないくらいだった。
大晦日の夜、メールが来た。
『あまりに久しぶり過ぎて腰が痛い(笑)』
僕はニヤケながら、
『慣れれば痛くなくなります!』
と返した。
年が明けてからは、外で食事した後にラブホテルに寄る事もあった。
僕にとってラブホテルデビューも彼女だった。
人の話にしか聞いた事のない妖しげな建物も、独特な部屋の作りと照明、いかにもというベッドも新鮮だった。
彼女と何度がカラダを重ね、僕は完璧に彼女の男になったつもりだった。
そんな年の差のカップルもどきも長くは続かなかった。
僕等が関係をもってから1年が過ぎた頃、あるハプニングが起きた。
僕と彼女はいつも通り彼女の車で町中をドライブし、川沿いを通る高速道路の下の駐車場に車を停め、車の中で色んな話をする。
僕は調子に乗って彼女にキスをする。
彼女は呆れながらもキスに応じてくれる。
キスをし終えてまた話をしていると、目の前にパトカーが停まる。
パトカーから2人の警察官が降りて来て、こちらの方へ歩いて来る。
『コンコン。』
1人の警察官が彼女の車の窓をノックする。
彼女は窓を開け、警察官と話をし始める。
『こんばんは。 〇〇署の者です。今ここで何をされてるんですか?』
彼女はとっさに嘘をつく。
『会社の後輩の仕事の相談を受けていたんです。』
『あ~、そうでしたか。 お二人は同じ職場の人なんですね。』
『はい。』
『ずっとここに車停めて、なかなか動き出さない車がいる。と近所の人から通報受けまして。』
『すみません。話が長くなってしまって、こんな時間まで停めていました。』
『不審者だと思われないように、もう帰りましょう。』
『すみません、お騒がせして。』
彼女はうまく誤魔化し、警察官とのやりとりを終わらせた。
パトカーが去って行った後、彼女は、
『あ~! ビックリした~!! まさか警察呼ばれるとはねぇ。』
『川谷さんうまく誤魔化しましたね。』
『必死だったよ! 怪しまれないようにしないとだし。』
『俺も何を聞かれるかドキドキした。』
『今日はもう帰りましょ』
『は~い。』
それから1週間が過ぎた頃だった。
仕事から帰ってきた僕に祖母がひと言。
『おかえり。今日警察の人が家に来て、アンタに用事があるから帰ってきたら連絡してくれってさ。アンタ何かしたのかい?』
僕は何も罪を犯す事も法に触れる事などしていない。
でも、人間は誰しも突然警察官が家に来たとなると、焦りがくるものだろう。
僕は必死に過去を遡り自分の記憶に残っている過ちを呼び起こしてみる。
警察のお世話になるほどの行動は思い当たらない。
僕は祖母から渡された警察官の名刺を片手に自分の部屋に向かい、イヤな意味での鼓動の高鳴りを抑えつつ携帯で名刺に書かれている番号を打つ。
『もしもし〇〇署の〇〇です。』
『あっ、僕は坂下と言います。今日家に来られて、僕に用があると言われて連絡したのですが…』
『あぁ~坂下くんですか? 今時間あるかな?』
『はい、大丈夫です。』
『今は自宅かな? ちょっとお話があるんだけど、これから自宅に伺ってもいいかな?』
『僕は大丈夫です。』
『じゃあ30分後にそちらに行きますので宜しくお願いします。』
僕の顔はこわばり、只事ではない事だとパニック寸前。
わざわざ警察の人が自分の家に来る程の用とは何なんだ?? 僕は何を犯したんだ??
