僕というカタチ
僕には愛がない。
だから愛が表現できない。
愛だと思っていたのが愛ではなくて、ただ都合のいい
自己欲求なだけだろう。
(はぁ~。あづい~。めんどくさい~。)
はじめての引越しに何から手をつけていいかもわからず、部屋中の小物や服を引っ張り出して段ボールの箱に詰める。
外は照りつける太陽と今持っている全てのチカラを込めて蝉が訴えてる。
自分が生きている証をありとあらゆる生物に示しているように精一杯の鳴き声で。
一つの作業が終わる度にタバコに火を付け、階段の窓から近所の保育園を見つめる。
僕が通っていた時と変わらない建物からはこれからの日本の未来を背負う小さな園児が暑さをもろともせずに砂場で賑やかに未来の建物を作っている。
(ふぅ~。)
タバコを2本吸うのは僕のクセでもある。
昔はタバコの煙を嫌がっていたはずなのに、今では俗に言うヘビースモーカーだ。
(さてやるか。やらないと終わらんし。)
僕はまた部屋中に散らばる所有物と格闘する。
新しい生活に向けて一つ一つ片付けながら気持ちを切り替える。
築40年程の二昔前のこの家で生まれ育った僕の遅過ぎる旅立ち。
この家で起きた事はいい思い出もたくさんあったが、それ以上に重く濁った事の方が勝っていた。
僕は大切な物や大切な人をこの町に置いていく。
捨てるなんてやっぱり思いたくないから。
数十年も住んでいると何処かにしまったまま忘れ去られて、いざ出そうと思う時にはどこにしまったのかすらわからなくなり、結局見つからずに諦めるなんて物が2つ3つはあるものだ。
(懐かしい~! これ、いつ買ったんだっけ?まだ20代の頃とか?)
部屋の押し入れを片付けてると次々とお宝が。お宝と言っても何の価値もない、自分の過去を思い出すだけのただのガラクタ品。
ワザと取って置いた訳ではなく、捨てる勇気や勢いが無い僕は自分の目に見えない所にソレをしまうという悪い癖があった。
片付けの手を止め、思い出の一品を見ながら過去の自分を振り返る。
思い出の品が出てくるほど、僕の片付け作業は遅くなる。
あっという間に夜中になる。
朝起きると作業のはかどらなさにため息が出る。
結局、たった1人の引越しの荷造りに3週間近く掛かった。
何かあった時の為に、この家には最低限の家電と家具、洋服を残して片付けも終わった。
あとは自分自身がこの家に別れを告げてこの町を出るだけ。
不思議と寂しさはあまり感じなかった。
周りは山に囲まれ、冬にもなると生活に支障を及ぼすほどの豪雪に悩まされる小さな田舎町で生を受けた僕。
何不自由なく育ち、立派な成人になり、幸せな家庭を築く予定だったはず…。
その歯車が噛み合わなくなったのは僕が保育園の年中さんくらいからだった。
好きな事だけやって、遊びの延長で始めた仕事はことごとく失敗し借金を作る父。
その父にいいように振り回され、昼も夜も働く母。
もちろんそんな環境は長く続くはずもなく、祖父に愛想をつかれ父と母は離婚、父は祖父から勘当される始末。
2人兄弟の姉と僕は、姉が母親に引き取られ、僕は父親ではなく祖父母が引き取った。
それからの僕はたいそう祖父母に可愛がられたことだろう。
祖父母は少しでも僕に不自由ない生活をさせたいと思い、祖父は近くの公民館で夜間受付や休日受付をして生活を支える。
祖母は夜な夜な知り合いの布団屋さんから受けたハンテン作りをして家計の足しにしていた。
だから確かに僕は貧乏だとは感じなかった。
ただ当時の僕は母親と父親の顔は知らなかった。
物心がついた頃には両親は僕の傍にはいない。
その時は何も感じていなかったんだろう。
寂しさや甘える相手、愛情を注いでくれるはずの2人の大事さも。
そこから僕という人間が少しずつ創られていく。
良いのか悪いのか、それはもっと先のもっと大人に、それとも人生を終える時までわからないのかもしれないが…