表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
第一章~アンタッチャブルズ~
12/21

迅雷

「良いだろう。後悔させてやるよ!俺に歯向かったことをな!!」

火田は自分の勝利を確信して、遠矢の誘いに乗る。

火田だけでなく、改めてランクの差の絶対を見せつけられたクラスメイト全員が遠矢の挑戦は無謀なものだと感じて一抹の期待も抱いていなかった。


試合の開始は10分後になったので、遠矢は三人を引き連れて、スタジアムのバックグラウンドへ行った。

「とーや、ほんとは馬鹿なんでしょう。そうなんでしょう?」

開口一番、アリスが遠矢を罵倒する。

「ちょっととーやん。考えってのはこの事なの?私達はまだいいけど、賭けの対象にされた鈴の気持ちもちゃんと考慮してのことなの?」

茜もアリスと同意見のようだ。

「大丈夫だ、俺は負けない」

二人の非難を浴びながらなお、遠矢は主張を曲げない。

「お願いです、遠矢さん。遠矢さんまで犠牲になることはないと思うんです。だから、対戦を中止してきてください、私‥‥これからも遠矢さんとお喋りしたいです」

鈴は瞳を潤して、真っ直ぐ遠矢に対峙する。遠矢には、鈴が黒い長髪に至るまで今まで以上にくっきりと見えた気がした。

この子は、俺の心配をしているのか。自分の身が一番危ういというのに。

「すまないが、取り止める気は俺には無い。俺はこのまま青傑戦に出る」

遠矢は鈴が泣いていても、考えを曲げる気はなかった。

「見損なったよとーや!鈴が泣いて頼んでるのに、あんまりだよ‥‥」

アリスまで大洪水になりかけている。

「鈴っ、お願いだ。このまま俺を闘わせてくれ。俺は火田にランク以外にも強さってもんがることを見せてやらなきゃいけないんだ。分かってるよ、自己満足にもなりかねないことは。でも‥‥」

