12-58 物語の終わりを見るために
―1―
「茶番は止せってさぁ」
葉月はニヤニヤと笑いながら足を組み替え直す。
「こんなところまで来てさぁ、それで何か出来ると思ったの?」
葉月の言葉は続く。
「まぁ、ここまで来ることが出来たのは先輩が初めてだし、そこは褒めてもいいかもね」
ニヤニヤと邪悪に笑っている。
はぁ、先輩、か。こいつはあえて俺の後輩だった時と同じ喋り方で話しているんだろうな。
『お前の正体も、種も全て分かっている』
俺の言葉を聞いた葉月は笑うのを止める。
「正体? 正体って何? 私に隠された姿があるとか、偽物だとか思っているの? ばっかじゃないの? まぁ、異世界から来たとか馬鹿なことを言い出していたくらいだからね。それくらいの勘違いするかもねぇ」
葉月は大きなため息を吐いている。
誰もお前が葉月じゃないとか、何者かが葉月を騙っているとか、そんなことは思ってやしないさ。
『お前なら――お前だから、この世界を滅ぼさずに待ってくれていると信じていたよ』
こいつの性格なら、な。そう思うくらいには――信じるくらいには、俺はお前のことを疑ってはいないさ。
「それはどうも。で、それが何? 話が繋がっていないんですけど。ま、いいや。私も鬼じゃないからね。あなたみたいなサイコパスとは違うからね、数少ない同胞を、私の過去を知る人間を殺すのは忍びないからね」
そこで葉月はニヤニヤと笑いながら両手を広げる。まるで何かを受け入れるように両手を広げる。
「だから、無限の牢獄に送ってあげる。今を、かつてを無限に繰り返すといいよ」
葉月は唇の端を持ち上げる。
「また、会えるのを待っているよ。ぷぷ、長い時を巡って、また何もかにも、全てを失って私の前に戻ってきたらいいよ」
俺の視界がくるくるとまわっていく。
葉月が、こちらに手を振る。
「それでは、さようならだね」
全てが闇に包まれていく。
「究極魔法リセト」
葉月の最後の言葉とともに俺は完全に闇に飲まれ、俺という存在が消えた。
俺は、俺はッ!
……。
全てが闇になる。
俺が目を覚ますと、よくわからないことになっていた。
視界がおかしい。
まるでパソコンのマルチディスプレイのような視界――右三つに、左三つの画面があるような感じになっている。
俺は、俺は?
足元には大きな葉っぱが広がっている。
俺は、俺は……。
とりあえず本能に従って足元いっぱいに広がっている巨大な葉っぱを食べようとして――動きを止める。開いた口を閉じる。
そして、大きなため息を一つだけ吐く。
『真紅妃、黄金妃』
俺は呼ぶ。
俺の相棒たちを呼ぶ。
俺の言葉に答えるように空間に穴が開き、そこから、槍と靴が現れる。
重なった世界の全てを手に入れた俺に、今更、こんなお遊びが通じるかよッ!
俺は真紅妃を手に取り、次元を切り裂く。真紅妃と黄金妃が繰り返しの絶望の中で手に入れた、重なった世界を乗り越える力。
俺と真紅妃、黄金妃――二人の、葉月に対抗するための力だ。
そして、俺は黄金妃を身につけ、次元断層へと飛び込む。
いくつもの重なった自分が切り裂かれるような、引き裂かれるような、分裂するかのような感覚とともに世界を乗り越える。
重なった世界を乗り越える。
そして、俺の目の前には葉月がいた。
『葉月、茶番は止せ』
「な、な、な、な、なんだとぅ」
俺の言葉に――次元を切り裂き、乗り越えて戻ってきた俺の存在に気付いた葉月が驚きの声を上げる。
「なんで、お前がそこにいるんだよっ!」
先ほどと同じ場所、同じ時間――そこへ俺は戻ってきた。
『時の牢獄に閉じ込めたのは、お前の方だろう?』
「だからと言って、ここに戻ってくるのはっ!」
葉月が叫ぶ。
そして、俺の視界が闇に包まれた。
俺の体が闇に飲まれ――意識が戻ると、そこは大きな葉っぱの上だった。
また、過去に戻したのか。
もう何度目か分からない、始まりの場所。ここは俺のリスポーン地点なのか? ホント、ゲームみたいだな。
俺は真紅妃と黄金妃を呼び寄せる。
同じだ。
何度でも、何度でも俺は戻っていく。
あいつが、俺を――過去に、ここへと戻すなら、そのたびに、俺はあいつの前に戻ってやる。
それが俺たちの手に入れた力。
俺は真紅妃を手に取り、次元を切り裂く。
次元を――重なった世界を乗り越え、先ほどと同じ葉月の前へと戻る。
『気は済んだか?』
俺の言葉に、俺の存在に気付いた葉月は、驚き、よろよろと一歩後ろに下がる。
「なんなんだ、なんなんだよ!」
葉月は右手を上げる。
『無駄だ。何度、過去に戻そうと俺は戻ってくる』
俺の言葉を聞いた葉月は憎々しげにこちらを見て、右手を降ろす。
『葉月、お前は、これを物語だと言ったな』
「お前は、なんなんだよ!」
『これは、芋虫が嫌いな男が芋虫になって、頑張る冒険譚だと』
「何が言いたい、言いたいんだよ!」
『それを――物語を終わらせるために来た』
「はぁ、くせぇんだよ。上手く言ったつもりかよ!」
葉月は醜い顔で叫ぶ。
『自分は、な。ある意味ではお前に感謝している。魔獣という芋虫の体を手に入れたことで、過酷なこの世界でも生き延びることが出来た。俺を殺さず過去に送ってくれたことで、俺は、知ることが出来た』
そうだよな。そして、色々な人に出会うことが出来た。
「そうかよ、そうかよ!」
そこで葉月は笑う。
「だったら、ここで殺す。慈悲はない」
ああ、そうかよ。
俺は真紅妃を構える。
ああ、いいぜ。
終わらせよう。
この物語を終わらせよう。