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異脳探偵のメモリー  作者: 戸山 安佐
第一章~アンタッチャブルズ~
11/21

青傑戦

「良いだろう。後悔させてやるよ!俺に歯向かったことをな!!」

火田は指を遠矢に向けて宣戦布告する。その声はスタジアムに響き渡り、クラスメイトと観衆は嘲笑と絶望に満ちていた。

こんなことになったのは、このような経緯による。


遠矢は先生から席に戻れと言われた後、生徒手帳からメールを誰かに送信していた。

「まずは学級委員決めです。みなさんの中で推薦したい人はいますかー?」

林檎先生はハキハキと問いかける。

すると、火田グループの男子が鈴のことを推薦した。女子の委員は、他に候補者は上がらなかったから鈴で決まりだろう。

それから誰かが仁志沢を指名して、その後に火田も推薦された。ここまでは遠矢の予想通りだった。

しかし、遠矢は火田はこのタイミングで手を打ってくるだろうと踏んでいたので、まだ油断はしていなかった。

なぜなら、このままでは仁志沢派閥の人数が若干数多いので火田が鈴の隣にいれる可能性はほぼないからだ。

だが、状況は依然として変化せず林檎先生が締めに入ろうとしている。

「じゃあ、他にいませんね。それでは‥‥」

「先生、待ってください!」

林檎先生の声を火田が遮る。

「先生、俺は鳴神遠矢を推薦します」

呼び捨てかよと遠矢は文句を言いたかったが、火田の計画がようやく分かったのだ。

良かった予想通りだったと仁志沢派閥と遠矢四人は胸を撫で下ろす。

あのメールには、遠矢の火田の行動の予想が記されていたのだ。


みんなへ

火田がクラス委員になるのを阻止するためにはみんなの協力が必要だから、どうか力を貸してほしい。恐らく正攻法で火田は争うつもりはない。票数では仁志沢君に負けてしまうことは彼にも分かりきっているからだ。

代替者を立ててこちら側の票数を割るつもりなんだろう。だから、代替者が立てられたとしても仁志沢君に票を入れてほしい。

もちろん、公平な選挙だから強制は出来ないけれど、どうかお願いしたい。


このメールを暗記していた派閥のメンバー全員に一斉送信したのだ。

そう、すでに火田と遠矢のシャドウゲームは行われていたのだ、火田は微塵も気にもしていなかったが。

時として絶対的な自信は判断力を鈍らせる。火田はその典型だった。


「鳴宮さん以外に女子の候補者は出ていないので決定です。鳴宮さん、よろしくね。みなさん、それでは前の投票箱に自分が選んだ人の氏名を書いて誰にも見られないように入れてください。さあ、はじめっ!」

林檎先生がそう言うと、火田はまさにとらぬ狸の皮算用をしている最中だった。完全に勝利したつもりなのだろう。

一票誰かが入れる度に、火田はほくそえんでいる。なんともまあ呑気なものだ。

「これで鳴宮も俺達と交流するメリットに気付いてくれるだろ」

「そうだな」

火田とその友人の月見里やまなしがそう言っているのを遠矢は口の動きで判別した。やはり、好きになれないタイプの相手だと心から声がする気がした。

全員が投票し終えた後、先生が直々に用紙を読み上げ始めた。

「えー、仁志沢君。火田君。仁志沢君、仁志沢君‥‥」

結果的には

仁志沢22票 火田18票 鳴神1票

クラス人数は41人だから、全員が不正無く投票したらしい。誰かが遠矢に投票したこと以外は概ね筋書きから外れていなかった。

安堵する仁志沢と再び青ざめる火田、本当に感情の出やすい性格をしているなと遠矢は思った。

「ということなので、仁志沢君に委員をお願い‥‥」

「待ってください先生!俺は納得できません、何で鳴神に一票しか入ってないんですか?!」

先生の発言を遮って誰かの意図が働いていると火田は主張する。自己中心的な人物はどこにでもいるというものだ。

「そうはいっても鳴神君の支持者が少なかったとしか‥‥」

「そんなわけないでしょう!一人はおかしいです。俺は委員のポストを得るために青傑戦を挑みます!」

火田は激昂して、苦し紛れの悪足掻きをしてきた。


青傑戦せいけつせん。正式名称は学内公式ユニーク・タレント及びアイデント発動を前提とする個人間に於ける対抗戦。字面が悪く長いので学校名を縮めて呼ばれている。

単純に力比べを目的としたものと条件を指定して行われるものもある。そのために、不当な条件下で強制的に青傑戦が行われることが無いように、被挑戦者に決定権が委ねられている。

