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異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
第一章~アンタッチャブルズ~
4/21

同類

ただただ少女は震えていた。ツインテールに結ばれたきらびやかな金髪がそれに合わせて揺れている。着ている服は気品漂う淡いピンクのブラウス。

遠矢には、春の悪戯か、光など差していないのに少女が輝いて感じられた。ありえないほど整った顔が、うっすらと見える。瞬間、遠矢の心臓はギュッと掴まれる心地がした。

愛しい。久しい感情が呼び起こされる。

早くこの少女を安心させてあげたい、遠矢はそう思い声を掛ける。

「安心してくれ。俺は君を狙ってなどいない。むしろ外のやつらを始末してきた」

少女は顔を上げる。顔がはっきりと見えた。あどけなさはまだ残っているにしても、綺麗な印象を受ける。

「‥‥じさま」

細い声で何か言おうとしているが、全て聞き取れない。「じさま」が何の語尾なのか、遠矢は見当もつかない。

「私の王子様。やっと来てくれた」

「えっ」

予測していなかった言葉に遠矢は間の抜けた声を出してしまう。可愛い声をしている。王子様、この言葉は聞き取れたけれども彼女の真意が分からない。王子様なんて柄じゃない、遠矢は聞き間違えたと考えることにした。


「私ずっと待ってた。きっと私を護ってくれる王子様がいるって、信じてたの」

「俺はそんなに格好の良い奴じゃないよ」

「ううん。あなたはそう。紛れもなく王子様。私には見えるもの、あなたの強くてまっすぐなニュートリノが‥‥」

「ありえないだろ、そんなの」

「ううん、ほんとう。分かるのよ私、特別だから」

少女の揺るぐことの無い意志に遠矢は白旗をあげた。そうか、と軽く受け流してこの場は済ますことにした。少女の言は真か偽か、もし真なら、少女は遠矢と似た性質を持つことになる。自分の眼のことも何か分かるきっかけになるかもしれない。しかし、今ここで長居するのは危険だと判断した遠矢は、取り敢えず簡易高速道路を降りて、学校へ向かうことにした。


「制服はあるか?」

「うん。後ろのトランクに」

トランクから追突されていたら大変だったなとする必要の無い心配をしながら、遠矢はトランクからわりとコンパクトなボストンバッグを取り出す。中身を開けて確認すると、少女の言う通り制服が入っていた。勿論、遠矢と同じ高校の。

それから遠矢は少女に車から降りるよう指示して、自分におぶられるように言った。車に気絶している運転手がいたが、申し訳ないけれど置いていくことにした。

返答が遅いので少女の方を見てみると、顔を赤くしている。これは女性に対して配慮が足りなかったと遠矢は謝罪した。

「すまない、いやならいいんだ。ただ、俺と一緒に学校へ来てほしいんだ。追っ手がまた来ないとも言えないから」

「いっ、いえっ。全然構わないのっ、おぶってくださいっっ!!」

「あ、ああ分かった」

少女の勢いに圧倒されて、結局遠矢が少女と少女の荷物を持つことになった。しかも走りながら。当たり前だろう、一応逃げている最中なのだから。

遠矢は普通歩くことすら困難な負荷がかかっているというのに、ペースを保って走っている。新人類は基本特性として身体強化を自分に施すことが出来るのだ。

しかし、それはアイデントを発動してからでないと行えないことだ。遠矢にアイデントの影すら見当たらなかった。

3分ほど経った後、ちょうど遠矢の耳元辺りから少女が声をかけてきた。


「あなた、お名前は何てゆーの?」

「なるかみとおや、とおやは遠いに武器の矢だ」

どうせいつかは分かることだ、躊躇わず話すことにした。少女を襲うか捕獲するつもりだった傭兵を倒したこと、は家の事情で面倒なことになりそうだから固く口止めするつもりだが。

「とーや、とーやってゆーんだ。かっこいいね。とーや、とーや」

「止めてくれないか、照れ臭いから。君の下の名前は?」

あまり呼び慣れない名前で連呼されることは、遠矢にとって羞恥の極みだった。遠矢からの質問に、話しを逸らす目的も無かったわけではないが、少女の下の名前が気になったのだ。

「アリスだけど」

「良い名前だ」

お世辞よりも、心から出た言葉だった。幼げな性格らしい彼女には童話のアリスがピッタリだ。

「あれ?私名字のこと話してないよね」

「ああ。でも分かる、雨宮だろ。車を見れば、それなりに知恵の働く奴ならわかる」

「そーゆーことか!」

アリスも合点がいった様子だ。

車には大体メーカーのエンブレムが付いているが、あの黒塗りの高級車はそれとは別にシンボルが輝いていた。シンボルには雫のマークが桜の花弁のように並んでいた。それが雨宮家の家紋なのだ。

