12-57 蠢く全ての人の記憶とコア
―1―
真紅妃で黒い球体を貫くと、その動きが止まる。そして、それは破裂した。
破裂した中から巨大な蠢く何かが生まれる。
それは無数の人の塊だった。
蜂の巣のようになった肉塊から無数の人の上半身が生まれている。その人々が叫ぶ。
「助けてくれ」
「あー、あー、暗い、暗いよ」
「ここは何処?」
「誰、誰が喋っているの?」
人の目は閉じられている。そして、その口だけが動き助けを求めている。
何なんだ、何なんだ、これは!?
その生まれた人の柱の中には、俺の見知った顔もある。ともに旅をした、シロネやミカン、セシリアやソフィア、ステラ、ジョアン、キョウのおっちゃんたち、それにグレイシアで待っているはずのポンちゃんやユエ、フルールたち、そのほかにも迷宮都市のヤズ卿やスイロウの里のホワイトさん……いくつもの見知った顔が存在している。
たくさん、本当にたくさんの人、人、人。俺の知らない顔も、知っている顔も――これは何なんだッ!
『これは、何なんだ! 葉月、答えろッ!』
俺の声に応えるように人の柱が蠢く。
そして、その奥から声が発せられる。
「これは人の記憶。私が支配する全ての人の記憶」
まさか、これは、この無数の人が、この葉月の世界に生きる人々だというのか!?
『これは本物か、それともお前の作った幻か!』
俺の言葉に答えるように人の柱から笑い声がささやき声が生まれる。
「全て、私の管理下。全て、思い通り」
人の柱からは人々のうめき声だけが聞こえる。そのうめき声をバックコーラスに葉月の声が響く。
「これらの人が本物か、迷っている?」
その言葉にあわせるように一つの映像が浮かび上がる。
それは地上の光景だった。
そして、人の柱の中の1人が呻き出す。
「痛い、痛い、痛い」
その柱の顔と映像の中に居る人の顔が同じだった。おい、おいおい、まさか。
にゅるんといった形で人の柱から、苦しみだした人が落ちる。それに合わせて映像の中で動いていた同じ顔の人も苦しみだし、そして倒れた。
「人は記憶が無ければ生きられない」
葉月の声と笑い声が響く。
それに合わせるように人々のうめき声が響く。
人々のうめき声と葉月の笑い声。
『お前は、こんなことをして何が楽しいんだ!』
俺は叫ぶ。しかし、返ってくるのは葉月の笑い声と人々のうめき声だけだった。
……いや、一つだけ違う反応があった。
「その声、ランなのじゃな」
声がする。俺は、その声の先を見る。
そこにあったのは俺の見知った姿だった。
『セシリーなのか』
俺の声に反応して柱から目を閉じ上半身だけを出していたセシリアが頷く。そして、すぐに苦しそうにうめき声を上げる。しかし、何で、たくさんの人の柱の中でセシリーだけが反応したんだ?
「そうなのじゃ……う、うう、ラン、この柱の中に女神セラ様のコアがあるのじゃ」
それだけ言うと目を閉じている上半身だけのセシリアは苦しみだした。
「あらあら、いけない子だ、いけない子だ。そんな大事なことを教えてしまうなんてね」
葉月の言葉にあわせるようにセシリアが苦しみ呻く。
「ラン、わらわを、わらわの後ろにある女神さまのコアごと貫くのじゃっ!」
セシリアが叫ぶ。
この柱の後ろに葉月のコアがある、か。
俺は真紅妃を構え、そのまま飛ぶ。
そして、セシリアを、人の柱の中に生まれていたセシリアの上半身を貫く。そのまま深く、その奥へと差し込む。
「何故だ、何故だ、ナゼダ! 何故、ためらわない、お前の仲間だったのに! こ、この狂人がぁぁ、やめろ、やめろ、やめろ」
葉月の叫び声が響く。
「ラン、これで良いのじゃ」
真紅妃に貫かれたセシリアが笑い、そのまま崩れる。
俺は真紅妃をさらに深くへと押し込む。真紅妃が輝き、その奥に隠されていたコアを喰らう。
「やめろ、やめろ、やめ……ヤメ、ヤメ、ろー」
真紅妃が輝きを増す。コアの抵抗を――反発を抑えるように真紅妃が輝き続ける。
そして、コアを食らい尽くす。
真紅妃の輝きが収まる。
それに合わせて人の柱が揺れる。柱が崩れはじめ、人の形が崩れ光に変わっていく。
「ランちゃん、アレ。人の魂が解放されていくみたいやね」
二夜子が肉球で指さす先、形を崩していく人の柱から次々と光の球が生まれ、空へと帰って行く。
『光ってますね』
人の柱が崩れ、消える。
後には何も残らない。
そして、周囲の黒い物質が揺れ始めた。
「ランちゃん、崩れ始めた!」
「マスター、早く脱出を」
二夜子、ユエイン、14型が俺をせかす。
しかし、俺は動かない。
「ランちゃん、はよう、はよう!」
二夜子が俺を揺すりせかす。だから、背中にぶら下がるように揺するなっての。
「マスター、ここは危険です」
黒い物質が崩れ、足場がなくなっていく。
そんな中、俺はただ、その場に立っていた。
『言ったよな、葉月。茶番は止せ、とな』
俺は真紅妃で何も無い空間を貫く。
そこにヒビが入る。
そして、世界が崩れる。
崩れた先は最初と変わらない黒い物質で作られた通路だった。そして、その通路の先に足を組んで座り、ニヤニヤと笑っている葉月が居た。
『時間稼ぎのつもりか』
「あのまま終わったと思って帰ってくれたら良かったのに」
騙されるかよ! 今の俺が、そんなことに騙されるかよッ!
『茶番は止せ』
「それ、今、初めて聞いたんだけど」
少女姿の葉月は腕を組み不満そうに頬を膨らませている。
『では、改めて言うぞ。茶番は止せ』
「へ? ランちゃん、あれ? あれ?」
「マスター、ここは?」
『崩壊が止まっている?』
俺の後ろに居た二夜子とユエインが驚きの声を上げる。
全て茶番。
こうやってからかって遊んで――俺たちはお前の暇つぶしの道具じゃない。それを分からせてやるッ!
2021年5月5日修正
終わったと思って返ってくれたら → 終わったと思って帰ってくれたら