年上のコイビト
スーパーでの冬は堪える。
青果物を扱う為、冬でも作業場は暖かくし過ぎないように温度管理がされている。
野菜を洗うにしてもお湯では鮮度が悪くなる為、水で洗う。
手はいつも真っ赤になり、ヒビ割れていく。
僕は手に息を吹きかけ手を温める。一瞬の温もりが何とも言えない程だ。
話し掛けて来た僕の後輩の母親の川谷さんはレジ部門の副チーフだった。
彼女とは休憩で一緒になる度に話しをして仲良くなっていき、今ではお互い冗談を言ったり、からかう仲になっていた。
仕事中でも何か冗談を言いながらすれ違う。
僕はその瞬間が楽しかった。
大人の女性らしい余裕さ、2児の母親とは思わせないような風貌、何より少し妖しさすら感じる独特の雰囲気に僕は憧れを抱いた。
僕の母親もこんな人だったらいいなと。
僕は高校に通う同級生達がなかなか買えなかった携帯電話をいち早く手に入れていたので、川谷さんと電話もする様になった。
仕事の話はもちろん、プライベートの話もする。
僕は川谷さんからたくさんの大人、社会人の仕事や遊びを教えてもらっていた。
(オトナっていいなぁ~。 僕も早くオトナの仲間入りしたいなぁ~。)
僕は大人の世界を教えてくれる川谷さんにますます憧れる。その気持ちは徐々に憧れから、もっと濃いモノへと変化していく。
恋心? それとも理想の母親? 僕はよく分からない気持ちの中で川谷さんともっと仲良くなりたいと思った。
そう思ってからは、ずっと川谷さんが気になっていた。
ひとり占めしたいとすら感じていた。
スーパーには高校生のバイトの女の子だっていたのに、僕は自分の母親くらい年上の女性に興味が湧くなんて、ちょっとヤバい奴だって自分自身でも感じてはいたが、気持ちは正直だし止める事なんて出来ない。
僕はこの気持ちを誰にも話す事が出来ず、1人モヤモヤしていた。
こんな事話せばみんな引いてしまうだろうし、僕の事を偏見の目で見るだろうと思ったから。
色んなパターンで自分なりにいくつもの答えを出してみようとする。だけど、最後は決まって川谷さんともっと話をしたい、一緒にいる時間が欲しいだった。
僕は勇気を振り絞り、玉砕覚悟で川谷さんに今の気持ちを伝える事にした。
その結果、川谷さんどんな目で僕を見ようと、避けられようと、今のモヤモヤした気持ちが晴れるならと一大決心をした。
自分から告白するなんて経験がまともにない僕は、なかなか川谷さんに電話出来ずにいた。
頭の中で一生懸命伝える言葉を整理し復唱する。
まるでドラマのリハーサルのように。
(よしっ!)