遠矢は頭を下げて、鈴に頼み込む。

「分かりました‥‥、でもっ、遠矢さん。あなたが負けて傷付いて帰ってきたら私、一生赦しませんから。絶対に帰ってきてくださいね」

鈴は涙目で訴える。

「分かった。開始一秒で方をつけてくる」

遠矢はそう言って、準備室に駆けていった。

「馬鹿あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アリスがでっかい声で遠矢に叫ぶ。

私も心配してる一人なんだからと、遠矢には伝わって心臓がさらに潤った。


準備室で、遠矢は一旦制服等をすべて脱いでシャワールームで汗を流す。戦闘用スーツは体への密着度を強くするめに、皮膚とスーツの間に出来るだけ何もない方が良いのだ。

シャワーを浴びている最中、遠矢はどのようにして火田を戦闘不能に陥らせるか思考を巡らしていた。

出来れば火田が仁志沢に与えたように、力で捩じ伏せて相手が傷だらけになるまでのことはしたくなかった。それでは、火田を倒す意味がない。

火田にはこの青傑戦を通して新しい価値観を見出だして欲しかった。プライドの高過ぎる人間は、自分が遥かに力及ばないと思う相手に出会うと自殺すら考える者までいる。

遠矢が火田を倒すことで、火田に社会に出てAランクという化け物クラスの実力者と対峙したとき例のようなことにはなってほしくなかった。

だけれども、それは火田の考え次第で直接遠矢が手をとって導いてやる義理はないので、与えるチャンスはこれきりだとも遠矢は思っていた。

シャワーを止めて、遠矢は体を拭いて白のスーツを足まで履いたところで、直方体の成人男性が入っても余裕のあるボックスに入る。

すると、細い機械のアームがスーツをぴったりと遠矢の体に合わせて着せてくれた。このスーツはどう頑張っても一人で着ることは出来ないのだ。

ここまでの数分で遠矢には大方の計画は立っていたが、大きな代償を伴う計画だった。

アリスに遠矢の能力がすべて露呈する。

今までアリスに話してこなかった遠矢自身の事情の一片を知られてしまう。

だが、それでもいい。今はクラスに蔓延る差別意識をぶち壊す、それだけが遠矢の命題だった。

それにアリスなら受け入れてくれるんじゃないか、遠矢の中には淡い期待が浮かんだり沈んだりしていた。


遠矢は準備室の奥の出口からマウンド上へ出ていく。

下から見上げるとこのスタジアムはこんな圧迫感のするものだったのかと遠矢は思う。

「出てこないかと思ったぜ。今からでも遅くはない、俺の前で額擦り付けて赦しを乞うってんなら考えてやってもいいぜ」

先に準備していた火田が小悪党感の滲み出た台詞を言ってくる。

相変わらず自分の勝利を微塵も疑わない顔をしている。

「残念だけど、俺はお前と同じで負ける気は更々無い。それにお前には重大な欠陥があるからな」

「はあ?俺に欠陥があるだって?笑わせるなよ、それはDランクのお前のことだろう」

遠矢の言葉は火田には響かずむしろ笑っていた。火田派閥もそれに合わせて、笑い声を上げる。

こういう時は本当に息が合っているなと、遠矢は皮肉ぎみな目線で観客席を見渡した。

アリス、鈴は試合の始まる前からプルプルとして勝利を祈っていて、茜は前列まで降りてきて試合を観戦するつもりらしい。仁志沢派閥はもう無気力だった。

そしてその中に、一人もう帰ったと思っていた人物の姿を捉えた。万城目生徒会長だ。

なぜまだここにいるんだ?普通に考えたらこの試合の勝敗予測は簡単な筈だ。残る意味が見当たらない。

「鳴神!俺はお前を30秒でぶっ叩く。せいぜい逃げ惑っていろよ」

「早く所定の位置に付いてくれ。なかなか始まらないから」

火田の煽りを遠矢はスルーした。決め台詞が上手く決まらなかった火田は顔をオレンジにしてぶつぶつ何か言いながら、渋々待機場所を示す白線のサークルまで戻った。


火田、俺はお前を一秒でぶっ叩いてやるよ。お前と違って守らなきゃいけないものがあるから。


電光パネルがまた動作を開始する。

今度は遠矢がチャレンジャーだ。

遠矢の頭の中に、必勝法が思い描かれる。この方法で負けるなんて‥‥

ありえない。

10,9,8,7,6,5,4,3,2,1‥‥

ZERO


火田はこの試合、セオリー的に敗する可能性は皆無だった。新人類史上でもDランクがBランクを下す例は存在しない。

火田の対遠矢戦の勝利への道はこのようなものだった。

アイデントはランク上位者の方が発動必要時間は圧倒的に短い。数秒の差ではあるけれど、ほんの一秒で人の命が失われる世界で、一秒の差は大きな影響を及ぼす。

だから、火田はアイデントを具現化した後、即時決定打を打つつもりだった。

引き金を引くごとに火弾を発動するのではなく、発動しないまま引き金を複数回引く。

そうすれば機関銃で相手を攻撃するのと同じ効果が得られる。

そうして、血だらけになった遠矢を意識がなくなるまで痛め付ければ良かった。

シュードラごときが俺に歯向かうからと、火田はニヤリ笑う。

開始のブザーが鳴った。

火田はアイデントの発動を開始する。


アイデントを発動しはじめてすぐに火田に違和感が襲う。心臓が苦しい。

緊張でこんなに苦しくなっているのか?

