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異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
ブラッディー・マーダー
21/21

臨場

遠矢は裏口から学園を出た。勿論のこと、こんな時間に学外に出て行くなんてことが許されているはずはないからこっそりとだ。

彼の電気を操る能力と物体の構造を見抜く能力との二つを合わせてしまえば、ロックを解除することはいとも容易い。

学園を出る前、遠矢は馴染みのあるナンバーを打ち込んで迎えを寄越すように指図というか頼みごとをしておいた。でないと、春の微妙な暖かさの中独りで寒い思いをするだけだ。

番号は自宅に繋がっていた。姉に連絡をとるためだ。彼女から弟の捜査に協力を申し出てもらえば万事スムーズに行く。

彼女は二つ返事でOKをしてはくれたが、なぜこんなことになっているのと問いただされてその説明に割と手間取られた。

ある少女の影響だと遠矢が言うと、無駄に感慨深げに『へえ、あんたがねえ‥‥』などと言ってからかってきた。しかし、あなたを魔件から遠ざけようと学園に入学させたというのに皮肉なものねと二人して笑ったりもした。

本筋からだいぶ遠ざかってしまったところで、出来れば口が固く自分とも面識のある人物を選んでくれと加えると、適任の人物がいると言ってきた。

そこで手間を取らせた礼で結んで通信を断ち切った。

適任の人物が一体誰なのか、そんなことはここまで迎えに来てくれる人物なのだから考えても仕方がないし、いくら適任であろうと姉以外の身内のことは基本的に信用していない。

心の壁は常に聳え立っている。


一台の普通自動車が遠矢の目の前で停まる。通学時間以外人の足音すら鳴らない静寂の中で現れたこの車こそ100%該当車だ。

暗くて判断しかねるが恐らくグレーの車体から、一人の男性が出て来た。詳しく言えば、運転席側でなくて助手席側から。

最低でももう一人の同乗者がいるということだ。

男性の顔に遠矢は見覚えがあった。

「やあ、遠矢くん。久しぶりだね」

「ええ、上総さん。カナリア事件以来ですか?」

「そうだねぇ‥‥まあ早速車に乗り込んでくれや。この寒さはまだ腰痛持ちにはキツイんでな」

遠矢は苦笑いをしながら一上総にのまえかずさという男のエスコートに従って車に乗り込む。

この男は警視庁の人間で刑事部に所属している。そして苗字からも分かるがこの二人に血縁関係は存在する。彼も新人類ブルーブラッズである。

しかし、当主の弟と刑事部の中間管理職では位が違い過ぎる。かなり遠縁の関係だ。もっと言えば、一という苗字も彼の父親が後に息子の将来を思って改名させたらしい。本来、足軽のような関係性で本家の名を語ることは許されないのだが彼が刑事として優秀なのだろう。

「へぇ、この子がその子なんですかあ」

「このだの、そのだのお前日本語下手くそか。警察組織に入ったのはお前より数年先なんだぞ、自分から挨拶せえ田中丸たなかまる

「もう、その名前は嫌だって言ったじゃないですか先輩〜」

田中丸という名前から漁船の船長のような恰幅の良い男を想像しそうだが、似合わず痩身で美人の若い女性である。

「初めまして!遠矢くん、田中丸陽歩たなかまるひほです。これからよろしくね‥‥‥‥いやあ思ったより良い子そうで安心しましたよ〜。もっと、生意気そうな人かと勝手に想像してました」

「おい、早く車を出せ。遠矢くん学校抜け出してきとるんやし」

「はいっ、すいません!」

「ああ‥遠矢くん。こいつ少し馬鹿だけど口は固いぞ、約束してええ」

エンジン音が鳴ってから、車は前進し出した。車メーカーが新しいエンジンを開発してからはエンジン音といっても人が小声で話す程度の音しか鳴らない。中にはブルンブルンと威嚇するような音が好きなマニアも存在するが。