ルールはシンプルで相手を後遺症が残らない程度の攻撃で戦闘不能にすればいい。


火田がどれだけ文句を言ってこようが、仁志沢がイエスと言わなければ実行されることはない青傑戦。

火田のとった行動は無謀であった。

「仁志沢、クラス委員のポストを懸けて俺と勝負しろよ。悪いことは言わないからさあ」

火田は粘っこい口調で仁志沢に詰め寄る。

「何でそんな一方的な条件呑まなきゃいけないんだよ火田君」

当然渋る仁志沢の耳元で、火田が何か呟く。

「わ、分かった」

仁志沢は数秒の沈黙の後、眉間に皺を寄せながら了解の意を告げる。

火田派閥の面々は少し意外そうな顔をしてはいたが、歓声をあげる。そして、仁志沢派閥の面々はというと絶望的な表情の者と、ブーイングをする者に二分していたが、やがて仁志沢が苦痛を顔に浮かべているのに気付いて仁志沢への不満の声は止んだ。


林檎先生が青傑戦の開始を両者の合意が見受けられたので認めると、三時間目が始まると伴に青傑戦を開始すると先生は通告した。

「なお、場所は闘技場で行われます。予約は既にとってありますから心配なさらず。みんな、これもクラスの問題ですから、一緒に見守りましょう」

全員ぞろぞろと移動を始める。遠矢達の足取りは重いものだった。

遠矢は一つの誤算をしていたのだ。火田ではなく火田の父親は実力者だということを忘れていた。

きっと、脅迫紛いのことを仁志沢に吹き込んだのだろう。

「遠矢さん、どうしましょう私‥‥。本当にあの人と仕事をするのは死んでも嫌です。女性に対する敬意が無いことが透かして分かります」

鈴の声も急に細くなっている。

「どうする?とーや。このままじゃホントに鈴が可哀想だよ。ランクの差から見ても、仁志沢君が勝つ可能性はほとんど無いし」

アリスの言うことは正しい。ランクの差とは現在の実力差を顕著に現すもので、ランクBの火田とランクCの仁志沢では実力が違いすぎるのだ。遠矢もそれは分かっていた。

「分かってるよアリス。鈴も心配するな、考えは既にある。だけど、一人の犠牲も出さないのは無理だけれど」

遠矢が言う犠牲者として思い浮かべたのは火田だった。それがどの程度になるかは、彼が選んだ人間によると遠矢は踏んでいた。

「犠牲だなんて物騒なこと言うね、とーやん。でも、考えはあるんだ、ふーん」

茜は遠矢の考えは察することは出来なかったが、この人ならと絶対の安心が湧き出た。それは鈴、アリスも同じことだった。

「まずは、仁志沢君を応援してみるしかないだろう?」

遠矢はそう言って足を動かす。


またB組の面々は一階のベルトコンベアーに乗って今度は闘技場へと向かい、各々はベルトコンベアーから降りて昇降口から中に入って、観客席に座った。

闘技場はコロッセオのような、または格闘技会場のイメージとはまるで違う装いで、最先端の技術が施されたものだった。講堂と同じドーム状だったが、それよりは小ぶりで屋根も開閉式らしい。今回は晴れていたが屋根は閉めて青傑戦は執り行われるようだ。

内装は衝撃吸収シートが上から貼られていて、天上から床に至るまで耐久性に優れた軍用素材で施工されていた。

遠矢は仁志沢がスタンバイしている側に陣取った。仁志沢を応援する目的はあったが、実際は反対側では火田の能力が良く見えないからだった。

「見て、とーや。あれって上級生だよね」

アリスが指差す先には確かに数名の上級生の姿が見えた。二、三年生であることが制服にデザインされたラインの色で分かったが(三年は黄、二年は赤だ)、全員女子であることと、見覚えのある人物がいることが気になった。