いや違う。まるで狂ったかのように心臓のリズムが乱舞している。

「あっ‥‥‥‥」

火田の意識は掻き消されて、その場に倒れた。

何で?負けるわけがないのに、地面に伏すのは前のあいつの筈だ。何かおかしい。


開始のブザーが鳴った。

目の前の火田は早速、アイデントの発動体勢に入っている。

遠矢も普通の新人類ならば、アイデントを発動するのだろう。だが、遠矢はアリスと同じ訳アリだった。

遠矢は目の血行を良くするイメージを以て、目を見開き、火田を視界に入れる。

火田の皮膚を通り抜け、筋組織までも通り抜け、もはや遠矢には火田が透けて見えていた。

アンタッチャブル。この単語を遠矢はアリスに聞く前から知っていた。なぜなら‥‥

彼自身がアンタッチャブルだから。

幼い頃、父親はこの能力に気付き利用した。どれほどの危機に瀕したことか、数えるのもいつしか止めていた。

しかし、今こうして生きている。

それほど与えられた力が恐ろしく莫大だったからだ。

遠矢が持つ能力は、物体が何であろうと遠矢の意識下に置かれたものの構造が透けて見える能力。遠矢の目は、が最大に力を発揮したとき可視領域外の情報までが集約されて脳にそれを伝える。

場合によっては、アリスに匹敵する特性だ。

しかし、彼は一つの欠陥がある。遠矢は全くアイデントを具現化出来ないのだ。これが遠矢がDランクに身を置いている理由。きっとこれからもランクが上がることはない。

しかし、神は代わりにもう一つ遠矢に異常な能力を与えた。それは‥‥

アイデント具現化を必要としないユニーク・タレントの行使。

彼はアリス以上に法則を無視した危険な存在だった。だけれどもアリスと違って遠矢は自分の身を守れる能力は有ったために今まで生きてこられた。

このイレギュラーな能力をこの場で使うことは、ある種賭けだったが、大抵の人間は何が起こったのか原因が分からないままだ。

しかし、アリスはニュートリノの動きを全て把握している。神の眼前ではどんな小細工も通用しない。

きっとアリスは気付く。遠矢も自分と同じアンタッチャブルだと。

その覚悟の上でこの青傑戦を申し込んだ。今はただ、鈴のことを救わなければいけないのだ。

遠矢の代わりに怒ってくれる鈴のために。

だから、遠矢は躊躇なく火田に手を翳した。


火田に手を遠矢が翳すと、火田の表情が苦悶に満ちた。

心臓を押さえている。

遠矢のユニーク・タレントの特性は電気と電磁波の操作だ。それと今火田が心臓を押さえているのと何の関係があるというのか。

人間の体が動くのは、神経を微弱な電流が通り、脳からの信号が伝わっているからだ。

しかし、いくら人間にも電気が関係しているからといって、普通、電気の特性を持つ者にも、視認できない体の中の電流を操作は出来ない。

そう、普通なら。

遠矢はそれができる。普通では無いから。

また、ペースメーカーを知っているだろうか。

一般に知られているペースメーカーは心臓病を患った患者が体内に埋め込まれる人造のペースメーカーだ。

しかし、健康な人間にもペースメーカーは生まれながらに存在している。でないと人間は一定のリズムで心臓を収縮することは出来ない。

そして、心臓のリズムを決めているペースメーカーの出す信号も電気だ。

遠矢はそれを利用したのだ。今考え付いたものではなく、遠矢は自在に力の強さを変えて生死の境を見極められるように時間をかけ習得した。

遠矢しか扱えないこの技を姉はこう呼んだ。

乱調デッド・テンポ

火田にかけた出力を低くしたこの技でも、苦しさで立ってはいられなくなる。

実際に火田は床にへばっている。意識はまだあるから、必死に起き上がろうとしているが苦痛は無意識のうちにそれを阻止しているのだ。

遠矢は火田に歩み寄る。敢えてすぐに距離を詰めないでゆっくり、時間をかけて。

その間に遠矢は大気の静電気を増大させて腕に纏わせ手剣を形作る。

一家が考案した技《雷刀》だ。下手に一家しか使えない技を使用して身元がクラス全体に発覚することが気掛かりで遠矢は電気系統を操る者の中では比較的知れているもの選んだ。