「遠矢くんここから現場まで意外と近いから安心してなあ。それにしても、よう本家が捜査に再び参加させてくれたな、嫌味なんかでは全く無いからな。俺もあなたに喧嘩を売るなんて真似気が狂ってもしないよ」

「ええ、分かっていますよ。まあ本家は通してますが、当主の許可を得ただけですし。もし俺が捜査にまた関わると知れたら、旧派の連中は認めてはくれなかったでしょう」

「そういうもんかい、血の繋がりが濃いっていうのも面倒だな」

「そうですね‥‥‥本当に面倒です」

遠矢と上総は一家の汚い部分の話をひけらかすようにして、あるいは皮肉を織り交ぜて話した。

「こういうの私って聞いていて良いんですか?」

「ああ、お前が忘れれば良いんだよ」

「無理ですよっ!私は凡人なんですから」

俗に新人類として力が目覚めぬ者のことを目覚めぬ者の側から自身を指すときにこう言うことがある。

「そうか、忘れとった。忘れとった」

「嘘つかないでくださいよっ!忘れるようなことじゃないでしょう」

田中丸刑事が運転をしながら上総刑事に声を荒らげると上総の方は余裕の笑みを浮かべて、ケラケラとしている。

「仲が良いんですね、上総さんの新米の頃を思い出します」

「止めてくれ」

「勘弁して下さい」

「そんなに嫌ですか‥‥‥‥分かりました、もう言いません」

「そうしてくれ」

遠矢は幼い頃に見た一上総の皺のない姿を思い浮かべ、それを田中丸刑事に重ねていた。本人達は認めはしないが、本質的に誠実な所は一致している。

「着くまで何分ですか?」

「あと十分程ですかね」

「ありがとうございます‥‥‥‥それでは俺から聞きたいことがあるんですが」

遠矢は前方の二人の後頭部を見ながら、二人には見えないまでも真剣な眼差しを向けた。

「何だい?答えられることは答えるよ」

答えられることの範囲を明確にせずに上総は反応する。社会人としては当たり前の行動だ。

だけれど、相手は当主の弟。本当にトップシークレットとされていること以外は包み隠さず話すつもりだった。生徒会にも所属しているらしいし、学校側も文句は無いだろう。そして、彼に情報を話すことで事件は自分たちのみで捜査するより倍速で解決することは見慣れたものだ。上総の関わっていない事件でも彼は同様の働きをしていると聞いている。風のうわさで高校に入学したと聞いて、日本の警察は大丈夫かと懸念した程の信頼をおいていた。

若いという理由で実力を認めないという器の小ささは持っていないと上総は自負しているつもりだ。

「本当にテロなんですかね?今回の魔件は」

「俺達もテレビで知った口だからな。でも捜査情報が断片的にしか流れてこなかったのは公安の連中が圧を掛けて来てたのかもしれないと、今になって思い始めた」

「公安ですか、まあそうでしょうね。日本でテロリストなんて数十年前に比べれば増えましたけど、所詮は諸外国の足元にも及ばぬ数ですから。把握していないわけがないはずです。公安というと光蛾ひかるがの縄張りでしょう、アプローチを頼んでみましょうか」

「素直に応えてくれると思うかい?」

上総は訝しげに、あるいは不安そうに遠矢に尋ねる。

「恐らくですが、公安ではまだ新人類の影響力は低いと聞いていますから。もしかしたら、あくまで恐らくですが光蛾に意見を求めず独断で動いている旧派がいるというなら乗ってくるかもしれませんよ」

「ほほう、賭けてみるには良いかもしれない。こちら側にダメージは皆無だしな」

「そして、なぜ公安が完全に事件に介入してこなかったのかというのも気掛かりです。敢えて、刑事部に進言して来なかったのかもしれないと俺は考えています」

「泳がせていたってのか、テロリストを。いや、俺達をか」

「かもしれません」

遠矢と上総は本来ボード上に記して整理する所の情報を脳内だけで処理して簡易的に捜査会議をする。

「何の為に?魔件の早期解決という立派な建前に縛られない奴等ではあるが、メリットが見つからない。身内まで騙してどうする。テロならテロと示してくれれば俺らにもやり方ってもんがある訳で」

