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異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
ブラッディー・マーダー
14/21

青傑高校生徒会

「鳴神遠矢君よね?万城目凛です、初めまして」

そう軽く自己紹介を済ませながら、遠矢達の目の前に現れたのは、青傑高校生徒会長・万城目凛だった。

彼女は学校の形式上も実質的にも現在の高校のトップに君臨している。

そんな彼女が直々に遠矢に、一年の新入生に挨拶をしに来るとは余りにも特殊で、違和感が凄まじい。

遠矢は自分に何の用件があるのか図りかねたが、自分の青傑戦を見物していたのを思い出した。

「どのような用件ですか?青傑戦をご覧になっているのは気付いておりましたが」

「いいわよ、そんなに固くならないで。私があなたの予定を配慮せずに会いに来てるんだから、ね?それにしてもね、ふーん‥‥」

遠矢は畏まって凛に挨拶を省略しながらすぐに本題に入る。

凛は遠矢に社交辞令を言いながら、あの常人であれば緊張で回りが見えなくなる時間に闘技場の隅にいた自分の存在に気付くほどの冷静さまで持っていたとはと心中で拍手をする。

やはり、この男子生徒は生徒会に必要だ。

凛は強い使命感すら感じた。

「あなた、生徒会に入る気はないかしら?悪い待遇はしないと約束するわよ」

凛は直球で、遠矢に交渉する。

生徒会がランクDを入れるなど過去に一例も無かったことなので、回りの野次馬どもがより五月蝿く、増加した。

「いいえ、お断りします。俺は警察組織に入るつもりはありませんから」

完全な拒絶。遠矢は、凛が全てを言い終わるのを待ってから即答した。

自分の追い出された組織に、自ら戻ることにメリットが見いだせなかったのだ。

「そう、知ってるんだ。でも生徒会室に入るくらいなら良いでしょう、明日の放課後、私達待っているから」

凛は遠矢が反論してくることが分かっていたので、強引に、約束ともいえないやり方でこぎつける。

「ちょっ‥‥」

遠矢が言い切る前に凛は足早にカフェテリアを抜けていった。

アリス達は『何なのあの人?私達に挨拶も無しよ』『そうですね、私もあの人好きじゃありません』などなど気が済むまで愚痴を溢した後、当初自分達は寮に戻ろうとしていたのだと思い出して、座席に再びタッチして予約を解除した。


「何なのあの人は!?会長なのに礼儀も弁えていないのかしら」

アリスは、鬱憤を髄まで吐き出すように鈴の部屋に戻ってからも愚痴を言っている。

「アリス、お茶が不味くなるからそれくらいにしておかないか」

遠矢はそう言って、鈴の用意してくれた紅茶を啜る。茶葉の香りが鼻まで通り抜けてとても美味だ。

「だって‥‥」

「アリス、言葉だって人を傷付けることは知っているだろう?悪口を言う度に人間性まで悪くなるとは言わないが、俺は悪口を言いふらす奴にろくなやつを知らない」

納得のいかない様子のアリスを遠矢は嗜める。

「私、そんなつもりじゃ‥‥」

「なら、やめにしよう。笑顔は福を呼び込むとも言うじゃないか」

しょんぼりとしたアリスを励ましながら、柄でもないなと遠矢は自嘲する。

「遠矢さん、会長に『警察組織に入るつもりはない』っていってましたけど、どういうことですか?考えてみたんですが、学校の生徒会の仕事に警察に関係することが思い付かなかったんですが」

鈴はアリスの愚痴も途切れたので、流れが転換と見込んで気になっていた質問を投げる。

「生徒会が、成績上位者で固められているのは知っているよな」

「はい、ですから万丈目会長は三学年で一番の実力者だと」

鈴は遠矢が何を意図して問うているのか分かりかねた。

「この学校が警察官という職業を、就職先として大いに薦めていることも」

「はい、知っています」

それがどうしたのだと鈴は思う。

「ならば、警察官に最も向いているであろう人材を捜査に加えることは訓練制度として優れたものじゃあないか?」

「もしかして‥‥」

遠矢はついに核心に迫るヒントというかほぼ真実を述べた。すると、鈴も流石に勘づく。

生徒会の役員は学校の治安維持向上という大題目以外に警察の捜査に加わることも業務の一つに割り当てられている。

この制度を警察予備捜査官制度(PSAS)と言い、プサスと呼称される。このプサスは子供を捜査に参加させる危険性から批難されることを避けるために警察関係者しかほぼ知ることはなく、鈴が知らなかったことは非常識というには値しない。

