12-35 始まりの地で始まったこと
―1―
そう、来栖二夜子だ。
小さな羽猫の姿をしているが、それは、確かに来栖二夜子だった。
『お前は……』
「ランちゃん、会話は後やね」
二夜子は俺をランと呼び、そして、こちらへとパタパタと小さな羽をはためかせて飛んでくる。そして、そのまま俺の頭の上に収まった。
「まずは、崩壊するここから脱出やね」
迷宮の主を失ったため、『空中庭園』が崩壊を始めている。
いや、失ったか?
俺の頭の上に収まった、コレは何だ? 迷宮の主だったものじゃないのか?
違う扱いなのか?
俺の疑問はともかく、迷宮は崩壊を始めている。揺れ、崩れ、その姿を魔素へと変え始めている。人が造った恒星間移民船だったとしても、その素材は世界が崩壊した後の物だから、か。そう言えば、『空舞う聖院』も『世界の壁』も、『世界樹』の人工部分も、同じだったな。どうあがいても、魔素で造られた物でしかないのか。
魔素で作られていないものは、その魔素という容器に入れられた人の魂くらいだろうか。
人の魂という見えない物が存在するとしたならば、だがね。だが、俺は、それを信じたい。
「マスター、脱出します」
「14型もただいまやね」
二夜子が俺の頭の上で14型に手を振っている。いや、そこで手を振られると視界が遮られるんだが。
「マスターの隣を許したわけではないのです。今回も、緊急時のため、そこにいることを許しているだけなのです。ですが、お帰りなさいなのです」
14型が世界の壁槍を背中にまわし、俺とユエインを持ち上げる。そして、そのまま駆ける。
崩壊を始めた八大迷宮『空中庭園』を駆ける。
「ランちゃん、ここを抜けたら、うちと同調して飛ぶよ」
頭の上の二夜子が俺の頭をぺしぺしと叩いている。いや、同調って、いきなり言われても困るんだけどさ。
『その声、本当に二夜子なんですね』
「ユエもただいまやねぇ」
頭の上の二夜子はのんきにそんなことを言っている。って、そう言えば、こいつ、何で喋っているんだ? ユエインは念話だし、俺も天啓を使わないと喋ることが出来ないのに、どういうことだ?
崩壊する八大迷宮『空中庭園』を駆け抜け、そして、外へと出る。
「ランちゃん、飛ぶよ!」
二夜子の言葉と共に、俺の中に何処か見知らぬ場所の風景が流れてくる。草木も見えない、黒い岩肌だけの風景。何処だ、これは?
そして、俺は、その見知らぬ場所へと転移する。大きく、空へと飛び上がり、そのままその地へ。
転移スキルの力で、その謎の場所へと降りる。
ここはナハン大森林の近くか?
『二夜子、ここは何処だ?』
見渡すばかり、何もな……いや、アレは?
『二夜子、まさか、ここは?』
そう、この場所は。
「始まりの地やね」
始まりの地。
そう、俺たちが、フミチョーフ・コンスタンタンと戦った、あの隕石だ。不思議なことに、俺たちが乗っていたアマテラスの残骸が、そこには残っていた。そう、何年も、何千年も経っているはずなのに、その残骸が残っていたのだ。
『あれはアマテラスですか?』
「そうやね。今は迷宮と化しているようなんやけどね」
迷宮化しているから、残っている?
『二夜子、何故、この場所に……』
「ゆっくりと会話出来る場所が必要やと思ったんよね。ランちゃん、聞きたいこと多いでしょ?」
いや、そうだけどさ。それは確かに凄く気になる。だけど、それよりも、だ。
『八大迷宮『空中庭園』は沈んだ。上に乗っていた首都ミストアバンは無事だったのだろうか?』
そうなんだよな。俺は、迷宮が崩壊することを誰にも伝えていない。いや、天竜族のウルスラがいるから大丈夫だとは思うが、それでも、何か起きていたら? 俺は急ぎ戻り、そのことを伝えるべきじゃないのか?
「マスター、構造計算から付着した上部は問題ないと断定出来るのです」
ほんとにぃ?
「マスターの今の空っぽの脳みそでは計算能力が足りないため、想像出来ないと思うのですが、間違いないのです」
誰が空っぽだよ。
「ランちゃん、アルファゆずりの14型ちゃんの計算を信じるべきやね」
頭の上で二夜子が笑っている。だから、お前はいつまで俺の頭の上にいるんだ。こいつ……。何を言っているか分からなかった羽猫の状態ならまだしも、普通に喋れるようになると、一気に小憎たらしくなるなぁ。
『分かった。神国のことは信じよう。では、改めて二夜子、これはどういうことだ?』
「そうやね」
俺の頭から二夜子が飛び降りる。
そして、そのままくるりと一回転。小さな羽猫は光に包まれ、そして、その姿を変える。
そこに立っていたのは元の来栖二夜子、そのものだった。いや、少し幼くなっているか?
『その姿は?』
「この方が会話しやすいと思ったんよ。あまり長くは維持出来ないんやけどねー」
人の姿。
本当にこいつ、何者なんだ?
「改めまして、うちは来栖二夜子やね。かつて、みんなと共に第七魔導分隊として働いた来栖二夜子、本人やね」
来栖二夜子はにこりと笑う。
「そして、元々の来栖二夜子と別れ落ちてしまった分体の一つやね」
『分体? どういうことだ?』
「焦らない、焦らない。今のランちゃんには全てを説明するから」
来栖二夜子は、ただ微笑んでいる。