12-52 過去ではなく、未来の為に
―1―
俺は目の前の少年姿のフミコンを見る。フミコンの表情はない。それは幻影体だからなのか、それとも何か思うところがあってなのか、俺には分からなかった。
……。
「ラン王は、そのような知識をどちらで得られたのですかのう」
しばらく間を置き、フミコンが口を開いた。その視線はユエインへと向いているように見えた。
ユエインとフミコンの関係は分からない。
魔人族の長、デザイアがユエインのことを喋った時、フミコンは何も反応しなかったはずだ。していなかったよな?
なのに、何故、本人を前にして、この反応なんだ?
……。
いや、違う。あの時は、フミコンは、巨大な天使像との戦いで全魔力を使って眠りについていた。そうだ、ちょうど、フミコンがいないタイミングだった。となると、だ。もし、フミコンが起きていたなら何か反応していたのだろうか。
『フミコン、ユエインのことを知っているようだが、どういう関係か教えてもらっても良いか?』
人の事情に突っ込むのは余り好きじゃないけどさ、これは確認しなければならない。知りませんでは、済まないことかもしれないからな。
「ふむ」
フミコンが少し考え込むように腕を組む。そして、大きなため息とともに口を開いた。
「かつて、わしは女神の使いである九本の尻尾を持つ星獣に殺されかけたのじゃよ。それ以来、星獣には狙われるようになってのう」
そう言えば、フミコンは星獣を酷く恐れていたな。そんなことがあったからなのか?
『それを私が、ですか? 記憶にありませんね』
ユエインは首を横に振る。
「人違い――いや、これは星獣違いかもしれませんのう」
フミコンはほっほっほっと笑っている。
……。
どうだろうな。
デザイアは言っていた。「三神殿の場所や守護している天竜族を知っているのも、女神のことを知っているのも、全てユエイン様に教えて貰ったからだ」てな。今のユエインに、そういった知識があるようには見えない。もしかすると、俺が解放した時に、そういった記憶が抜け落ちてしまったのかもしれない。ユエインに、その時の記憶があれば、もう少しフミコンに突っ込んだ話が出来たのか?
「ラン王、お話はもうよろしいかのう」
フミコンは真紅妃を見ても、何も反応しなかった。あの時の戦いを知っているなら、真紅妃の姿を見た時に反応しても良いはずだ。
……。
いや、あの時の戦いで俺は真紅妃を使ったか?
フミチョーフ・コンスタンタンが作った障壁を破壊するのには使ったはずだ。あの時、あいつは俺を特異点と呼んでいた。真紅妃よりも俺自身に注目していた可能性がある。だから、フミチョーフ・コンスタンタンの記憶に残らなかった可能性が……。
……。
いや、違う、そうじゃない。
『フミチョーフ・コンスタンタンという男は人類の再生と解放を目指していると言っていた』
そうだったな。
「ふむ」
俺は少年姿のフミコンではなく、本体である異形姿の蠢く物体へと振り返る。
俺は、俺たちはかつてフミチョーフ・コンスタンタンという男と敵対していた。それは人類の敵だと思っていたからだ。
しかし、俺たちが敵対していたのはフミチョーフ・コンスタンタンだ。フミコンではない。
『かつては敵対するしかなかった』
そう、俺は、フミコンを詰問するために、戻ってきたわけじゃない。
過去を清算するために戻ってきた訳じゃないんだ。
フミコンの思惑や狙い、そんなものは関係ない。
俺の目の前にいるのはフミチョーフ・コンスタンタンではなく、フミコンだ。
『フミコン、やって欲しいことがある』
これはお願いではない。
「ラン王、どういったご命令ですかな?」
俺の後ろから声が聞こえる。それでも、俺は目の前のフミコンの本体に話しかける。
『今、人が魔獣化する現象が起きている。フミコンなら原因も治し方も分かるだろう』
俺は断言する。
「ほっほっほっほっ、それはどうですかのう」
俺の背後にいる少年姿のフミコンの表情は分からない。
『フミチョーフ・コンスタンタンという男は人類の再生と解放を目指していると言っていた』
俺はもう一度、改めて問う。
『フミコンも同じなのではないか?』
「ラン王……」
フミコンの思惑が何処にあれ、それは変わっていないはずだ。
『フミコン、今は、彼らも『人』だ』
女神が作り上げた人間もどき。魂のない器だけの存在。人形。
でも、今は彼らも『人』だ。
創造主である女神に立ち向かうことが出来る者達が生まれるくらいに『人』なんだ。
『今の俺なら、女神を、葉月を止められる』
そう止めてみせる。
「そなたは……?」
だから、俺はフミコンに言う。
『フミコン、『人』を救うべきだ』
もしかすると、葉月を止めた後にフミコンと敵対することが起こるかもしれない。それでも、今は協力し合えるはずだよな。
……。
沈黙が続く。
二夜子もユエインも口を開かない。いつもは空気を読まない14型も、今だけは何も喋らない。
……。
そして……、
俺の目の前の蠢く物体が、まるで地団駄でも踏むようにバタバタと、その触手のような足を動かしていた。それは、何かに葛藤するかのように、何かを吹っ切ろうとしているかのように見えた。
「承知……した」
ああ、頼む。
俺は、それだけを頼んだ。
もう、これで俺にやるべきことは無い。やり残しはないはずだ。
後は最後の戦いだな。
一人考え込んでいるフミコンを後にして、俺たちは城の外へと向かう。
「ランちゃん、もしかして彼は……」
14型に運ばれている二夜子が口を開く。
『彼は、俺たちの仲間のフミコンだ』
「ふふ、そうやね」
二夜子は笑っていた。
2021年5月9日修正
そういうった知識が → そういった知識が