因みに、生徒会に入会する際の契約書に記述されているのでその時点でようやく知らされることになる。

「へぇー、私も知らなかったわ。そんな制度が有ったなんて」

鈴と同部屋である茜もこの空間にいるわけで、なるほどと間の手を打つ。

三人全員が知らなかったのは遠矢にとって好都合だった。もし、一人でも知っている者がいたならば何で遠矢が逆にそんな事を知っているのかと追求されてしまう。

無知も時には役に立つものだ。

「まあ、話が広がる話題でもないから、明日の午後に割り当てられている授業のことでも話さないか?」

遠矢の提案に三人は乗って、日が暮れるまで他愛もない会話を展開し続けた。


その日の夜、汗ばんだ体を遠矢は自室のシャワールームで綺麗にしていた。

一通り体をボディーソープで洗い、その泡をシャワーの水圧で注ぎ落としていく。泡の一つ一つが皮脂などを取り込んで排水口へ流れていく。

予め溜めてあった浴槽の乳白色のお湯に左足を突っ込み、そのまま肩まで浸かる。

血管が拡張して血流が早くなって、血管の汚れすら流れていくようだった。

昨日、遠矢は実はきちんと風呂には浸かっていない。本当に色々あり、シャワーだけ済ますほか無かったのだ。

その分、今日のこの入浴時間は遠矢が密かに心待ちにしていたものであり、実際に今この時を至福の時のように感じている。

湯気が天井に水滴として張り付いて、徐々に水滴が大きくなって落ちてくる。

ぽつり、ぽつり。

そんなどうでもよいことを考えながら、遠矢はリラックスしていた。今は何も考えなくて良い、そう思うと気が楽だった。

しかし、この部屋にはもう一人の住人がいるわけで。

シャワールームの曇りガラスの扉に人影が映る。

小柄で、長髪。引き締まった体躯、出るところは出て、無駄な部分はない。

遠矢は息を呑む。おい、まさかこの人影は。

疑う余地はないだろう、この人影は遠矢の同居人であり、主でもある‥‥


カラカラカラカラカラ‥‥


扉が開く音がして、同時に遠矢は手で顔を覆う。勿論、アリスの裸体を見ないためだ。

「何してるのとーや?‥‥‥‥ああっ!大丈夫だよ、手を外して」

遠矢は何が大丈夫なのかと疑問に思いながら、恐る恐る自分の手を外す。

アリスは水着を着ていた。だがそれでも、肌色の面積が大半を占めていることに変わりはない。

「いや、水着だって駄目だろう」

第一、未婚の女性が交際していない男性に肌を見せることすらアウトなのではと遠矢は時代錯誤のように思った。

「そんなことないでしょ、とーやだって実際、喜んでいるわけだし」

アリスは反論する。

「喜んでない、喜んでない」

「ちょっとだけ、にやけてるよ」

「にやけてない」

水掛け論が一分ほど続いた後‥‥

「とーやの馬鹿‥‥、私がせっかく勇気を出したのに」

アリスはついに涙ぐんでしまった。アリスは、自分の体を遠矢が嫌っているのではないかと思っているのだ。

遠矢はアリスを泣かせてしまったことに罪悪感を感じる。そもそも、親しい人間に今まで姉以外の女性がいなかったのだ。女性にどう接すれば良いのかなんて遠矢にわかるはずもなかった。

