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異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
ブラッディー・マーダー
18/21

特殊技能選択科目

「茜と鈴は特技科目はもう決まってるのか?」

遠矢が放課後、衝撃緩衝構造の施された煉瓦道を歩きながら、話を二人に振る。

「まだ決めてませんけど‥‥これから行きますか?」

「ああ、そうするか」

「覚悟しておいた方がいいと思うよ」

茜がポニーテールを揺らして遠矢とアリスに警告をしてくる。

遠矢は茜のポニテールが始めて会ったときよりも丁寧に結ばれていることに気付いたけれど、敢えて言うことはなかった。

茜としては乙女であるから触れてほしい気もなくはないが、そうならそうで照れてしまうからその方がありがたかった。

さておき、遠矢は茜の意図するところが分からなかった見学程度でいったい何だと言うのだ。

一行は移動手段のハブの役割である水平エレベーターを用いて各科目ごとに割り当てられた場所があるという実技実習棟まで向かう。

とはいえピンポイントにエレベーターが繋がっているわけではないので面する歩道に出るだけなのだが。

ここまで来てやっと遠矢は気付いたのだ、茜の忠告の意図するところを。

鳴り響く雑踏と喧騒、デモ行進さながらの様を呈している。

部活動が認められていないこの学校では、この科目選択制度がその代替物になっているのであった、そう遠矢が納得するのにおびただしい数の人は充分すぎた。

スイッチ一つで空気圧と油圧で形作られる簡易操作テントがガラス張りの棟の下にずらりと並べられている。

このテント一つ分のスペースが割り当てられたものなのだ。テントが黄色をしているものだから目がチカチカとしてくる。

所属人数に応じて予算が決定するために在校生はみな一様に必死である。

「うわぁー、すっごい人だねー」

アリスはこの状況に少なくとも興奮しているようなのだが遠矢はというと

「まさか昨日もこんなんだったのか?」

遠矢は微妙に顔をひきつらせながら尋ねる。遠矢は人混みが苦手な質であった。

「ええ‥‥ひょっとして遠矢さんはこういうの苦手なんですか?」

「へー、私もあんまり好きじゃないんだよね。意外と気が合うところもあるじゃん」

「まあ、好きじゃないな。二酸化炭素が多い気がしてどうも息苦しいんだ」

二人に訊かれたので遠矢は答えないというわけにもいかない。

「じゃあ‥‥私といるのはとーや嫌い?」

アリスが何を気にしたのか遠矢に尋ねてくる。

「いや、お前といるのは結構楽しいと思っているけど」

「ほんとっ!えへへ‥‥嬉しいかも」

遠矢のフォローにアリスは満面の笑みを浮かべる。

横の二人はというと

「「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ」」

舌打ちで音楽を奏でている。

目の前でいちゃついている所を見せ付けられては誰でも苛々とするものだ。それに少なからず二人は遠矢に好意を抱いている。

二人のラブワールドを見たくは更々ない。

「行きますよっ!二人とも」

鈴が遠矢とアリスの手をぐいっと引っ張って人混みの中へと進入していく。

「そこの子達ー総合格闘技なんてどう?」

「柔道はどうだい?漢が鍛えられるってもんよ」

ここで言われている競技はスポーツではなく実践向きに技などを改変されたものである。

そんな勧誘の声が飛び交う中で、科目の種類はかなり多数に存在していて、概ねカテゴライズ出来るらしいことが分かってきた。

近接戦闘、中距離戦闘、そして長距離戦闘。

色が違うものは、情報操作技術と精神・思考操作部門位のものである。

あれやこれやしていると、人混みに流されて百メートル近く進んで、ついには追い出されてしまった。

「想像していたよりも強烈だったな」

「‥‥うん」

遠矢の問いに答える元気もないほどアリスはへとへとである。人混みは得意そうに話していたのに。

「ちょっと私、近接格闘系のとこ気になってたから行ってくるねー。先に帰ってていいから、じゃあねー」

茜はそう言って再び黒い頭が蠢く中へ姿を消した。

「遠矢さんはどうします?私は精神操作スキルを見てみたいんですけど」

「‥‥俺もそこにしようかな。多少、興味があるんだ」

「本当ですかっ!嬉しいですー」

遠矢が鈴とばかり話していると腹部に痛みが走る。