「そうですね‥‥‥‥もしくは両方泳がせていたとか。泳がせていたのではないのかもしれないですし」

「わけわかんねぇぞ、遠矢くん。俺は君と違って頭の出来は普通なんでな」

「俺もはっきりとはしてないんですよ。只、公安が何か隠していることは確かです。テロリストもどこか胡散臭いっていいますか、普通じゃない。または尋常じゃない気がしてならないんです」

遠矢はそう一旦締めくくって何も無かったけれど車の天井を見上げた。

「陽歩さん、この天井って空見れるんですか?」

「そうよ、見たいの?」

「はい、現場に着くまでにリフレッシュしたいんです。もし良ければぜひ」

「全然構わないわ、私も星空は好きなの。まあ、星の見えない夜空は嫌いなんだけど。闇が深すぎるのよね、街灯じゃ照らせないほどに」

「確かにそうですね‥‥だから星が綺麗に見えるのかもしれませんから」

「ふふ、お互い皮肉屋かもしれないわね」

田中丸刑事は自嘲か、納得したかように頷いて、ハンドル左下のボタンを押した。

すると車の天井が透明になり、澄み渡った黒く明るい夜空を確認することができた。

電流を流すことで天井の色を打ち消し、また電流を止めればまた元の色に戻って透明度は失われるという科学の産物だ。

こういうものに出会うと、人間とは科学が自然界に及ぼす影響についてとやかく言うけれど結局の所、その恩恵を受けている者、もしくは積極的に行使する者はこの世界を覆い尽くしているのだとつくづく思わされる。

その恩恵を享受しながら、煌めく星星の光を掴む真似なんてしていると目的地に着いた。

「さあ、着きましたよ!二人共降りてください」

「ありがとうございました。今度お礼をさせていただきます。嫌いな食べ物はありますか?」

「もうっ、ディナーにでも連れて行ってくれるの?嬉しいけど私の柄には合わないからいいわ、気持ちだけで」

「そうですか‥‥‥でも陽歩さんはお世辞でなく綺麗だと思いますよ。年下のくせにと思われるかもしれませんが」

遠矢が正直に、心のままに、あまりにあからさまにフォローをすると田中丸刑事の街灯に照らされた顔は、上総が見たことがないほどに、しかし上総が気付かないままに赤くなっていた。

