うるさい夏
今日の天気は晴れ。この澄んだ空とも今日でお別れだ。海風が自転車に跨った彼女の黒い髪を撫でたのは、あの夏の暑い日だった。
もう九月になるというのに気温はまだ摂氏三十度を超えていた。行き場のなくなった入道雲がでくの坊に様にたたずんで、蝉は仕方なさそうに鳴いている。夏休みの期間中「阿呆」ほど鳴いていたのに、まだ鳴き足らないのだろうか。
この港町は、山に囲まれていて三つの川が海に流れ込んでいる。漁村の人々の家は山の面にコンビニの陳列棚のように並んでいる。この夏には、河口でイシダイをスイカを餌に釣ることができた。
荷物は大体まとまったので、瀬下さんのトラックに積んでもらった。
「荷物は、こんだけでおわりかい。」
日に焼けた瀬下さんは白い歯だけが異様に目立っている。毎日潮に当たっているからか、低くかすれた声をしている。
「そうです。ありがとうございます。」
頭を下げて、小さいカバンだけ手に取った。この夏、いろいろお世話になった瀬下さんは、微笑みながら煙草に火をつけた。
「それじゃあ、行こうかな。」
軽い音がしてエンジンがつき、僕も助手席に乗った。
この夏休みは、僕にとって長かったと思う。三年前にひいじいちゃんが死んで、から初めてこの町に来た。母親からは、小さいときに来たはずだが覚えていないだろうと言われたが、僕は案の定忘れていた。
電車から見えたこの町は、太陽の光を反射してキラキラしていた。