人間をどう扱うか、それだけが遠矢が磨いてきたスキルだったのだ。

「すまないアリス、お前がどういうつもりか知らずに傷付けてしまったようだ。許してほしい」

遠矢は局部を隠しながら頭を下げる。しかし、この光景普通ならかなり滑稽だ。

「う、うん‥‥でも条件がある」

「な、何だ?」

アリスの提示しようとしている和解条件がどのようなものか、遠矢は身構えて尋ねる。

「一緒にお風呂入って」

「駄目だろう」

アリスはハアハアしながら、条件を提示したが遠矢に即、拒絶された。

「それなら私達絶交だからねっ!」

「くっ‥‥」

アリスは遠矢の拒絶に引かずに、遠矢に不利益を被るように仕向ける。アリスは、遠矢と違って男子を上手く遇うのに長けていた。

この美貌に惹かれる者が少ないわけがない、雨宮家の人口はかなり大規模なので、同世代の少年に所謂モテていたのだ。

それを上手くかわすスキルをアリスは磨いたのだ。それは、このように応用も出来る。

「分かった、少しだけだぞ」

遠矢は仕方なくそれに応じる。

その反応にご機嫌になったアリスは、早速遠矢が入っている湯船に浸かる。

一人用として設計された浴槽に二人が入ることは窮屈であること以上に密着度が高いことが問題だった。

アリスも恥ずかしさはあるわけで、沈黙が続き、時間が二人には長く感じられた。

互いの肌と肌が微妙に触れ合って、遠矢は昼前の一件よりも更に気まずさが募る。

「とーや、あのさあ」

「どうした」

「とーやは家に居づらかったの?」

「ああ」

「そうなんだ‥‥私と同じか」

アリスはこの短い会話の後、途端に喋るのをプツリと止めた。

二つの理由から来る熱さに堪えられなくなった遠矢は急いで立ち上がる。その瞬間

「ああっ‥‥‥‥」

アリスの足にかかって、遠矢はアリスの方へ転ける。

遠矢は浴槽の縁に咄嗟に手を伸ばしても、入浴剤の滑りに滑ってしまった。

バシャ、バシャッ

二人は狭い浴槽の中に、毛糸のような状態で絡まる。

遠矢の左手に感じる柔らかい感触。頭の位置は二人とも揃っているからきっとこれは‥‥

胸か?アリスの

蒸気がだんだんと失せて、はっきりとまたアリスが遠矢の目に映る。顔を真っ赤にするアリス、熟れた林檎のようだ。

次の瞬間

「ひっ‥‥ひっく、ひっく‥‥」

無理もないだろう、アリスは溜めていた涙を落とし始めた。アリスは遠矢に水着姿を見せて興味を引き付けたかった。

遠矢は知らないうちにアリスにとっての恋のライバルを増やしすぎている。それは、アリスの心をチクリと刺した。そして今日、鈴の部屋でお茶をしている最中にアリスは遠矢に叱られた。嫌われたのではないかと今のアリスを不安にさせるには十分過ぎた。

だから、遠矢の入浴中に乱入をしたのは精一杯のアプローチだった。

だからといって、故意ではないとはいえ胸に触れられるなんて思っていなかったのだ。気を許している相手でもいきなりはショックが大きすぎる。

我慢しようとしても涙が勝手に流れた。一人の女の子だから。

「ごめん、本当にすまないアリス」

遠矢はそう言って、一旦風呂から飛び出した。着替えを全て持って。

着替えながら、遠矢は心に生じた興奮を落ち着かせた。興奮?遠矢は自問自答する。

今まで女性に興奮することなんて無かっただろう、性的な興奮と限定するが。自分ながらに愚問だ、好きでもない異性に何を興奮しろというのだ。

ちょっと待て、自分がアリスを好きだということにならないか?それこそ愚問だ。

出会って二日近く、何度も自分はアリスに好意を寄せていると暈して来た。

少し進もう、俺はアリスが好きかもしれない。

遠矢は自分なりに自分に対しての答えを出した。

取り敢えず、まだシャワールームで泣いているアリスを包み込むためのタオルを取りに行こう。

好きかもしれない相手を放置するなんて、時代錯誤は関係なく酷いじゃないか。


「おはよう!とーや」

昨日、遠矢がアリスに謝り続けた甲斐あってかアリスは気持ちを入れ換えることが出来ているようだ。

「おはよう、アリス。今日は一人で起きられたんだな」

「もー、なんでそういうこと言うかな」

遠矢の皮肉を交えた挨拶にアリスは少し怒る。

「とーや、今日は話があるの」

「何だ?」

切り替えて真剣な顔付きになるアリスに遠矢も神妙になる。

「私、一晩考えたんだけどね。とーやは生徒会に入った方が良いと思うの」

「どうしたんだ、ずいぶん急じゃないか。昨日は散々生徒会長のことを言っていただろう?」

アリスが考えを変えた理由が遠矢には分からなかった。

「とーや、あなたの成績じゃあこれからやっていくのは大変でしょう?家の中での居心地も悪いみたいだし」

「まあ、否定はしないが」

アリスは手を軽く握って、気合いを入れる。これは遠矢のためなのだ。

「なら、生徒会の制度を利用して警察に貢献して手柄を立てれば良いと思うの。そうすれば家の人達も見返せるでしょう」

アリスが一晩考えて出したアイデアはこれだった。確かに、上手くいけば遠矢の名前を警察関係者に知らしめられる。一家は遠矢の名前と顔を伏せて利用していたのだから警察は彼があの少年だと気付くことはまずないだろう。アリスがそこまで考えていたのではないが。