「さあ、中に入りましょう」

田中丸刑事はその照れ隠しとして二人を中へと、さっさと導いてしまうことにした。

自分の中ではさばさばした出来る女を演じていても、女性としての美徳や感性は消すことは出来ていない、そんなことを露呈したくなどないのだ。暴露するつもりもないことだ。

「現場写真からも思ったんですけど、これって廃墟ですかね?」

「そやろ、このビル発見者は肝試し気分で立ち入ったみたいだが、電気も実は通ってるんだよなあ」

「管理してる不動産屋からしてみれば、いつでもコンテナは埋めたい所だったんでしょうけど‥‥‥こんな事件が起こったらたまったもんじゃないでしょうに」

「そうですね‥‥捜査してると同情することも多いです。新米なので、何か割り切れないというか‥‥」

「新米か?お前は半人前だろうに、思い上がるなよ」

「酷くないですか!?先輩は私に何か前世からの因縁でもあるんですか!私のガラスのハートがそろそろ粉砕するわっ!」

「すまんすまん」

田中丸刑事のキレキレのツッコミに先輩である上総もどうどうと、イリオモテヤマネコを手懐けるようにしている。

「じゃあ、現場の二階に上がりますか?」

「そうしよか‥‥‥こいつ、徹夜したみたいにアドレナリン全開だから段々とうざくなってきた」

上総が遠矢の耳元で小言を言う。

「上総さん、流石に怒られますよ、いつもこんな感じ何すか?」

「なんや、遠矢くんは陽歩に気ィでもあるんか?何ならすぐにでも嫁に貰ってやってくれ」

「いや、セクハラですよその発言は。家の当主は女ですからね‥‥‥チクりますよ」

「それだけはマジで堪忍してなあ‥‥‥容赦無いねえ」

二階に一行は階段を用いて上がった。上総と田中丸にとっては見慣れた現場だったが、遠矢にとっては初めての場所であり、数カ月ぶりの現場でもある。

「一階よりも暗いですね‥‥‥半径1メーターすら危ういですよ」

「まあな、一階と違って窓にはブルーシート張ってあるから。そりゃあ見難いと思いますよ」

「ああ、隣もビルですもんね。見ようと思えば見れるわけですか」

「そーゆこと。‥‥‥ちょっと待ってな、電気点けてくるから」

上総はそう言って、より暗い室内へと入る。数秒後、案外呆気無く、予想より早く蛍光灯型LEDが点灯した。

「さあ、中へ遠矢くん‥‥‥お前も早く入らんか」

「分かりましたよー、だ」

上総に続いて遠矢たちも現場に立ち入る。

「内壁かなり傷んでますね」

「そうだな‥‥築年数結構経ってるはずやぞ」

「そうですか‥‥何か暖かいんですが、ボイラーまでは流石に入って無いですよね」

「ああ、それなら遠矢くん。多分隣のビルの居酒屋から中の空気が入ってきてるのよ。薄っすらと料理の匂いもするでしょう」

「本当ですね。揚げ物ですね、注文が入ったんでしょうか」

「あんまり殺人現場でする話では無いでしょ、遠矢くん。止めにしようや」

上総の言葉を聞いて、田中丸刑事はヘラヘラと笑っている。

「なんや、田中丸!何を笑っとんね」

「いや、普段偉そうなのに‥‥ふっ‥‥こういうパターンはダメなのかと思って」

「生意気なっ!お前死体見たらゲーするやないか」

「良いんですよ、新米なんですから‥‥‥それに半人前なんでしょう?それに比べて先輩は一人前なんでしょうからなんともないはずでしょう?」

「なっ‥‥‥!」

「上総さん、これは一本取られましたね」

「ふんっ‥‥‥こんなんノーカンだろ。先輩のことをまさか罵ってくるとは良い根性しとる。後で覚えてろよ、田中丸」

田中丸刑事はというと、鼻歌まじりにそっぽを向いて上総の批判を受け流している。

「上総さん、ちょっと良いですか?」

「何だい、遠矢くん」

「実はこんなものを拾ったんですけど」

「何だそれ?金属片か」

遠矢が上総の目の前に突き付けたのは拉げた金属の塊だった。塊という表現は正しくないかもしれない。何しろ、円状のやや分厚い部分から花弁のように外側へと向かっているからだ。

そして、かなり薄いものだった。

「アルミニウムかい?そんなものどこから見つけたんだ?」

「車から降りて、ここまで来る途中に捨ててありまして‥‥確認ですが、周辺の防犯カメラに犯人らしき姿は映っていなかったんですよね」

「ああ、全く影すら掴めていない。公安も犯人写真は降ろしてこないしな。恐らくだが、光系統の新人類を使って姿を透明化したと刑事部は考えている。まあ、公安に全部情報も持って行かれそうだから、意味は無いんだが」