「‥‥むう」

アリスが肘鉄を食らわしてきたのである。その肘鉄には何人の女性と親しくなれば良いのだという怒りが籠っていた。そんな気は遠矢には無いのだが。

すまんと手刀を切ってアリスに謝罪してから、一人パーティーは減ったもののまた人混みに入っていく。


「遠矢さん、あれ見てください!」

鈴が指差す先には、スナイパースキルのテント付近で数人の男が一人の少女を取り囲んでいた。

遠矢はすぐさまこれはいけないと、人混みを掻き分けて向かう。

「返してほしかったら俺らの科目を選択してよ」

赤い髪をした男にしてはわりと長髪の男が嫌な笑みで少女をからかう。

手には黒渕のメガネを持っている。恐らく、少女のものなのだろう。第二東京区の繁華街の客引き並みにしつこく、明らかにルール違反である。

小柄な少女は頑張ってメガネを取り返そうとするも身長がやはり足りない。気付いている生徒もいるようだが見て見ぬふりをしているようだ。

「今すぐその子にメガネを返したらどうですか?」

「あん?てめえ一年だろ、口を出してくんじゃねえよ」

遠矢が注意すると、長髪の男が逆ギレをしてきた。

三編みの例の少女は目をキョロキョロさせて、目の前で起こっていることを掴みかねているようだった。

「おい、こいつ例の一年じゃないか」

「鳴神ってやつか?一回勝ったくらいで調子に乗ってるみてえだな。性根を叩き直してやるよ」

下卑た笑みを浮かべた仲間が遠矢の正体に気付いた。そうすると長髪の男は面白くなかったのだろう。

彼の目には遠矢が邪魔物にしか見えないのだろう。

「ひねくれた性根をしているのはあなたのほうでしょう?」

「そーだ、そーだ」

鈴とアリスが言葉で参加してくる。

「ふん、良いだろう。俺達からこのメガネを取り返したならそのまま返そうじゃねえか」

立場が悪くなったと考えたのか意味のわからない妥協案を提示してきた。

「分かりました」

遠矢がそう言うと、男達は頭上でメガネを投げて不規則な順番で遠矢が取れないようにした。

遠矢は大体こうなるんじゃないかと思っていたので対策案は既に立てていた。

鈴もアリスも目でやっちゃってと訴えて来たので実行に移すことにした。ことを荒立てるようで当人の小柄な少女には悪いが、これも彼女のためなのだ。

「じゃあ、行きます」

遠矢は自分のアンタッチャブルの特性を用いた。そうすると男数人の中の脳からの電気信号が手に取るように感知することができた。

つまり、男達が次に投げる方向が分かるということだ。

遠矢は近付いてから余りにあっさりとメガネを取り返してしまった。

「てっ、てめえ。ふざけんなよ」

逆上した男が遠矢の胸ぐらを掴んで締め上げる。抵抗することは簡単だったが敢えてそうすることはなかった。

「お前らっ、負けたんだからさっさと消えろよ」

「往生際が悪いぞ」

観客の声がヒートアップし始めた。遠矢は観客を味方に付けるために無抵抗を窮めたのである。

ある意味初歩的なパフォーマンスだった。

しかし、その効果は絶大で男達は納得のいかない様子でとぼとぼと帰っていった。


「あのっ、ありがとうございました!このご恩は絶対に忘れません」

三編みメガネの目がくりくりとした少女は深々と頭を下げて去っていった。

「良かったねとーや、それに素直にお礼も言える良い子だったし」

「ああ、多少のドジはありそうだけど気持ちの良い人柄だなあの子は」

一悶着が済んで雑談をしていると例の少女は何故か戻ってきていた。

「あのーご無沙汰してますっ!」

「どーしたの?小柄だから人波に流されてきちゃったの?」

「お恥ずかしいのですけど実はそうなんです」

ここで一つ遠矢に疑問符が浮かぶ。少女とアリスのQ&Aによれば少女はか弱く一人で身動きが取れないらしい。

「ならどうやってここまでは来たんだ?」

そう、遠矢は行きにどうやってここに来れたのか気になっていた。遠矢の予想では誰かの補助によって来たのではないかと踏んでいた。

どうやら予想は当たりらしい。

「途中までは友達と来てたんですけど、はぐれちゃってまして」

語気を落として少女は告白する。

「なら君の名前とその子の名前、それと容貌の特徴があったら教えてくれるかい?」

「あっすみません、これだけお世話になっておいて名前も言わないで。私は鳳知華おおとりちかと申します。あなたは、鳴神さんですよね?」

「ああ、そうだ。別に遠矢でも構わない、あとこの金髪の子は雨宮アリス、そして黒髪の子は鳴宮鈴だ。俺を含めてよろしく頼む」