青白く発光する手剣が火田に近付く。火田にはそれがとてつもない恐怖となったのだろう。

「や、やめろ。やめて、やめて、やめて、やめてー。お願いですもうやめてください、許してください。お願いします、お願いします」

火田は試合前あんなに高圧的な態度だったというのに、必死に赦しを乞う。

「お前言ったじゃないか、俺には負けないんだろう?後悔させてやるんだろう?じゃあ避ければ良いじゃないか火田」

遠矢は手剣を纏う右手を高く上げる。

「チェックメイトだ、火田」

「やめてぇーーーーーーーーー‥‥」

火田の叫びが闘技場に反射する。しかし、遠矢は右手を降り下ろした。

火田の叫びは途中で途切れた。完全に気を失っているのだ。スーツが汗ではないもので濡れている。

しかし、遠矢の手剣が降り下ろされた場所は火田の頭部の右横だった。最初から、遠矢は火田を傷付けるつもりではなかったからだ。

パネルにwinnerとloserの文字が、試合終了のブザーと伴に映し出された。


判定がパネルに映し出された瞬間、目の前の光景が徐々に現実味を帯びてきたのか拍手喝采の旋風が起こる。

「「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」

「DランクがBランクに勝ったぞ!あいつマジで何者なんだ?」

「まだ目の前で起こったことが信じられないわ」

人それぞれの立場はあれど、一様に興奮冷めやらぬという様子だ。火田派閥だった連中ですら、口で笛まで吹いている。

医務室に運ばれていく火田を気にも掛けないで。火田に傷は一つもついていないけれど。

中にはこんな声も聞こえる。

「火田って、あんだけ威張ってた割には大したことねーじゃねーか」とか「私これからは鳴神君派かも。火田君は所詮顔だけだったってことよね」等々。

結局、人の虚栄心で繋がっていただけの関係などは、簡単に壊れてしまう。今はまさにそのときだった。

火田はまだ本当の友情というものに出会えていないのだろう。

遠矢自身もアリス達に出会うまでは、友情に触れ合ったことはなかった。それでも人の痛みや苦しみをその身を以て理解してきた。それが遠矢の人生だった。

「これで良かったのか‥‥」

遠矢は何も火田を孤独にしたかったのではない。しかも今日は入学式があったばかりだ、本来こんなにいざこざがややこしく、絡まり合うことなんて普通ない。

火田は急ぎすぎたんだ。クラスで自分の地位を確立しようとするのを、と遠矢はそう考えていた。

しかし、遠矢の後ろ髪を引かれるような気分は一切消えた。

「おい、お前ら!火田のことを支持してたんじゃなかったのかよ」

「そうだったけど、あんな試合見せられたらねえ」

掌を返したように喜んでいる連中に、本気で怒っている人物が一人いた。

月見里だ、クラスで一番近くにいた黒髪の男子生徒だ。

火田にもどうやら一人、代わりに怒ってくれる奴がいるようだ。

彼自身が気付いていたかは知らないが、これからは無理にでも気付くことになるだろう。


遠矢は着替えを済ませて観客席に戻ると林檎先生が台の上に立って、生徒をサークル状に並ばせている。

「みなさん、今日は登校初日だというのにお疲れさまでした。仁志沢君も、火田君も大事はないので心配しないでください」

林檎先生の報告に、良かったと安堵している者が多かった。

「今日は本当に疲れていると思うので、今日はこれで解散にしたいと思います。他の係決めは明日また行いますので気持ちを入れ替えて来て下さいね」

林檎先生は一般の教師より役所染みていないタイプらしい。本当は四限目まであったのだ。

それから近くの人に挨拶の号令をするように指示して

「「ありがとうございましたぁー」」

学校は今日はお開きになった。

遠矢はサプライズに感謝した後、これから面倒なことが待っているぞと褌をきつく締めたように自分で自分に言い聞かせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