12-55 なぜなにむいむいたんの裏
―1―
「むふー。ランちゃんさん、お帰りですよー」
気がつくと俺の前にはシロネが居た。
「主殿、お待ちしていました。ご無事で良かったです」
いや、シロネだけではない、ミカンの姿も見える。
「虫」
何処か不機嫌そうに見える紫炎の魔女ソフィアの姿も、
「ランもこちらに来て暖まるのじゃ」
何故かご機嫌なセシリアの姿も、
「あの……、お帰り……です」
何故か凄く控えめなステラの姿も、
……。
皆の姿があった。
皆がこたつに入り暖まっている。
5人でこたつに入るのはどうかと思うぞ。俺が入る場所がないじゃん。
「むふー。ランちゃんさんの冒険の軌跡を見ながら待っていたんだよー」
そう言ってシロネはこたつの上に乗っているミカンを手に取る。
「うむ、主殿も苦労されていたのだな」
ミカンもミカンを食べている。ミカンがミカンを食べている。いや、なんだ? この世界、ミカンが存在したんだ。いや、もちろん食べる方のミカンだぞ。
「ラン、早くせねば、この果物がなくなってしまのうじゃ」
セシリアがこたつから手を出し、手招きをする。ああ、そうだな。ミカンがミカンを恐ろしい勢いで食べているからな、すぐになくなってしまいそうだ。
「むふー。どうしよう、また、一から彼の冒険を見る? それとも、この世界の解説でもしようかなー」
シロネは、そんなことを言っている。
そうだな、こたつに入って、皆と語り合うのも悪くないか。
シロネとミカンが横にずれ、俺が入るスペースを作ってくれる。
こたつは暖かそうだ。
そうだ、ここはなぜだか、無性に寒いもんな。
そう、寒い。
こたつで暖まろう。
俺は、こたつへと、皆の元へと歩こうとして、その足が止まる。
あれ?
何で、こんな……。
「主殿、こちらです」
ミカンがこたつ布団を持ち上げる。おー、中は暖かそうだなぁ。そうだよな、ここは寒いもんな。
暖まらないと……。
そこで音が広がる。
音が聞こえる。
「虫、どうした?」
紫炎の魔女が俺に呼びかける。
「むふー。ランちゃんさん、お話の途中ですよー」
シロネがこたつを叩いている。
音。
音、広がる、音。
いや、違う。
違う。
違う。
違う、違う、違う。
違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う……ッ!
俺の手には、
真紅妃が、
俺の足には、
黄金妃が、
俺の腕には、
巴の腕輪が、
俺の手には、
世界樹の弓と竜泉の大剣が、
俺の体には、
円緋の衣が、
俺の胸には、
無敵のワッペンが、
俺の頭には、
無形の軍帽が、
そうだ、これは違う。
ああ、そうだ、これは違う。
はぁ、そうだよな。
『葉月、悪趣味なことはやめろッ!』
俺は叫ぶ。
その瞬間、周囲が真っ暗な闇に包まれる。
全てが――先ほどまで楽しそうにこたつに入っていた、皆が消える。
そして、俺の前方にスポットライトが落ちる。
そこには、楽しそうに微笑む少女姿の葉月が居た。葉月が、邪悪さをたっぷりと詰め込んだ悪意の笑顔で、こちらを見ている。
「せんぱーい、遅かったね、待ちくたびれたよー」
『戯れ言はいい、皆は何処だ』
俺の言葉に、葉月は一度ため息を吐き、そして指を鳴らした。
葉月の鳴らした音に合わせて、スポットライトが増えていく。
暗闇の中、スポットライトの下では、皆が磔されたように浮いていた。
シロネが、ミカンが、ソフィアが、セシリアが、ステラが、エミリオが浮かんでいた。
『皆は無事か?』
葉月が笑う。
「あのね、実力の違い、格の違いってぇのを理解が出来なかったのかな? ホント、モブ先輩は困るなぁ。見知った顔だからって、慈悲をかけたのを勘違いしてるよねー。いつでも、どうにでも出来たんだよ? 見逃してあげていただけなのを理解出来ないの?」
『つまり、無事ってことだな』
俺はそのまま真紅妃と竜泉の大剣を振り払う。
目の前の葉月ごと空間と世界が斬り別れていく。
そして、切り払われたところから、元の赤い線が走る黒い物質で作られた壁と床が現れる。
「んにゃ、ランちゃん!?」
切り裂いた空間の先には驚いた顔の二夜子と、何かよく分からない動きをしている14型、目を閉じて狐耳を動かしているユエインが居た。
『ふーん。そういうことが出来るようになったんだ。それで調子に乗っているのかな』
何処からか葉月の声が聞こえる。
『葉月、すぐにお前のところに行く。首を洗って待っていろッ!』
俺の言葉に答えるように、葉月の笑い声だけが周囲に響く。笑っていられるのも今のうちだ。
葉月は、この黒い物体の――この黒い物質で作られた道の先か。
「ランちゃん、さっきのは?」
『葉月のお遊びだろう。この黒い球体に降りたところで罠にかかっていたようだ』
葉月、お前は本当に趣味が悪いぜ。悪趣味だ。
と、そこで俺はユエインの方へと向き直る。
『幻の中、途中で音が聞こえた。あれはユエインが?』
俺の言葉に狐姿のユエインは小さく微笑み頷く。
『私が見ていた幻――悪夢の中では音が違いましたから』
ユエイン、二夜子、14型も別々の悪夢を見ていたのだろうか。
『助かった』
「さすがはユエインやねー」
二夜子はのほほんとしたものだ。うーん、二夜子だけは悪夢を見ていなかったもしれないなぁ。
『さあ、進むぞ』
「ついに敵の本拠地やねー」
『ですね』
二夜子、ユエインが頷き、14型がスカートの端を掴み優雅にお辞儀をしている。
ああ、この先が、この物語の終焉だ。
2021年5月16日修正
皆が貼り付けされた → 皆が磔されたように