途中で鳳から話を振られたのでついでに全員の紹介もしておいた。

「よろしくっ!」

「よろしくお願いします」

「はいっ、こちらこそお願いしますっ!」

随分楽しそうな雰囲気だ。

「遠矢さんは最近話題の人ですよね。思ったより優しそうな方で‥‥はっ思ったよりなんて、もちろんそういう意味じゃないですよっ!」

「ははっ、別に良いよ気を遣わなくて。入学当日に青傑戦なんて喧嘩っぱやいと思われても致し方ないからな。それより探している子の名前は何なんだい?」

どうも鳳という少女はへこへこと頭をずっと下げている女の子のようだ。

そこが可愛らしさに拍車を掛けている。

「はいっ、すいません!えっと、名前は御子柴千と言いまして、髪型は巫女のように結んでいます」

「‥‥っ、御子柴さんか。偶然にも知っている」

「知華ちゃんは御子柴さんのお友達だったんだ」

隣で鈴は一人、誰でしょうかと首を傾げている。

「お嬢様をご存知なんですか遠矢さんは?」

「ああ、生徒会でちょっとな」

「なるほどっ、そういうことですか!」

鳳は手をポンと叩く。彼女はアリスと同じくリアクションが大きいタイプらしい。

それにしても『お嬢様』とは、親近感の湧かないワードである。

「あのー、鳳さん?生徒手帳で連絡は取れないんでしょうか?」

「今日は家に忘れてしまいまして、本当に申し訳ないです」

「いや、責めてるわけじゃないのよ」

鳳が再び頭を下げると、アリスは鈴の方をちらりと見てからかった。

「なら、アドレスは覚えていないか?」

「あっ、覚えてます!お嬢様のことならすべて」

やはり『お嬢様』であった。何か特別な事情があると判断したが、第一ファーストforceにも第二セカンドforceにも名前は存在しない。枢軸には位置していない家柄ということだ。

遠矢は脳内の密に収納してある情報に検索を掛けてみると、数年前の記事を発見した。

遠矢には数年前の情報に至るまで鮮明に記憶することが可能であった。これは彼の見聞配置インデックスという独自の記憶術によるものだ。

記事の内容はというと新人類のビッグデータを自動管理するAI、シックスを発明したとのものだ。

開発に当たって新人類の知識が必要になるわけで、大多数のプログラマーは断念したが、数人の新人類を中心にシックス計画は進み遂に完成したのだ。

今までのAIには無い、感情まで付随することが可能だという画期的なものだった。

御子柴の名は先行投資で一番の額を出資した人物の名として挙がっていた。

今では莫大な財産として膨れ上がっていることだろう。

そして、もう一件の情報に新人類界の資金的に優位な家名からリンクをしたことで辿り着いた。

御子柴家は古来から続く伝統的な家系であり、神道という日本の国教に携わってきた。

数ある神社を束ねる役割を担い、独自のネットワークを持っているために賽銭等の寄付のほかにもビジネスを拡げていった複雑な存在である。

例の歴史に深く刻まれた一件以降は、新人類として謂わば目覚める者も多く表れ、経済界に新人類として人員を排出しているらしい。

となると、御子柴千はその後継者で鳳知華はお付きのものということだろうか。

遠矢はそう推測した。

「ええと、お嬢様の番号はですね‥‥」

鳳は精一杯の背伸びをして遠矢に耳打ちをしてくる。

「ありがとう、それじゃあ鈴。御子柴さんにメール送っておいてくれるか?ホログラム会話でも良いんだが」

「良いですけど、何故初対面の私に頼むんですか?面識がある遠矢さんが連絡した方が良いと思うんですが?」

「いや、俺は彼女に嫌われているんだ。特に何をしたというんじゃないが」

遠矢の言葉に鈴はガッツポーズをとる。ライバルではないらしい。

「分かりました~」

「何でちょっと上機嫌なんだ?」

「いえいえそんなことないですよ~」

鈴は滑らかに操作して、簡潔にメールを送信した。


「知華さん、御子柴さんは犯罪心理学のコーナーにいるそうなので早速向かいましょう」

どうやら返信が届いたようで鈴はハキハキと内容を伝える。

「じゃあ鳳さん、早速向かおうか」

「はいっ、わざわざありがとうございます遠矢さん!」

遠矢達は十数メートル離れたテントへと向かった。はぐれないように自分の体をしっかりと掴ませたがために、四人の体は密着していた。アリスと鈴は明らかにわざとらしく胸を腕に押し付けてきていて、遠矢はいたたまれなかった。

