12-48 八大迷宮『名を封じられし霊峰』
―1―
次々と鳥居を抜けていく。こうしてみると空間転移実験の残骸ってのも理解出来るな。
「サクサクやね」
『急いでいるからな』
人が魔獣に変わる現象が起こり始めているからな。それを解決するためにも急ぐ必要がある。と言っても、あいつの設けた、この世界を水没させてリセットするって宣言した期間は、有って無いようなものになっているだろうけどさ。まぁ、そちらも油断は出来ない。
次々と進むべき、正面の鳥居の数が減り、選択肢が限られていく。まぁ、間違えることはないな。これがさ、葉月が仕掛けた罠だったら、最後の最後で、今までのセオリーが通じないとか、そういう嫌がらせがありそうだけどさ、多分、今回は無いだろう。
この鳥居の裏で魔素が渦巻いているってのも、空間転移のために必要だから起こっている現象だろうしな。
最後の鳥居を抜けると、そこは崖の上だった。俺の背後は切り立った崖になっており、その先端に戻るための鳥居が立っていた。そして、正面は岩陰になっており、そこがくり抜かれ、岩山の中へと続く洞窟が口を開けていた。
薄暗い洞窟の入り口にはいつもの台座が置かれている。
「ここの迷宮は他と比べても極端に難易度が高いんやね」
『そうですね。竜なんて、物語では一番凶悪な敵として描かれることが多いですからね』
まぁ、ここは竜が住む霊峰って扱いなんだろうさ。確かに他の八大迷宮よりも難易度は高いが、そこは入れる期間を限定することで調整しているんじゃないか?
「まぁ、倒しているのは14型ちゃんなんやけどねー」
「当然です。マスターが動く必要の無い雑魚の露払いは、この私の当然の仕事なのです」
14型が得意気だ。うん、助かってるよ、14型。
飛んでくる蝙蝠や蛇の魔獣を払いのけ、洞窟を進んでいると、その先から明かりが見えてきた。そして、奥に進むほど、周囲の温度が上がっていく。
「熱くなってきた」
二夜子は舌を出してぐったりとしている。
『ここも、かなり暑いですね』
噴火口が近いからな。君らみたいな天然の毛皮に包まれているとキツいかもな。
「ランちゃん、氷!」
二夜子さん、わがままっすねー。羽猫の時から、こんな感じで喋っていたのだろうか。まぁ、その時は14型しか理解出来なかったんだけどさ。
今回も氷の壁を作り、その上端部分を竜泉の大剣で切り落とし、二夜子とユエインに渡す。
「このご恩、忘れないにゃー」
『助かります』
だから、二夜子、何でお前は、あざとくにゃーっとか言っているんだよ。
洞窟を抜け、すり鉢状になった道を、紫の溶岩を――その上に作られた城を目指して降りていく。
「溶岩の上に城があるなんてファンタジーやねぇ」
『狂気の沙汰ですね』
俺も狂気の沙汰だと思うよ。葉月のことだ、何か思惑があって――いや、何らかのジョークで作ったんだろうさ。
城へと続く巨大な跳ね橋が見えてくる。橋の下の紫色の溶岩はぐつぐつと嫌な音を立てている。吹き上がった紫の炎の柱が、その跳ね橋を飲み込むが、ビクともしていなかった。魔法的な溶岩だからな。火属性無効の橋とか、そんな感じなんだろうか。
吹き上がる紫の炎のタイミングを見計らい橋を渡る。そして、巨大な門を抜け、城前へと滑り込む。
『ここは魔法的な炎なのに熱を持っているのですね』
あれ? そう言えばそうだな。紫の炎なんだから、熱いのは――何か燃やしているのか? うーむ。まぁ、考えても答えは出ないな。もしかすると、この紫の溶岩の下に何かあるのかもしれないな。しかしまぁ、それは、今の俺には関係のない話だな。
溶岩城の扉の前には、緩やかな弧を描く剣を掲げた大きな騎士鎧が立っていた。やはり、復活しているか。周辺の魔素を使って復活している関係上、何度か倒せば復活しなくなるだろうけどさ。今回は、そんな余裕は無いからな。
「マスター、行きます」
14型が駆け抜ける。大きな騎士鎧が動き出す前に、14型の世界の壁槍に貫かれていた。14型が、そのまま大きな騎士鎧を持ち上げる。そして、世界の壁槍を振り払い、紫の溶岩へと投げ落とした。
大きな騎士鎧が溶岩に飲み込まれていく。今更のように動き出した騎士鎧が体から紫の炎を吹き出すが、そのまま溶岩の中へと沈んでいった。さすがは14型、馬鹿力だな。しかし、こうすれば瞬殺出来たのか。前回は微妙に苦労した気がするんだけどなぁ。
14型が溶岩城の扉を押し開ける。
さて、と。
確か、ここは、三つの通路から像を取ってくるのが正規ルートだったよな。猿の像、犬の像、鳥の像だったかな。
俺は通路を無視して円形状に並んでいる台座の前に立つ。
「ランちゃん、ここの攻略って置物がいるんやないの?」
二夜子が首を傾げている。そう言えば、前回、ここを攻略した時に羽猫も一緒だったか。
『確かに、普通ではそうだろうな』
そうなんだよな。
必要なんだよな。
だから、作る。
俺は周囲の魔素を集め、猿の像、犬の像、鳥の像を造り出す。前回、見て触って、どんなものかは覚えているからな。今の俺なら――ここまで来た俺なら複製も可能だ。
「もう、何でもありやね」
二夜子は呆れたような顔で俺を見ている。
『14型、前回と同じように像を置いてくれ』
俺は14型に作成した像を手渡す。
「にしても、これはあれやね。鬼に立ち向かう犬、鳥、猿って――まるで童話みたいやね」
ここは葉月が作った迷宮だ。間違いなくそうなんだろうな。
「そう言えば、うちらもそんな感じやね。うちが鳥、ユエインが犬かな」
『私が犬ですか?』
狐姿のユエインは首を傾げている。羽猫を鳥扱いも無理があると思うけどな。しかし、となると猿は……。
俺と二夜子は14型を見る。14型が猿かぁ。猿かぁ。
「マスター、何やら不穏で不快な視線を、その小さな生物から感じるのです。そちらのものをひねり潰す許可が欲しいのです」
いつの間にか14型が二夜子の前に立っていた。二夜子が怯えたように後ずさっている。
「14型ちゃん、プレッシャーが、プレッシャーがやね」
『14型、像は置けたのか?』
「マスター、目も悪くなったのですか? 見れば分かることを確認するのは悪い癖だと思うのです」
はいはい。
すでに三つの像は置かれており、くるくると回り始めている。
そして、置物の動きが止まる。それに合わせて、二階の扉がゆっくりと開き始めていた。
さあて、最後へと向かいますか。
「ランちゃん、きびだんご、ちょうだい」
八大迷宮、最後の決戦に向かう俺の横では、14型に無残な姿で運ばれている二夜子が、のんきにそんなことを言っていた。こいつは、ぶれないなぁ。