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異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
ブラッディー・マーダー
17/21

決別と談義

「「おはようございます」」

遠矢とアリスの二人は声を揃えて挨拶をして、生徒会室の中に入る。部屋のキーは既に解除されて、扉は解放されていた。

「あら、おはよう」

会長を合わせて既に三人ほどの生徒が会議机に落ち着いていたが、挨拶を返してきたのは凛のみだった。

一人は赤髪のベリーショートで氷のようなオーラを纏っている。そしてもう一人は黒というよりは紺に近い髪色でデフォルト化された巫女のような髪型をしていた。

挨拶を返さないのはマナー違反だという人も少なくはないが、良く見知らぬ人間に話し掛けられたら無視をしろという矛盾にも近い教訓も存在する。

遠矢達はどんな色眼鏡を掛けたとしても不審者のそれにはあたらないが、初対面の相手に挨拶を返すのはなかなか酷というものだろう。

遠矢の顔と名前は既に生徒会のミーティングや校内のサーバーの校内新聞でも取り上げられているから、既知のことだろうが。

そんなことは二人にも容易に察することのできることであるから特に不快感も抱かず、横の少女に軽く会釈して二人もまた腰をおろす。

沈黙の中で二人だけが喋るというのは、映画館で通信機器の着信音が鳴ってしまったときのように気まずいので二人もその沈黙に同調した。

遠矢の右隣に座る少女は巫女のような方であり、横目で確認してみたら一年生であった。青色のラインが制服の上で目立っている。

遠矢は昨日、凛に遠矢の他にも新しく生徒会に入った生徒がいることを予告されたのを思い出した。

今回のミーティングが初の今年度生徒会の顔合わせらしいから、隣のこの少女は初々しい心持ちでいることだろう。

遠矢は何とか同学年の相手くらいは仲良く過ごしたいものだと考えた。今の会長が退任したら、遠矢とアリスは御払い箱だろうから、とにかく一年間それとなく堪えきれば良いのだ。

入り口に人影が複数見える。

「ざーす」

「グッドモーニングですー」

「おはようなのじゃ」

ぶっきらぼうに挨拶をしてきたのは、目付きが少し鋭いマッシュで明るい茶髪の女子生徒。

お次は、色素の抜けた茶髪のロングで右側頭部に桜の髪飾りを付けた不思議ちゃんの雰囲気が漂う少女。

ほぼ同時であるが一番最後にやって来たのは春風先輩だった。

おそらくこの三人は二年生なのだろう。同じく制服のラインの色から遠矢は判別した。

凛が『おはよう』と返すのに釣られて、遠矢とアリスも挨拶を返した。

遠矢には一つの疑問が浮上した。アリスを除いたとしてもこの部屋にいるのは七人。学年数である三で割ったら余りが出ることは確実である。

二年生に一人余りが出てしまっている。しかし、遠矢は見かけた学校案内を思い出して、ある仮説を立てた。

学年において二学年の生徒数だけ四十人ほど多いのである。つまりは、二年生の生徒数の割合が一番高いために公的利益を図るために人数を一人追加したのではないだろうか。

これが遠矢の仮説だった。強ち間違いではないらしく、これから少したったときに凛に尋ねると、去年は校内投票で一人増員することに決定されたそうである。


「さあ、みなさん。今日は本題に入る前に、全員が集結したのが初めてだということもあるので自己紹介をしていきましょう!」

全員が落ち着いたタイミングで、凛は明るく進行を始めた。

「じゃあ‥‥まずは私からね。万城目凛です、謂わずもがなだけれど生徒会長をしています。これから短い間だけどよろしくね」

お決まりの拍手をした後、赤髪のベリーショートの女子生徒が今度は立ち上がる。

「三学年の千音綾華ちねりょうかだ。副会長を務めている。凛と同じく夏までには任期が完了してしまうので一年の君達とは余り触れ合えないが、何か質問などあればいつでも来てもらって構わない」