「それは命令か?」

「え?違うけど」

遠矢の思いがけない返答にアリスは表情を固くする。

アリスは一つの誤算をしていた。遠矢は自分の家の人間を見返したいわけではない。

それに、警察に手を貸すことは間接的に警察内での新人類の地位を安定させることになる。遠矢にとって気持ちの良いことではなかった。

「俺は別に家の人間を見返したいわけじゃあない。だから、生徒会にも興味がない」

「じゃあ‥‥とーやは悔しくないの?!ランクの差を馬鹿にされて、本当の実力を見てももらえなくて!!悔しくないの!?」

消極的な遠矢にアリスは憤る。憤って、遠矢の発言の含みを窺い知るほどの余裕はなかった。

「私は悔しいの!正当に評価されないこの世界の風潮全てが気に入らないの!なんで、なんでってずっと考えてた、なんで私を見てくれないんだろうって。でもとーやは、今チャンスが回ってきたんだよ。それなのになんで?‥‥」

アリスは言葉を捲し立てた後、肩を上下させながら息をゆっくりと吸って、吐いている。

「アリス、落ち着いたか?」

「うん‥‥ごめんね。取り乱しちゃった、結局自分が悔しいだけなのかな?これじゃ偽善者だ私」

遠矢がアリスの呼吸が安定するのを待って声を掛けると、返ってきたのは悲しい笑顔だった。

「とーや、ごめんね。でも私、とーやに命令する。今日の放課後私と一緒に生徒会室に来て、それからのことは強制なんてしないから。自分の意思で動いてもらって構わないから」

アリスは自分勝手に遠矢のあり方を押し付けているのは分かっていたけれど、自分の好きな相手が苦しんでいるのなら手助けをしたかった。

例え、自分が嫌われようとも。

「‥‥‥‥命令だというなら同行するが、それ以上のことは約束できない。良いよなアリス?」

「うん」

遠矢はアリスの気持ちを察して了解したが、生徒会に入るつもりはなかった。だけれど遠矢はこれでも譲歩したつもりだ。最初は生徒会室に行くつもりは、はっきり言って無かったからだ。

おかげで、アリスの顔が少し晴れたことだけに遠矢は僅かに満足感を得た。


「ここだよね、とーや」

「その筈だが」

教室棟四階の西の端に位置した生徒会室、遠矢とアリスの二人はその扉の前にいた。

いつもの鈴と茜は、一週間行われている特殊技能選択科目の見学をしに行っている。この学校には部活動の代わりに訓練の一つとして、卒業までに好きな技能を極められる(勿論、個人差はあれど)制度があり、科目ごとに特徴を伝えるオリエンテーションを連日行っている。

本来ならば二人も参加するべきだが、凛に指定されたのがこの時間帯だったのだから仕方がない。

アリスと遠矢は目的地であることを確認して、遠矢が生徒手帳をインターホンのカメラ部分に翳すと、数秒後重厚な金属製のドアーが開いた。

「来てくれたの遠矢くん、それに雨宮さんも。ようこそ生徒会へ、歓迎するわ」

完全に扉が開けられた先には、万城目凛がいて遠矢とアリスを一瞥してから歓迎の言葉を送ってきた。昨日の一件の様子ではもしやアリスを歓迎しないのではという懸念もあったので少し意外だった。最後無理矢理にヤクソクヲ結び付けてきた点からいっても、彼女は急いでいたのかもしれない。

「こんにちは、生徒会長。アリスもお邪魔してよろしいですか?」

「勿論よ、それに私のことは凛先輩とでも呼んでくれない?堅苦しいのは会長としての公務だけがいいの」

アリスの入室の許可を遠矢はとることに成功した。歓迎の意思を示していても入室は許可していないと言われてしまえば無意味だ。

「なるほど、確かに息苦しいですよね。生徒会長という仕事も」

「そうなのよ、分かってくれる遠矢くん?」

「ええ、人並みには」

遠矢と凛はお互いを探り合うように、会話を繋げる。しかし、凛の方に得られた情報は無かった。

普段なら、顔の表情から相手の精神状態をごく簡単なものなら読み取ることが出来る。いわばメンタリストだ。それなのに、遠矢の表情からは感情を認識できなかったのだ。

遠矢には一通りの感情は揃っているから、彼は意識的に警戒して表情をコントロールしているのだ。その事に凛が気付くのに長い時間は掛からなかった。

「まずは、中に入らない?お茶なんかも出すけど」

「お言葉に甘えます」

遠矢とアリスはいよいよ生徒会室に足を踏み入れた。

通常の教室の二倍ほどの広さを持つ部屋には、通常の生徒会には必要ないであろう資料となにしろ目を引く最高性能のコンピューター機材が陳列されていた。

二人がそのレトロな装いの部屋のデザインと最先端技術が共存しているギャップに目を奪われていると、凛から声が掛けられる。

「これが私達生徒の生徒会よ、二人とも」



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