入学前夜に
食堂で昼兼夕食を食べている遠矢に声が掛けられる。
「あっ、遠矢さん。探していたんです。これといってまだお礼もしていなかったのでお部屋で紅茶でもご一緒しませんか?」
鳴宮鈴だ。どうやらお礼としてティーパーティーに誘われているらしい。
「遠矢さん。隣の方はどなたですか?」
そうだ。二人にまだ面識はない。遠矢が紹介する前にアリスから口を開いた。
「雨宮アリスよ。とーやとは、同室なの」
いつかバレるとしても、明らかにアリスはわざと同室を強調している。
「鳴宮鈴です。とーやだなんて随分馴れ馴れしいんですね。それに同室なんて冗談信じるとでも?」
明らかに鈴は今まで見たことの無い表情に変わっている。遠矢には心当たりが無かった。
なぜ怒っているんだ?
「冗談じゃないもん。それにあんたこそ出会ってすぐに自分の部屋に男を上げるなんて尻が○なのかしら?」
「失礼な人ですね!同室の方がダメでしょう、それならあなたはビ○チです!」
ヤバい。遠矢にはそれだけしか分からなかった。
アリスが怒るのは分からなくはないけど、なぜ鈴まで?
遠矢が二人に見た優しさはもう見えない。
それからずっと、ああだこうだ応酬を交わしている二人だったが、10分程経つと
ゼエェーーー、ハアァーーーーー
息まで切らして何が二人を突き動かしているんだ?
ついに遠矢にまで飛び火する。
「とーや・遠矢さんはどうなの!?」
火に油を注ぎたくはない。
「取り敢えず、俺の部屋で話さないか?明日は入学式だぞ、疲れてどうするんだ」
二人は少し納得して、221号室に向かった。
遠矢は敢えて二人だけを部屋に残して、自分は外の空気を吸いにいくことにした。あの二人も荒治療ではあるけれど、女同士だから話せることもあるだろう。
時計の針は7時を指していたが、それにしてはわりと闇が深かった。
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同じく7時頃。一上総特別警部は警視庁から、普通捜査一課の巡査部長、田中丸陽歩と機動捜査に来ていた。
現場は、東京の繁華街から少し離れた場所にある空きビル。
出来た当初は洗練されたスタイルだったろう外壁も今では塗装も剥げてしまって、悲哀さすら感じさせる。
通報を受けたのは18時半頃。季節外れの肝試しに来ていた廃墟マニアの少年達が遺体を発見したとのことだった。
肝試しで本当の死体に出くわしたのだから皮肉なものだ。
上総と陽歩は遺体が発見された二階へ上がり、交番から派遣されてきた所謂、お巡りさんに会釈して立ち入り禁止のテープの中へと進入していく。
思わぬことにこの空きビルには電気が点いていた。不動産屋からしてみればこのビルは廃墟ではなく、すぐにでもフロアを埋めてしまいたいのだろう。
鑑識が無言で指差した遺体周辺であると思われる場所にはさらにブルーシートが掛かっていた。
それを潜って、いよいよ遺体と対面する。上総も軽い緊張をしていたが、遺体にはさらに死体を覆うシートが一枚。
上総は経験上知っていた。今回の死体はかなり惨いことになっていると。シートからはみ出た血液もそれを物語る。
陽歩は死体が苦手なので、始めに上総が最初に損壊状況を確認しようとシートを捲ると
そもそも頭部が無かった。正確には首から上だ。
あるはずのものがない、そんな違和感を上総は鈍痛として味わった。
陽歩には確実に堪えられないレベルの惨さなので、鑑識を呼んで一緒に説明を受けた。その間、陽歩は鼻をつまみ死体を見なかった。こうしていれば死臭も嗅がず、グロッキーにならずに済む。
鑑識の見解はこうであった。
被害者は、どこか別の場所で拘束されてこのビルに連れてこられた後、手足を縛られた状態で椅子に座らされてそのまま殺害された。
殺害方法は鈍器で殴っただけでは頭部は無くならないし、切断したにしては首が傷み過ぎていることから被害者は
爆発した。
ということらしい。しかし、火薬の臭いなんてまるでしないし、爆発が起こることは上総や他の一般に照らしてもありえない。ということは
「田中丸、魔件だ」
「はい。上総さん」
魔件。新人類が加害者、または被害者の場合もこう呼ばれる。
この新しい犯罪種の誕生は、警察組織を大きく変革した。まず、刑事部や組織犯罪対策部など全ての部署に特別と頭につけて既存のそれと併合し、捜査も共同で行うこととなった。上総と陽歩のタッグはそうして誕生出来たのである。
特部と略させてもらうが、元あった各部署と違い特部には新人類しか所属できない。この決まりを身贔屓だと主張するやからもいるが、能力をよく知らない奴がいたところで足手まといにしかならないのだから、合理的だ。
それでも対立は絶えないので、上総と陽歩のようにが仲が良いのは珍しい。
「頭爆破とかどんな神経してんだよ、犯人。後で見なきゃいけない人の気持ち考えてほしいわ」
などと上総が誰にも届かない説法をしていると、陽歩が横から小突いて何か言ってくる。
「上総さん、これ。被害者の名刺です。上着の内ポケットに入ってたみたいです」
上総は顔しか見なかったので分からなかったが、被害者はどうやら紺のスーツを着ていたらしいと陽歩が鑑識から追加で情報獲得してきた。
「駿河数紀って、こいつ新人類だぞ。加害者も被害者も新人類なんて厄介だぞ今回の山は」
日本新人類間での軋轢が絡んでいるかもしれないと、上総はため息混じりに言う。
各家に縄張りのようなものが新人類界には存在していて、それを破ると書類で通告が来るのだが、浅はかに人を殺めてしまう者もいるのだ。
しかし、今回の事件は頭を爆発させている。そんな強そうな怨恨が縄張り争い程度で生じるのか?頭部の爆破された痕を清掃しているのも気になる。上総は頭を悩ます。今までならと、頭の切れる親戚を思い出す。
しかし、彼に仕事を依頼することは出来ない。今は確か青傑高校にいるらしいから。学生に仕事を手伝わせる訳にはいかない。
ある手段を除いて。
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外の澄んだ空気を思う存分吸ってから、遠矢は寮部屋に戻る。30分くらいたっただろうか。
部屋の前に立つと、中から明るい声がする。
「‥‥はさあ、私が‥‥なとき‥‥てくれたのー!」
「良いですね。私も‥‥‥‥てもらいたいですー」
なんだ、ちゃんと仲良く出来るじゃないかと遠矢は安堵する。
そうして、部屋に入り席を長く空けたことを謝罪してから、二人と共にベッドに腰掛ける。
遠矢が来てから、二人は互いに、負けないという意思を示してさっきのテーマは終わらせたらしい。
何で負けないんだ?と遠矢は気にはしたが、ここで訊いてしまうのも無粋なので心に伏せた。
それからはずっと他愛ない話しをして、鈴は
「同じクラスなら良いですね。明日が楽しみです」
と言って、時間も過ぎていたので自分の部屋に戻って行った。明日は高校生活の初日、入学式。さまざまな能力を持った者達が初めて顔を合わせる日。きっと疲れるだろうから、遠矢達は明日に備えて寝るしかないのだ。
さあ、どんな奴等が出てくるのか、遠矢はDランクでありながら絶対的な自信を持って遥か高みから楽しんでいた。