12-54 星と闇の世界に浮かぶ深淵
―1―
大きくなった羽猫姿の二夜子が赤い月を目指して飛ぶ。
「マスター、情報を検索します」
空を飛ぶ。
夜の闇の中、羽を広げて、赤い月を目指して飛ぶ。
「マスター、あの月はたどり着けないのです。かつての星渡る船で向かった者達が全て諦めたという情報が残っているのです」
たどり着けないのか。
「あの赤い月は幻だと推測するのです」
見えているのにたどり着けないのなら、幻だと思うよな。
『14型も赤い月は見えているのか?』
「マスターは私の視覚情報を疑うことで神経性の幻覚を疑っていると推測するのですが、無駄だと忠告するのです。私にも見えています」
相変わらずポンコツな喋り方をしているなぁ。まぁ、機械で作られていようと、14型も、この世界の『人』だからな。そう、この魔素で作られた世界なら、14型も人だ。見えてもおかしくないだろうさ。
『二夜子、そういうことらしい』
俺の言葉を聞いた二夜子はにししと笑う。
「誰もたどり着けなかった赤い月なんやね」
二夜子は、その翼を、大きく、さらに力強く羽ばたかせる。
「この姿になって、こういう力を手に入れて、うん、なかなか面白いと思うんよねー」
空を越え、星の世界へと飛ぶ。
「うちがあの赤い月に到着した、初めてになるんやね」
星々が煌めく闇の世界。
俺たちは宇宙を飛ぶ。
『綺麗ですね。でも、どこか作り物めいた、ただの映像のようにも見えます』
ユエインの言葉通り、この宇宙は作り物なんだろう。
『ユエイン、二夜子、気付いているか?』
俺は2人に問う。
「ランちゃん、どったの?」
『呼吸だよ、呼吸』
そう、今の俺たちは宇宙空間にいるはずだ。しかし、息苦しくなることはない。普通なら、こんなデッドスペースに何の用意もなく飛び込めば大変なことになるはずだ。もちろん、二夜子が、お得意のバリアで俺たちを守っているからでもない。
『言われてみれば……。てっきり二夜子が何かをしているのかと思っていました』
「もう、ユエインはうちをどう思っているんよ」
二夜子はにししと笑っている。
「そうやね。ランちゃん、うちも、それが不思議だったんよね」
『不思議でも何でもないかもしれないぞ。呼吸が必要だというのは、元の世界を知っているからこその思い込みだ』
「なるほどね」
魔素で作られた世界だ。呼吸が必要なように作ることは出来るだろう。が、その動作が必要だというだけで、本当に必要だとは限らない。この宇宙も同じだ。元の世界の常識を当てはめる必要は――無い。
『色々と常識を破壊された気分ですね』
「そうやねー」
二夜子は飛び続ける。
しかし、どれだけ飛び続けても赤い月には近づかない。
星のきらめく背景が続くだけだ。
「ランちゃん、これ、元々の月にはたどり着けると思う?」
元々の月、か。赤い月ではなく、元からあった、俺たちの世界の月。どうなんだろうな。
『葉月が、元々の月を用意していれば近づけるのではないだろうか? ただ、背景として作っただけなら近づけないだろうな』
『是非、作ってて欲しいですね』
何故か、狐姿のユエインが目を輝かせている。
「そうやね、月までの旅行なんて、元の世界では難しいんやからね」
『では、今度、月でお茶でもしようか』
「マスター、その時は私が準備を行います」
二夜子は星と闇を背景に飛び続ける。
さて、と。
どうしたもんだか。
目の前に、手が届きそうな先に、赤い月は見えているのに、届かない。
どれだけ進んでも、近寄ることはない。
「さて、と。ランちゃん、宇宙遊泳も楽しんだことやし、そろそろ行くよー」
と、そこで二夜子が大きく羽ばたいた。
『二夜子!?』
「ランちゃんが言っていたよね。想いが力だって。この世界は想いで創られた世界なんやって」
二夜子が飛ぶ。
「だから!」
宇宙を飛ぶ。
「うちの想いは届くんやってっ!」
そして、二夜子の想いが宇宙に届く。
宇宙の背景を砕き、貫き、抜ける。
宇宙がまるで砕けたガラスのようにバラバラと落ちていく。
「なめんな! うちの想いは年季が違うんよねー!」
宇宙を砕き、赤い月を呼び覚ます。
俺たちの目の前には、いつの間にか巨大な赤い月が――いや、巨大な黒い球体に赤い線が走る謎の物体があった。
亀裂のように走った赤い線が光り、黒い球体が形を変えていく。
『二夜子!』
ユエインが叫ぶ。
「ユエイン、分かってる」
黒い球体から別れた黒い棒が生まれる。そして、その黒い棒の赤い線が輝き、光が放たれる。
次々とこちらを目掛けて光線が放たれる。二夜子が飛び、光線を回避する。
「う、意外とキツいかも」
二夜子が次々と放たれる光線をギリギリで回避していくが、なかなか思うように前へと進めない。弾幕が濃いな。
俺は二夜子の頭の方へと歩いて行く。
「どったん、ランちゃん。そこに来られると、頭が動かせなくなるんよねー」
『二夜子、このまま突っ込め』
「分かった」
二夜子は聞き返さない。俺を信じて飛ぶ。
そんな俺たち目掛けて光線が飛ぶ。
次々と光線が飛ぶ。
それを俺は腕輪の力で弾く。
巴から貰った腕輪で弾く。
「ひょー、さすがはランちゃんやね」
『いや、これは巴の力だ』
黒い棒から放たれる光線を弾く。
喰らうかよッ!
通じるかよッ!
俺が巴から貰った力で弾き、二夜子が飛ぶ。
そして、黒い球体の本体が見えてきた。
「ランちゃん、降りるよ」
ああ、ついに葉月の本拠地だなッ!