自分に喝を入れ、携帯電話の電話帳メモリから川谷さんの名前を探す。
最後にもう一度頭の中で復唱し、通話ボタンを押す。
『プルルルルルルッ』
繋がった。その一昨日を聞いた途端に僕の心臓は倍の速度で動き出す。
心臓の音がよく聞こえる。激しい心臓の動きはカラダごと揺れているように感じさせる。
『もしもし?』
何度目のコールで出たかなんてことは覚えていない。
『お疲れ様です。 今電話大丈夫ですか?』
『大丈夫だけど、どうしたの?』
いよいよ大一番。
『あのですねぇ… ちょっと真剣な話なんですが、ちゃんと聞いて欲しいんです。』
『… 何??』
『実は… 僕、川谷さんの事が好きになったみたいです。』
『はぁ~!? 』
川谷さんは思わず笑い出した。
『何?その冗談、ワタシを笑わせたかったの!?』
少し凹んだ。真剣に伝えたのに笑われた。
『ウソじゃなくてホントなんです。川谷さんと話てるのが楽しくて、もっと一緒にいたいって思ったんです。』
『アンタ大丈夫?? 何でアタシみたいなオバサン選ぶわけ??』
川谷さんは未だに信じられない。
『自分でも何でって感じです。自分の母親くらいの歳の人を好きになるなんて…』
『アンタ、ワタシを恋愛対象じゃなくて、母親の様に見えてるだけじゃないの??』
『いや、違うと思います。川谷さんとキスしたいって思いましたもん。』
まだ15の僕は好きな人に自分の気持ちを否定され続けるうちに悔しくて涙が浮かぶ。
『アンタまだ15だよ。 ワタシよりもっと若い子にしなさいよ。』
『仕方ないじゃないですか… 好きになった人が40代なんです。』
川谷さんはため息をつき、悩む。
『好きになってもらうのは嬉しい事だけど、応えられないなぁ。』
当たり前の結果が出た。
『それに、オマエがワタシと付き合ったら大変よ!? 周りの目は気にしきゃいけないし、アタシが若い子をたぶらかしてるって思われるし…。』
『そんな事はない!』
勢いよく言葉を返す。
『オマエはそうかもしれないけど、世間の目はそうなのよ。』
悔しくて涙が止まらない。世間の目だけで僕の気持ちは突っぱねられるのかと。
『それにワタシにオマエは若過ぎるのよ。お前があと20年早く生まれていたら…』
年の差という、どうやっても埋まらない現実を突きつけられ、僕は電話中なのに泣き崩れた。
動揺した川谷さんは
『これ以上は落ち着いて話せないだろうから今日はもう寝なさい。また落ち着いたら話そ。』
そう言って泣きじゃくる僕を諭した。
僕は還付無きまでに叩きのめされTKO負けとなった。
その日は朝まで泣き続けた。
翌日からの僕は仕事もロクに手につかず、頭の中では昨日の川谷さんの言葉がグルグルと回っている。
『オマエがあと20年早く生まれていたら…』
見た目、性格といった理由なら納得できただろう。
でも年の差という壁は今まで経験した事のなかっただけに、いつまでもその言葉は僕の頭の中からは消えなかった。
考えても答えは出ない、それでもそこを埋められるモノはないかと考える。
仕事中、川谷さんとすれ違いそうになる時は目を背け歩く速度を早め、無言で歩き去る。
そんな日が1週間続いたある日の夜、川谷さんから電話がきた。
『もしもしぃ? ちゃんとご飯食べてるの? ちゃんと寝てる?』
心配そうなその言葉も今の僕には、母親の息子に対する電話での一会話にしか聞こえない。
『食欲無いし、あまり寝れません。』
皮肉混じりに僕は彼女へ言葉を返す。
『はぁ~。もぅ~、アタシがアンタを殺しちゃうみたいじゃん! アタシは殺人犯かよぉ~。』
『そんな事は言ってません。自分自身の問題ですから。』
『そこまで追い詰めたのはアタシのせいでしょうよ。』
『…』
『あと20年早く生まれていたらなんて言われて、僕はどうすればいいか、どうしたらその20年を埋められるか考えているんです。』
『ん~。ゴメンね、余計な事言ったね。』
『どうやっても実際の歳は20年進められませんし。』
お互いが気持ちを言い合うだけで解決策は生まれず、時間は刻刻と過ぎる。
1時間に及ぶこの会話の結末は、川谷さんがもたらした。
『わかった。付き合うとかそういう型にハマったモノじゃないけど、一緒にご飯とかドライブならいいよ。それじゃダメ??』
彼女はこれ以上僕がドン底に落ちない様に、自分を犠牲にするかのような覚悟で提案してきた。
『わかりました。でも嫌々で行くなら僕は断ります。』
『あ~っ、もう!! アンタの事は好きなの!』
『ホントに?』
『ホントだよ! だから今日は早く寝て、明日からちゃんと寝なさい!』
こうして僕と川谷さんは特別な関係になった。