女性だというのにこの人ならば頼れるという安心感を醸し出している。流石に会長の補佐であるということか。

そして、明るい茶髪の生徒。

「おっすー、初めまして一年生。うちは猪戸未華子ししどみかこって言います。まあ名ばかりの書記なんだけど、その分暇してるからなんかあったら声かけて」

「お前が暇なのは、お前が仕事を放棄しているだけだ。暇なのはお前くらいしかいない」

猪戸の何とも適当な自己紹介に千音の手厳しい突っ込みが入れられて苦笑いが起こる。

綾華が苦労させられているところが目に浮かんだ。

「わしは、日狩春風。会計を担当しておる、まあ基本的に自分のことしか興味はないから無理に馴れ合おうとしなくて良いからな」

「もう、春風ちゃんったらー」

春風は日頃から我が道を進むタイプらしい。凛が溜め息を一つ溢す。

「はいっ、初めまして一年諸君!鬼頭玲奈おにがしられなでーす♪おにちゃんとか、れなぴょんって呼んでください!因みに彼氏はいません、そこの君も募集中でーす。あああと会計しています」

「はあ」

話の途中で遠矢は鬼頭に人差し指をビシッと立てられて思わずたじろいだ。というか、会計の方が後付けみたいな扱いをされている。

遠矢はこれがこの学校の成績上位者達なのかと目を疑った。しかし、天才と云々は紙一重とも言うのだからその慣用句に照らし合わせるとそう思えなくもない。

どちらにしろぶっ飛んでいるが。

二年生の自己紹介が終わりちらりと凛の方を見ると頭を抱えていた。気苦労は絶えなそうだ。

「えっと、あの‥‥雨宮アリスです。生徒会に入るわけではないですが捜査の時に同伴させてもらえることになりました。こっ、これからよろしくお願いしまひゅ!」

やれやれと遠矢は思ったが、最後のアクシデントで先輩達の好感度も上がったようだから良かった。

自称れなぴょんの鬼頭も既にアリスに落とされている。心なしかよだれまで垂らして。

アリスの受け入れを拒否されると考えていたが思ったより寛容らしい。

「えー、鳴神遠矢です。先輩方は既にご存知かと思われますが俺はDランクです。本来ならば成績上位者が選出されるべきところを会長の計らいで、この度は生徒会の一員となることになりました。俺が生徒会に入るのを良く思っていない方もいると心得ておりますが、どうかよろしくお願いします」

遠矢はなるべく全体に向かうようにして頭を垂れた。

「‥‥いや」

隣の巫女少女から声が微かに洩れる。

「私はあなたを絶対に認めないわ。第一、Dランクが捜査に加わることで何の利益が産み出されるとでも言うんですか?足手まといになることが自分でも分かっているなら、すぐに辞退すれば良かったのではないですか?」

突然の罵詈雑言。遠矢には名前も名乗らず、散々に悪口を言う非常識な女という認識とは違った印象を受けた。

『あなたを絶対に認めない』とは、深い信念の元に成り立つ言葉なのではないだろうか、遠矢はそう思った。

御子柴みこしばさん、礼儀を弁えてください。あなたを生徒会に招いたのはあなたの才能を買ってのことですが、筋違いのことをするならあなたに出ていってもらいますよ!」

凛が激する。遠矢にも失礼なことであるが進行を安易に乱したことは先輩達にも失礼に当たる。

御子柴という生徒は冷静さを欠いているとしか思えなかった。

「失礼しました」

御子柴は正気を取り戻したようで顔色が途端に悪くなった。

凛も見かねて自己紹介に移るよう促した。

御子柴千みこしばせんです。先程は本当に失礼しました。これからよろしくお願いします」

それから彼女は当分に口を閉ざした。

仲良くやれればと思っていた相手に一番毛嫌いされているという事実が遠矢の頭を挟み込んだ。


「そうしたら捜査会議に移りたいのだけれど良いかしら?」

凛の問い掛けに異議なしだとか、どうぞだとか上級生から声が上がる。

「それじゃあ始めます」

凛がそう言うと、通じ合っているかのように千音は大型のディスプレイに被害者の顔写真とプロフィールを写し出した。

「みんなが未だに事件内容を認知していないのは当然で外部に事件の内容は公表されていません」

「何故でしょうか?」

凛の前置きに遠矢が食い付く。

「ええ、被害者が全員、新人類だからです」

凛がそう答えると、生徒会の中がざわめいた。

「じゃあここからは綾華、よろしくね」

「はい」

千音は凛の要請で画面操作をしながら、事件概要を始めた。手慣れているからいつものことなのかもしれない。

第一被害者は駿河数紀。新人類界ではそこそこ名の通る家柄で、当人は警察庁に勤務しているキャリアらしい。

中年の男性だ。

発見日時は4月3日19:20、入学式の前日のことである。若いグループが胆試しの途中たまたま空きビルの中で死体を発見したというわけだ。

死亡推定時間は三週間前後が経過しているとのことだった。

第二被害者は須寿尚三すずしょうぞう。第一被害者とは何ら関係のない自営業の男性。年齢は既に60を回っている。ランクが低い新人類の中には社会に出た後、能力とは無関係の職に就くものもいるから職種については何の疑問もない。