全く思いつかない。
だからこそ尚更不安になる。
僕は平静を装い、なるべく心配させないように祖母に警察官が僕に会いに来る事を説明した。
30分後。
僕が想像していたテレビで観る刑事ではなく、交番にいるお巡りさんが僕の前に現れた。
『夜分にすみません。坂下くんかな?』
『はい。そうです。』
『ちょっとお邪魔してもいいかな? 出来れば坂下くんだけとお話したいんだけど。』
『わかりました。僕の部屋で良ければ。』
『構いませんよ。ではお邪魔させていただきます。』
僕の部屋に僕とお巡りさんの2人っきり。
緊張感で僕は自分の部屋にいる気がしない。
『突然ごめんねぇ。ビックリしたでしょ?』
『はい、少し…』
『今日坂下くんに話を聞きたかったのは…』
いきなり本題に突入。
『1週間くらい前かなぁ? 坂下くん、町内の高速道路の下の駐車場で職場の先輩と車の中で話していたよね?』
僕は軽くパニックになった。
(えっ!? 何が犯罪になるの!? 僕等の関係自体が犯罪!?)
『あの時、2人の警官が坂下くんともう1人の方に職務質問したよね?』
『はい…』
『最初に声を掛けた警管が車の中を見た時に、相手の女の人の手が坂下くんのズボンのチャックの上にあったと言ってるんだけど、何かされたのかな?』
僕は車の中でそんな行為はした事がない。
そこまでの度胸も技術もなかったのだから。
『僕のズボンのチャックの上になんて手はおいて無かったし、何もされてませんよ。』
僕は半分笑いながら答えた。
『それにあの人は職場の大先輩だし、元々は僕が仕事中に仕事の相談を持ちかけて。じゃあ仕事終わりに話を聞くよって言われたので。』
『あ~、なるほどねぇ。』
『対人関係もあったので、職場では話せなくてあの場所を選んだんです。そんなに時間掛からないと思ったし。』
自分でも驚くほどにスイスイと誤魔化しのウソが出てくる。
『そういう事だったのね。僕らはてっきり…』
僕が警察官の顔をまじまじと見つめると、警察官は言葉を濁し遠回しに話の続きを言う。
『そのぉ~、なんて言うかなぁ、相手の女の方が無理矢理坂下くんを襲おうとしたんじゃないかなって思って。』
僕は吹き出しそうになりながら、笑って答えた。
『有り得ませんよ~、あの人の息子は僕の2コ下の後輩ですし、第一、あの人とは歳が離れ過ぎててお互いそういう感情には辿り着きませんから。』
『そうなのかぁ、それもそうだな!』
内心は2人の関係がバレないように、本心とは真逆の言葉を並べて警察官を欺く。
僕と警察官は笑いながら、話を終わりの方向へ持って行く。
『わかりました。特に何も無かったなら安心しました。
また何かあったら連絡くださいね。』
『わざわざすみません、誤解させるような行動をとってしまって。』
『いえいえ、とんでもない。それでは失礼しようかな。』
『ご苦労様でした。』
僕と警察官の話は1時間もせずに終わった。
警察官を見送ると僕は肩のチカラが抜け、ホッとした。
と同時に、また自分の部屋に戻り川谷さんに連絡した。
川谷さんの元にも警察官が行くのではないかと心配になり、互いのウソが食い違わないように口裏を合わせなくてはいけない。
彼女も予想通りのリアクションだった。
『えっ!? 家に警察来たの!?』
『来ましたよ。もちろん誤魔化しましたけど。』
『当たり前よ! 何を聞かれたの!?』
僕は警察とのやりとりを全て話した。
『はぁ~… もう~。』
彼女の深いため息と落ち込んだ様子が受話器から伝わる。
僕は彼女との関係の悪化を防ぐ為に必死にフォローする。
『でも警察は僕の話に納得してくれてたし、大丈夫ですよ。』
『でもお前の家に警察が来たのは事実だし、警察がそういう目でアタシ達を見たのも事実じゃない? はぁ~。』
彼女は僕の想像以上に落ち込んでいた。
この出来事が僕等の関係に大きなヒビを入れ、2人の関係の終わりに繋がるきっかけとなった。