「生徒会長だな。でも授業時間の筈なのに何故ここへ来ているんだ?生徒会長が授業を抜け出すなんてあっていいのか、しかも数名巻き込んで」

遠矢は疑問を口にする。

「私、あの中の一人の方は知っています。確か‥‥千音繚華ちねりょうかさん、三年生で副会長です」

鈴は問いかけに答える。

「だとすると、あの集団は生徒会一同ということか。全員女子とは、近年のこの学校の成績上位者は女子ばかりだったんだな」

遠矢は疑問の一部が解消されたが、後半の部分はアリス達をカチンとさせてしまった。

「なあに、とーや。女子ばかりなことに何か問題でもあるの?とーやは相当古い概念の持ち主なんだね。ちょっとガッカリしたよー」

「とーやん今のはいけないね。私だってちょっとカチンと来たよ」

「遠矢さんがっかりです」

三人の非難がカルテットのようだ。

「そういう意味じゃあないさ。俺は女性を尊敬しているし、好んでいるよ」

遠矢の必死の弁解は若干認められたのだろうか、変態地味ているが。

「ほんとだね?とーや。まあいいやそろそろ始まるみたいだし」

いよいよ、青傑戦が始まるところだった。下に降りている二人は既に体にフィットするウェットスーツのような政府が開発した戦闘用スーツを着用している(火田が黒で仁志沢は白)。見渡すと、クラスメイトは全員緊張の眼差しを二人に注いでいた。

それを見て、生徒会がなぜここへやって来たのかは謎のままだったが、まずは目先の問題の行く末を案じていた。


林檎先生が急いで出入口付近にあるボックス型の機械にハアハアしながら何かを打ち込むと、どうやらオートシステムが作動したらしい。

電光パネルが待機画面から、対戦者二人の画像とランク、名前を映し出した。パネルは一ヶ所だけではなく、スタジアムの至るところに設置されているので圧迫感があるほどだった。

中央の最も大きいパネル(20㎡はあるだろうか)が対戦者の映像の間で数字を表示する。試合開始のカウントダウンだ。

10,9,8,7,6,5,4,3,2,

1‥‥ZERO


ブザーが鳴り響く、ついに始まった。不条理な争いが。

開始直後から、二人はアイデント発動の準備段階に移る。

「「我が叡智の元に集えっ、アイデント!!!!」」

新人類ブルー・ブラッズの決まり言葉を二人は叫ぶ。この言葉と発動に関わりは無いが定例なのだ。

早くも勢いは火田に傾きつつあった。ランクによって発動にかかる時間は違うため、そもそもスタート時点で仁志沢は不利なのだ。

火田は早くも2秒ほどで黒い大口径の拳銃型のアイデントを具現化する。能力発動の仕方はアイデントの形状によることが多いから恐らく火田は引き金を引くことでユニーク・タレントを行使できる。

火田は素早く銃口を未だアイデントを具現化出来ていない丸腰の仁志沢に向けて引き金を引いた。

すると、本来弾を送り出す時に火薬を爆発させるための金属部分はぶつかった後、弾は打ち出すことはなく火花を生じるだけだった。

しかし、火田にとってはそれだけで良かった。

火田家は苗字にもある通り、火ーつまりは燃焼や熱を操るユニーク・タレントを持つ家系。火田はこの引き金を引くと生じる火花の持つ熱エネルギーを利用して相手を攻撃するのを得意にしていた。

火花はエネルギーを増大して小さい火の玉になって、飛んでいく。空気を取り込みながら形を変え、火の玉は火の弾になっていた。

これが火田の得意とする《火弾ホット・バレット

そうして火の弾は仁志沢の左腕を貫通した。

仁志沢は激痛が体全体に走ったが、必死に堪えた。アイデントの発動を途中で止めてしまえば、更なる攻撃が待ち構えている。それに、この程度では試合は中止されない。細胞の働きを操作するユニーク・タレント保有者が現れてから、医療界にも革命が起こり、簡単に腕の一、二本は命さえあれば治ってしまうからだ。

だからこの程度では仁志沢を助けてくれる人などここにはいない。

次の弾を喰らう直前、仁志沢もアイデントの具現化に成功した。現れたのは一本の短剣。

仁志沢は短剣を弾に当てて何とか弾いて軌道を逸らすのに成功した。

この状況を打開できる方法は?仁志沢はみんなを裏切ってしまったプレッシャーもあり、精一杯答えを探す。

そうか‥‥これなら!!