発見日時は4月4日7:30。朝のウォーキング中に近所の住民が河川敷で発見した。

死亡推定時間は九、十時間だという。つまり、日が射す前に犯行に及んだということだ。

現場に争った形跡がないことから被害者は殺害後にここまで運ばれてきたものと考えられる。

そして、この死体に共通する特徴は首から上が完全に無くなってしまっていることである。

明らかに異常な殺害方法であり、魔件であることは猿でも分かった。何せ、切断したのではなく爆発させられているのだから。

そして、報道規制を敷いているにも関わらず殺害方法を模倣する輩はいるはずがないから連続殺人事件であることは明らかである。

コードはベッド・マーダー。


「私から良いかしら?私は怨恨の線ではなく、猟奇的事件のターゲットにされたと考えるべきだと思っているのだけど」

凛の見立ては、警察の怨恨を動機とした事件であるという見解に異を唱えるものだった。

「どうかしら、一年生?」

凛は遠矢とアリス、そして御子柴の方をちらりと窺う。

「何故、私達に尋ねるのでしょうか?捜査経験から言えば先輩達の初見を尋ねるのが良いと思うのですが?」

御子柴が先程のハプニングからようやく口を開く。

「言わなかったかしら。卒業生が在学していた頃は、その人たちが推理は担当していてくれたの。だからね、私達は推理力が聊か欠けているのよ」

「まあ、そういうことじゃな。ここらにいるものはお主らを除いて推理に関しては凡人ばかりじゃ」

凛、春風と自分達を自虐し始めた。だけれど、発言者は勿論、千音や鬼頭、猪戸に至るまでプライドの炎が目には宿っていた。

自分達には別の武器があることを自負しているとばかりに。

とはいえ、始めの捜査方針が決まらなければどう足掻いても犯人の検挙には繋がらない。

それが年々、検挙率が目減りしている原因なのだから。

「分かりました。では私から良いですか?」

御子柴が物怖じすることなく進み出る。何か気付いたことがあるらしい。

遠矢も凛の見立ては筋違いだと考えていたので、御子柴がどの程度の推理力があるのか気になった。

文脈を見る限り凛は頭の切れる人物を選出したのだろうから。遠矢と違って優等生であるが。

「私の見解は、申し訳ありませんが会長のものとは違います」

「どういうことかしら?」

御子柴はきっぱりと凛の説を否定する。

「はい、私はただの猟奇的犯罪だとは考えていません。怨恨の線は私もないだろうと思いますが、もしかすると同一人物が犯行を行ったのではないかもしれません」

「詳しく述べてくれ」

御子柴の意外な論証の展開に千音も興味を持つ。

「ええ、頭部を爆破したのを深い怨恨からと考えるのは私も不自然な気がするんです。かといって、このような常軌を逸する犯罪形態は劇場型に多いのですが、頭部を爆発させたこと以外は杜撰すぎると思うんです。これは殺害現場を劇場と捉えて自らを俳優のように考えているにしてはおかしいと思いませんか。適切ではない表現ですが、演出が下手なんです」

