12-36 因果の輪の先の茶番劇の先
―1―
「そうやねー、何から話そうか?」
来栖二夜子自体、考えがまとまっていないのか、話を切り出すタイミングを計っているように感じる。何から、か。
『二夜子、お前は何を知っているんだ?』
俺の質問に二夜子は肩を竦める。
「何を、と聞かれたら、何も知らないとしか答えられないんよねー」
はぐらからされた? いや、本当に知らないのか?
「では、うちの知っていることからやね」
改めて二夜子が口を開く。
「もし、この今ある世界とは別に、何も起こらなかった世界が続いていると言ったらどうやろね」
どうも、こうもないだろう。
『重なっている世界があるということか? しかし、それは……』
この世界が、今の世界になってから、色々な可能性によって別れた重なっている世界が存在しているのは理解している。だが、何も起こらなかった世界だと? 起こってしまったから別れた世界なのに、何も起こらなかった世界が存在するはずがないじゃないか。
「まずは、うちの本当の能力を知ってもらった方が信じてもらいやすいかな」
二夜子が右手を水平に持ち上げる。何を始める気だ?
その右手の先が、ぐにゃりと曲がり形を変えていく。右手が小さな子狼の姿に変わり、そこから落ちる。
「これが分体やね」
別れ落ちた子狼が小さく欠伸をしている。何だ、その力は?
「うちはね、体の一部を、他の動物に変えて使役することが出来るんよねー」
簡単に言っているけど、恐ろしい能力だぞ。
『二夜子、あなたの能力は催眠だったと思うのですが、それも、それを利用した幻術ですか?』
ユエインの確認の言葉――それに二夜子は首を横に振っていた。
「それも能力の一つやね」
能力を隠していたってことか?
「うちの本体がやね、ある時から、遊んでいた分体の一つが戻ってこないことに気付いたんよね」
まさか?
「そうやね、ランちゃんが思ったように、その戻ってこない分体ってのが、うちやね」
『つまり、本体は何も起きなかった世界で、普通に暮らしているということか?』
俺の言葉に二夜子は頷く。
「そうやね。あれが普通と言えるか微妙なところやけど、そうやね」
二夜子から別れ落ちた子狼は、不安そうに周囲をキョロキョロと見回し、そして、すぐに元の二夜子本人の体へと戻った。なくなっていた右手が元に戻る。二夜子は、その右手を確認するように、手を開き、閉じるを繰り返している。
『二夜子、お前のその言葉が確かなら、元の世界はあるのだな? 戻ることが出来るのだな?』
それは希望だ。こんな馬鹿げた世界から抜け出せるなら、それは希望だ。
しかし、二夜子は肩を竦め、首を横に振る。
「この世界を壊せば、うちは戻れると思うんよね」
『ならば!』
しかし、二夜子の表情は優れない。
「でも、ランちゃんや、この世界の人々、その全てがなかったことになると思うんよね」
『なかったことになる?』
二夜子は頷く。
「言葉通りやね。うちからすればランちゃんも、皆も、あの女神を名乗っている女も、すべて仮想世界の住人――NPCみたいにしか思えなかったんよねー」
『ちょっと待って欲しい。どういうことだ?』
俺が、NPC? 確かに、この世界を創った葉月からすれば、そう思われても――しかし、その魂は、俺自身は、俺だろう?
「もし、元の世界が続いていて、その世界に、ランちゃんの元になった人が普通に暮らしていると言ったら、どうやろうね」
待ってくれ、ちょっと待ってくれ。俺が、元の世界の俺は俺で居る?
『二夜子が私たちに本当のことを言ってくれなかった理由を理解しました。二夜子は、自分だけが助かるために、全て消えて欲しいとは言えなかったのですね』
ユエインは何かを納得したように頷いている。
『二夜子、それは真実か? お前の勘違いだとか、思い込みである可能性は?』
二夜子は肩を竦めるだけだ。
「それを言われてしまうと何も言えないんよね。うちとしては絶対に信じてもらえないと困るいう話でもないんやからねぇ」
う、嘘だろ……。
『だから、あのとき、杭を封じずに破壊しろって言ったのかッ! だから、この世界を壊そうとしたのかッ!』
杭を封じずに壊せば世界が壊れる。そうだよな、元の世界に戻る方法が世界を壊すことだって言うのなら、それを行おうとするよなぁ!
「この世界の因果の輪に囚われてしまっている部外者のうちには壊せないものやからね」
そういうことかよッ!
『何故、それを私たちに話したのです?』
ユエインの言葉に二夜子は自嘲気味に笑う。
「聞きたがったのはランちゃんたち、だからかな?」
『自分は知りたくなかったよ』
「勝手やねぇ」
二夜子は寂しそうに笑っている。
『二夜子はこれからどうするのだ?』
「ランちゃんのおかげで、あの女に囚われていた半身も戻ってきて、記憶も戻ったことやしねー」
二夜子は腕を組み考え込んでいる振りをしている。
「ランちゃんの味方をしようと思っているんよ」
『今更、何をッ!』
「そうでなければ、全てを言わなかったと思うんやけど?」
こいつは、こいつはッ!
『元の世界に帰るのではないのか?』
「うちはね、もうこの世界の住人でもいいかな、思ってるんよ。この小さな新しい世界の住人でもね」
『今更、どの口がッ!』
「その理由は、ランちゃんと同じかなー?」
二夜子は後ろ手に組み、こちらに笑いかける。
あー、あー、くそ、知りたくもないことを知ってしまった。これでは、今までの俺の全てが茶番じゃないかッ!
でも、この新しい世界のために、か。
そうだな。
俺は、自分の手の中にある真紅妃、黄金妃、世界樹の弓と矢――いくつもの想いの欠片たちを見る。
俺にとっては偽りの世界ではない現実がある。
俺のやることは変わらない。
俺のやるべきことは変わらない。
2021年5月16日修正
世界樹の弓、その矢―― → 世界樹の弓と矢――いくつもの