突き刺さる視線もかなり痛かった。中には中心の男が鳴神遠矢であることに気付いている者もいるのだから。

「‥‥くっふんっ‥‥」

「‥‥はあっ‥‥」

「変な声を出すなよ、二人とも」

遠矢は顔が赤くなるのを必死に堪えた。

「‥‥ふふ‥‥」

鳳までが口を押さえて笑っているではないか。

遠矢は羞恥心に閉じ込められて、移動時間が3倍程度に感じられた。

「あれだろう、犯罪心理学のコーナーは。見覚えのある顔もいるしな」

遠矢の視界に『犯罪心理学』というボードのつけられたテントが見えた。そして同時に不安そうにしている御子柴の様子も捉えることができた。

「ありがとうございます!知華を連れてきてくれて」

知華を見つけたのか颯爽と御子柴は現れる。

「あのお礼がしたいのでお名前を‥‥‥‥って、あなたじゃない!」

「そうだが」

「お嬢様っ!遠矢さんは親切心で私をわざわざ連れてきてくれたんですよっ!そんな言い方は無いと思います」

血相を変えた御子柴を同じく血相を変えて鳳が嗜める。

「‥‥悪かったわ。それより知華っ、私から離れないでっていつも言っているでしょう?!」

「はいー、すいません」

メイドの方からはぐれてしまうとは何事かということらしいが、『いつも』とは鳳は常習犯なのだろう。鳳は挙動不審である。

「まああなたに借りを作ってしまったのは癪だけど、助かりました。改めて感謝するわ、あなた達には」

襟を正して再び謝辞をする。

「御子柴さん、あなたって呼ばれると俺のことなのか図りかねるからせめて名前で読んでくれないか」

遠矢なりに歩み寄ろうとしてみた。

「‥‥そうね。認めていないけど生徒会の仕事も一緒にしなきゃいけないわけだし‥‥いいわ、あなたのことはこれからナルシーと呼ぶわ」

「まさかとは思うが‥‥」

「鳴神とナルシストを掛けたの。案外可愛いじゃない、ありがたく思いなさい」

「思えねえよ、こんな渾名」

「あんたっ、とーやになんてものつけるのよ!」

御子柴に友好関係を築くつもりはないらしい。アリスが横で完全に威嚇態勢になる。

「はあぁぁぁ‥‥まあ良い。それより鈴のことを紹介するわ」

遠矢は手短に鈴の紹介を済ませ、鈴と御子柴は何回か話しただけで友好関係を持った。遠矢とはえらい差異である。

アリスはというと餓えた獣のようにグルルと唸りそうなほど御子柴を睨み付けている。

遠矢は人間関係は面倒なものなのだと改めて感じ、青空に一つ溜め息をかけるのだった。


遠矢達は一つのテントの前で長居をしてしまったお詫びとして犯罪心理学の説明会に出席することにした。

御子柴はどうやら最初から犯罪心理学を専攻しようとしていたようで好都合だったらしい。そしてそのお付きである鳳もそうなのだろう。

後で確認したのだが御子柴と鳳は同じクラスということで常に行動を共にしていることになる。

説明会は専門履修棟という実技実習棟から徒歩で移動できる距離に位置している場所で行われているので、今までのようにエスカレーターで移動する必要はなかった。

入口の前で設置されている機械に関連項目をタップすると教室番号が提示された。

それに従って、教室に入ると広さは普段のクラスルームの倍程度あるが机や椅子、また机に設置されたディスプレイの型などは全く変わらないものだった。

既知のものを引き伸ばされた感覚を覚える。

遠矢達以外にも数人の生徒が椅子に腰を降ろしていて、人気は高いということではないのだと考えた。

生徒手帳でコードを打って入手したデジタルパンフレットをディスプレイに転送して暇を潰していると、宇都宮という学者気質な老いた教師が出てきた。話を聞けば、学校最年長で科目の中で割と人数が少ないというのにこの大部屋を獲得しているのは彼のコネクションからなのだろう。

説明の途中でアリスはうつらうつらしていたが他のメンバーは真面目に聴いていた。犯罪心理学の臨床的な場所で活動していたことのある遠矢にとっては、彼の話がいかに高度なことなのかは一聴して分かった。

話が終わり既に遠矢は仮ではあるが受講を決めていた。遠矢がそうであれば鈴やアリスが続くのは極々自然なことであるし、少し犯罪心理学に見識のある御子柴も有益だと考えて受講を決定した。

老人の顔は綻んでいたが、目には鋭いものを感じた。

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