「へー、すごいじゃん御子柴ちゃん」

御子柴の合理的な推理に猪戸以外からも感嘆の声が洩れる。

「ありがとうございました、以上です」

御子柴はちらりと遠矢に睨み付けるような視線をよこしてから、再び腰を降ろした。

宣戦布告か?遠矢はその視線の意味をそう読み取った。

だけれど戦う意味が見当たらない。それに、遠矢の考えと御子柴の考えは一致していた。

遠矢は今の発言で既に御子柴の実力を認めていた。それくらいの大人らしさは弁えている。

それに比べて挑発的な御子柴は幼稚にも思えた。

「遠矢くんは何かありますか?」

「では、御子柴さんの見解の補足を」

凛が遠矢に尋ねると、御子柴の考えは否定しないと意思表示をした。

御子柴にとってはそれが意外だったのだろう、キョトンとして目を丸くしている。

「生活反応です」

「「生活反応?」」

御子柴以外の全員が声を揃える。

「生活反応が何かはお分かりかと思いますが、俺はそれ自体に言及してるのではありません」

遠矢はそう言って、ディスプレイを捜査して死体の解剖結果のウィンドウを開いた。

技術が発達して死体を切り刻まなくとも、死体の状況を電磁波を用いて把握できるようになってからは死体の解剖は迅速化されたといえる。解剖とは言わないかも知れないが。

そしてその結果を元に、コンピュータが自動的に死因を計算し医療免許を持ったものが真偽を判断する。

しかし、人間の手が掛かる部分もあるわけで、その点に関しては死体発見時の検死官や科学捜査研究所などが地道な捜査を続けている。

「見てください。一件目は爆破された部分に生活反応が出ていませんが二件目は生活反応が出ていることが後に分かりました。これがどういうことか分かりますか?」

「ええっと、一件目は死後に頭部を爆破されて二件目は爆破されたことが死因になったということよね」

遠矢は皆を試すような口調で言う。

「その通りです、会長」

「でもそれが何だと言うの?報道されていない殺害方法で殺されたことに変わりはないじゃない」

凛は若干苛ついてきているようだ。物事を遠回しに言いたがるのは探偵の悪い癖とも言えよう。

「そうですね。しかしみなさん、犯人の目線を持ってみてください。体から薬物反応は出ていませんから、殺害されるまで被害者には意識はありました。そんな相手を殺すんですよ。精神的に負荷の大きい行動です。はっきりとは言えませんが犯人は複数いるのかもしれません。一件目では犯人Aが躊躇った」

遠矢の考えに御子柴までもが息を呑む。

何しろ警察の捜査方針は動機の線からも犯罪者のプロファイリングからも誤っているだけでなく、もしも本当だとしたらとんでもない闇を抱えた事件と言えるからだ。

この場にいる誰もが悟った。

『この魔件、普通じゃない』

「会長、今すぐ警察に連絡します。学校の規模ではコントロールできないレベルです」

「れなもそう思うよ」

千音、鬼頭と会長に催促する。

ナプス制度は捜査に参加するだけで、単独で行動することは認められていないのだ。

手に負えないならば迅速に報告することが義務付けられている。

「残念だけど、そうするしかないわね。まあ今は白峰高校のことは考えていられないわ。分かりました、連絡は私から済ませておきます。本当なら現場検証に向かう予定だったのだけれど、警視庁の判断を仰ぐことにします。一旦解散よ」

凛の呼び掛けにメンバーは散り散りになっていく。

緊張感に張りつめた者もいれば、猪戸などはやってやるぞと意気込んでいる。

事態を読みかねているアリスはというと、遠矢の後にテトテトとついて歩くだけだった。


「アリス、途中からだが授業に参加するか?最初から進度に付いていけないのは明らかに不利だろう」

「そうだね、そうしよっか」

そんなことを話しながら、遠矢とアリスは生徒会室から

教室へ戻るためにエレベーターに向かっている。

「ちょっと待ちなさい!鳴神遠矢」

遠矢達の後ろから呼び止める声が聞こえる。

遠矢が振り返ると、そこには御子柴千が仁王立ちしていた。

「何だ?さっきからやけに当たりが強いじゃないか」

「そうだよ、あなたさっきから何なの」

遠矢だけでなくアリスも御子柴を非難する。

「私はあなたを絶対に認めないから。本来、私と生徒会に入るのはあなたなんかじゃないの」

「‥‥むぅ、どういうこと!?」

『あなたなんか』とは随分刺々しい言い回しだ。アリスも真っ向から向かい打つ。

「だって、おかしいじゃない!?今までなら順当に成績上位者が選ばれていたのに、何でDランクが急にしゃしゃり出てくるのよ。本当はあの子と一緒に生徒会に入れるはずだったの!」

「君にどういう事情があるのかは分かりかねるが、いきなりフルネームで名前を呼び捨てにするなんてはたからみたら好意を持っていると捉えられるかもな」

遠矢は逆上した相手を手玉に取るのは得意分野だった。

「‥‥くっ、覚えてなさいよ!」

テンプレートじみた捨て台詞を遠矢達に吐き捨てて、御子柴は進行方向とは逆に歩いていった。

遠矢達は、到着したエレベーターに乗り込んで二階のボタンをそっと押す。

扉が動き始めた瞬間、御子柴が急いで入ってきた。

「また会ったわね、『覚えてなさい』だっけ?」

「‥‥うぅ、屈辱だわ‥‥」

あからさまなアリスの挑発に御子柴は顔を真っ赤にして羞恥心を掻き乱された。

遠矢は遠巻きに見て、やはりこの子の本質は別のものだと確信するのだった。







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