雨宮家。第二セカンドforceの一角を担う家系。家系の内の多くが海上自衛隊に籍を置く。一般に水分子を操作する強力なユニーク・タレントを扱い新人類として生きている者ならば、知らない者などいるはずがないのだ。

しかし、高級車で移動するなんて雨宮家の中でも幹部クラスにあたるのではないか、遠矢はアリスをおんぶしていることが後々問題にならないことを願うよりほか無かった。


そんなことを考えていると、アリスから追加の質問がかかる。

「何で、何で助けに来てくれたの?」

「何でって、そりゃあ誰かが緊急に危ない状況だったんだ。特に理由はない。」

少女の質問に遠矢は無味乾燥な返事をする。しかし、遠矢の返信は彼女の意図とは逸れていたらしく

「ちがうの。そーゆうことじゃなくて、どうして駆けつけてきたの?車から降りてはっきりと分かったの。簡易高速道路の下にいたんなら、あなたは事故だと思うのが当然なんじゃないの?もしかしてっ、私の助けを呼ぶ気持ちが届いたの?」

遠矢はアリスが思っていたより頭の切れる質であることを悟った。

「ねえ、どーして?」

「交通量だ。もしあの簡易高速道路が交通量の多い路線だったなら、事故だと判断した」

「へ?」

アリスの顔は遠矢から見えないが、恐らく困り顔だろう。遠矢は、このヒントでアリスが分からないことで、頭が切れると言ってもこの程度かと見切りをつけた。

アリスのような女の子に強い警戒を抱いたままこれから接するのは気が引けるから、遠矢はむしろ嬉しかった。「これから」などとアリスと過ごす学生生活が勝手に想像される遠矢の脳内は、アリスとの出会いを非常に良く捉えているのだろう、出会ったばかりだというのに。こんな感情は遠矢にとって未知のものだった。

「だからどーして?意地悪しないで教えてよー」

遠矢としたことが、アリスのことを考えながら現在のアリスのことをすっかりおいてけぼりにしてしまっていた。これ以上先延ばしにする意味も無いので、全てを話すことにした。

「事故は当たり前だけど単独事故か、複数の車から起こるものだ。しかし、あの時、車同士の衝突音がしていた。つまり、複数の車が同時に存在していたんだ。交通量が本当に少ないあの地域でだ。一般の人は学校へ立ち寄らないし、関係者も車はあまり利用しないからな。ならば、二台同時にぶつかるほどの近い間隔で走っているなんて不自然じゃないか。誰かが仕組んだことだと俺はそれで思ったんだ」

「助けに来てくれるまで、すごい早かったけど、そんなことまで考えていたなんて、とーや頭いいんだ。やっぱり私の王子様にふさわしいよ。ちゃんと、すごくかっこいい」

「運が良かったんだ」

どこまで、本心で言っているのかアリスの考えは遠矢には分からないけれど、こうして想ってくれるアリスがやはり可愛く想えた。


しかし、まだ明らかになっていないことがある。襲われた理由だ。いくら雨宮家の一員だとしても、なぜアリスを狙ったのか。確か今日はニュースで雨宮家家長の会合があると言っていたから狙うならばそこでも良かったのでは。情報量があまりにも少ない、謎は残るばかりだ。


沈黙が少し苦しかったのか

「とーや大丈夫?疲れてない?」

アリスが遠矢を気遣う。

「大丈夫だ。それに後少しだから我慢してくれな」

「ありがとうとーや。優しいんだね」

遠矢は返答に困る。だが、困るといっても、全然不快感は無い。アリスと一緒にいることは寧ろプラスの印象だった。先程初めて会ったということが不思議なほどに。


だんだんと青山傑英高等学校の輪郭が大きくなってきたところで、遠矢はアリスを地面に降ろす。荷物はまだ遠矢が持っていることにした。

「ありがとう。とーや」

「どういたしまして」

典型的なあいさつの後、二人は並んで正門まで歩いた。その間は、思い返すと、まだアリスの全体像を見ることはなかったので、遠矢は変態だと思われない程度にアリスの方を見ることにした。

言葉の若干の拙さとは違い、ブロンドが揺れ、手足は すらりと長く、身長も165センチくらいはあるのではないか。遠矢の身長は175センチだから身長差はちょうど良い具合だ。

そんな何の目的か分からない思考に耽っていると正門にたどり着いた。

ここが青山傑英高等学校である。

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