「そんなことは無いと思います。無駄な励ましなんかじゃなく、ただ事実として。これを裏返すとですね」

遠矢はそう言って、金属片をひっくり返す。

すると、そこには見覚えのあるイラストがあった。

「それ、全品回収騒ぎになったドラゴンフルーツジュースじゃないか」

「そうです、消費期限の印字が100年後に間違えてあった。たった一日で回収されたやつですよ、今は幻とまで言われ、ネットでは高値で取引されているあれですよ」

「でもこれがどういうことを指してるって言うんや?」

「分かりましたっ!遠矢くん、これが犯人の遺留品だと考えているんですね」

「そうです‥‥‥その通りです。確証は無いですが、調べれば紛れもない証拠になると思います」

遠矢は上着を正しながら、何か確信を得た笑みを浮かべてそう言った。

彼の目にはいよいよ。

ついに。

やっと久しぶりに執念の燈火が宿った。

「このドラコちゃんジュースは、近くの自販機で売られていた物だと思われます。そして、この形状。尋常ではありません。通常でもありません。誰かが意図的にこの形状にしたんです」

「まるで、爆発したようになっていませんか?」

「確かにそうですね‥‥でも悪戯だとは考えられませんか?」

「いいえ、それは無いと思います。このように内側から拉げるのには、火薬が本来必要ですし。火薬の臭いも熱変形もこの缶とは言い難いものからは見受けられませんから」

田中丸刑事の挙げた問題は、とうに遠矢が検証したことであった。

「陽歩さん、魔件において一番先に解明が急がれるものは本来何ですか?」

「それは犯人がどの能力を用いたのか、そのプロセスを把握することです」

「ですが、今回の魔件は全くその方法が掴めなかった。ニルフェイスなんてそんなに名のしれた奴らじゃないし大きな力は持っていないのに、比較的簡単な方法の筈なのに。でもやっと、この空き缶の残骸から解決できそうです。火薬を用いない爆発のさせ方が」