仁志沢はフィールドを円を描くように走り、弾を避けながら弾を生じる拳銃型の火田のアイデントを視認する。

仁志沢の家系には、当人以外新人類はいなかった。いわば、突然変異。そんな彼は小さい頃、家族からも化け物だと虐げられてきた。

だから人の痛みが分かる。火田なんかにクラスは任せられない、これで終わりにしてやるっ!仁志沢は強く念じる。

「これで終わりにするぞ。火田君っ!」

仁志沢が手を翳すと、火田は火弾が撃てなくなった。

「てめえ、格下の分際で!!」

火田は今までの余裕を持った態度から一転、動揺を示す。

仁志沢は何をしたのか。

仁志沢の能力は気体操作。ランクCの仁志沢は人を殺傷できるほどの協力な能力はないが、努力で培ったコントロールと精密さがある。

だから、この一瞬に懸けた。火花を発生させている金属部分の大気中の酸素を第二ニュートリノで置き換えるために。名称も付かないほど地味な能力でも‥‥

こうしてしまえば、火花は酸素を取り込めないために燃焼できず、よって生じることはない。

「おお!」

仁志沢への歓声が上がる。

ありがとう、仁志沢は感謝の意を心で囁く。

「くらえぇぇぇぇぇ!!!」

仁志沢は火田に猛ダッシュで駆け寄って短剣で斬りかかる。誰もが仁志沢の逆転勝利を確信した瞬間、火田派閥においてもそれは同じだったというのに。

火田は斬撃をすんでのところでかわして、アイデントそのものを空へ投げる。

「舐めるな、勝つのは俺だぁぁぁぁ!」

火田は叫ぶ。プライドからだったが、勝ちたい気持ちは火田も強かった。

空中でアイデントが紅に染まる。そうして、紅は巨大化し焔に変化した。

焔はそのまま仁志沢の胴体を通過して消え、後に残ったのは傷だらけの仁志沢と傷一つない火田だった。

「「おおぉぉぉぉぉぉぉ」」

「「きゃあぁぁぁぁぁぁ」」

火田派閥は絶叫に近いほど興奮した声をあげる。

仁志沢派閥に仁志沢を励ます力なんて残っていなかった。ただ一人を除いて。


「仁志沢ぁぁぁぁ、お前は良く頑張った。だからとりあえずは安静にしてろ」

遠矢は柄にもなく大きな声を出す。仁志沢はランクの差に怯まずここまでの健闘を見せてくれた。そう思った、遠矢の最大の労いだった。

「お疲れ様ー」

「頑張ったんじゃない仁志沢ー」

「ありがとうございましたー」

アリス、茜、鈴の順に遠矢に続いて精一杯大きな声を出す。遠矢は三人が遠矢を浮かせないように気遣ってくれたことに、とてもありがたさを感じた。

「「ありがとおぉーー」」

仁志沢派閥もようやく我に返り、仁志沢に声を掛けた。気絶している仁志沢にこの声が届いているかは分からなかったが、仁志沢は少し微笑んでいる気がした。


火田は激怒していた。勝ったのは自分だというのに歓声の先には仁志沢がいる。

そして、自分が目を付けていた鈴までがその中の一人だった。

「お前らは敗者なんだぞ。調子に乗るな!勝者への礼儀っていうものが足りないんだよクズッ!!」

火田はイラつきを抑えられるほど器の大きい奴ではない。

「お前は勝者じゃなく卑怯ものだろう?」

遠矢は冷たい視線を火田に向ける。

「うるさい、所詮は負け犬の遠吠えなんだよ。クラス委員になるのはこの俺だ!」

これではまるで火田の方が犬のようだと、アリス達は失笑する。

「いや、お前はクラス委員にはなれない」

「はあ?何言ってんだお前、気でも狂ってんのか?」

遠矢の言葉は、火田にとっては冗談か何かだと思われていた。

「火田、青傑戦を残りの時間でする気はないか?もちろん現在お前が持つクラス委員になる権利を懸けてだ。なんなら、俺はこれから二度ともし負けたなら鈴とは関わらない、お前が負けたらお前が二度と鈴に関わらない。これでどうだ?」

遠矢は宣言する。彼の考えとは火田に青傑戦で勝利するというものだった。DがBに勝つことを前提にして。

「お前、正気か?」

火田は遠矢を嘲笑った。こんな好条件呑まない訳がない。DランクがBランクに勝つことなど過去に一例もない。

これで、鳴宮は自分のものになると火田は戦う前から本気で思っていた。鈴の心情を察せないのに上手く行くわけがないだろうに、例え邪魔者がいなくなったとしても。

「良いだろう。後悔させてやるよ!俺に歯向かったことをな!!」

完全に決まってしまった火田対遠矢の青傑戦に鈴達は、あたふたするばかりだった。


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