「本当か、遠矢くん!」

「ええ、嘘は吐きません。本当に現場に来て良かったです、真相に一歩近づけそうですから」

「実際、方法は至極簡単です。上総さんか陽歩さん、物理演算ソフトってありますか?」

「ああ、パソコンに入れてあるけど。どの物理現象を扱うつもりなんだ?」

「気圧です、上総さん」

遠矢は揺るがぬ瞳で、余命を宣告する医師のような面持ちで告げた。


「持ってきたけど遠矢くん?気圧やったよな」

「はい、ありがとうございます。自分の能力外のジャンルなので、今回はこのソフトで思考実験をしたいと思います」

薄暗く、微かに死臭の残っているビルの一室で声が反響する。

「プロジェクションであの壁に画面を映してもらえますか?」

「了解、了解。おい、田中丸!何ボサーっとつったんとんねや、こっち来て手伝え」

「はい」

遠矢の謎解きを見るのは、田中丸刑事にとっては初めてのことだ。この少年が本当に自分達が行き詰っていた事件を進展させてくれるのか、未だ信じかねているのだ。

「完了したで、遠矢くん。設定はどうするんや」

「それは俺がやりますから、二人は画面を見ていてください」

「おお、すまんな」

二人は促されたとおりに画面を眺めることにした。

横たわった男性が中央に映っている。

少しすると、このビルの内部まで、そして被害者の姿形まで再現された。

そして、事態は急変する。


パアアアアンっ―――――――――――


突如として起きた爆発。

瞬間、男性の頭部は砕けて、いや、爆発していた。

「一体、何をしたんや?!遠矢くん!何で一人でに爆発したんや?」

昂奮を抑えきれない上総の横で、田中丸刑事は少し顔色を悪くしている。

そういえば彼女は死体が苦手な質だったと遠矢は反省した。

「すいません、陽歩さん、大丈夫ですか?」

「うん、まだ二次元だから、ありがとう。気にしないで説明してくれるかしら?」

「はい」

「先程、気圧と俺は言いましたよね。だから何の変化も見えなかったわけですよ」

「なるほど、プロセスが目で見えない理由は充分理解した。だけど、気圧が爆発とどう関係するんや?」

「宇宙服は分かりますよね?」

「あの宇宙服よね?遠矢くん」

「はい、あのやたらずんぐりとした設計のあれです。宇宙服には強い紫外線から中の人間を守ったりと様々な働きがありますが、その中に気圧調整というものがあります」

二人はなぜ宇宙服の話を持ちだされたのか見当もつかなかった。

「宇宙に空気はありますか?上総さん?」

「無いよな、それはもちろん知っとる」

「空気が無いなら気圧はどうなっていますか、宇宙空間で?」

「そりゃあ無いに決まって‥‥‥‥そういうことか」

「どういうことです?」

「簡単に言えば、もし宇宙服を着ていなかったら、宇宙飛行士は死ぬんですよ。気圧差で爆発して」

「じゃあ、その理論を頭部周辺にだけ応用したって言うのね、遠矢くんは?」

「はい、これが今現在、導き出せる殺害方法の限界です。逆に言えば、これ以外は考え付かない」

遠矢の説明に二人は強い衝撃を受けた。この少年は自分達が悩みに悩んで、結果、思いもしなかった殺害方法をたまたま見つけた空き缶なんかで解明したのだ。

この鈍痛は上総は数年ぶり、田中丸刑事にとっては初めてのショックだった。

「遠矢くん、具体的にはユニークタレントをどのように行使したんや?」

「ええ、頭部周辺の大気全てをニュートリノに置き換えたんです。そして、ニュートリノはそのままでは無という性質を示しますから、一時的に気圧はゼロに」

「それで爆発したんか?」

「はい」

「本当に凄いわね、遠矢くんは。先輩なんて目じゃないわ」

「いえ、運が良かっただけですから」

それから、三人は談笑しながらビルを出て車に乗り込んだ。当然、遠矢を無事に送り届けなければならない。


車の中に三人は行きと同じ配置で座っている。

「あっ、遠矢くん。一つ気になったんだけど良いかしら?」

田中丸刑事が運転しながら遠矢に質問をする。

「ドラコちゃんジュースって、発売って三週間も前だったっけ?」

「何を言うとんのや、二週間前やろ」

「でも、それだとおかしくないですか?死亡推定時期と違っちゃいますよ。そうなると、折角の遠矢くんの推理が無駄になっちゃいます」

「確かにそうやな‥‥」

二人は分かりやすく肩を落としている。

「それは多分、大丈夫ですよ」

「どうして、遠矢くん?このズレってとても大きいわよ」

「そもそもズレなんて無いんです。被害者が殺されたのは二週間前ですから。言っておくのを忘れていました」

「どういうことや、遠矢くん?」

「あの部屋暖かかったですよね?」

「ええ、季節の割には結構」

「それが原因です。温度が高いと腐敗が進むのも高いですから、検死の時にそれを鑑みなかったんでしょう」

二人は分かりやすく、今度はホッと胸を撫で下ろしている。

「ただ一つ気がかりなことが一つありまして」

「なあに、遠矢くん?」

「ニルフェイスは顔無という意味ですが、なぜ首まで爆発させる必要があったんでしょう?何か死体について新しい発見はありませんでしたか?」

「ううんと‥‥‥‥‥そういえば、紐なんかに使われる合成繊維が遺体のスーツの襟元から微量に検出されたわ」

「紐ですか‥‥‥ありがとうございます。参考になりました。上総さん、今度改めて被害者の身辺を洗ってみてもらえますか?この魔件、無差別にターゲットを選んでいる訳ではなさそうなので」

「おお、任せとき」

遠矢は上総の快諾に会釈をした。


「今日はありがとうございました。助かりました」

「いやいや、こちらこそようやく事件に進展があって嬉しいわ」

三人は学園の裏口から少し離れた所で挨拶を交わす。

「このことなんですが、俺のことは他言無用でお願いします。捜査協力も無かったことにしてください、ありがとうございました」

遠矢は深々と頭を下げてから、学園の中へ消えていった。



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