12-25 ただ、信じるだけだからな
―1―
人が魔獣になる?
まるで、かつての、瘴気によって人が変異した時を思い出させるような状況じゃないか。
『先ほどの魔獣も、元は人か?』
俺の言葉におっさん二人が頷く。
「逃げ遅れた人を見つけたと思ったらアレだぜ」
人が魔獣になる、か。
『人が……』
「気にするんじゃねえぞ。俺たちが発見した時から、元から助かる見込みがないほどの怪我だったんだからよ」
「ああ、確かによ、もう助からねぇって、そんな風に俺も思ったけどよ。でも、魔獣になるのはあんまりだぜ」
俺もあんまりだと思う。
「それこそ、誰かが介錯してやるべきだったんだろうよ。魔獣になって、人を襲い始める前に止められて、よ」
このおっさん連中は、俺の気持ちを考えてくれているのか? 本当に、モヒカンにツルッパゲなのに気のいい奴らだよ!
「おい、話し込んでいる場合じゃないぜ」
「ああ、そうだな」
他からも戦いの音は聞こえる。そうだな、人が魔獣となって襲いかかり、被害が出ているというなら、それを防がないと。
『自分も……』
俺が口にしようとした言葉をおっさん二人が止める。
「ここは俺たちに任せろってんだ」
「そうだぜ。ここには用があってきたんだろうが。お前はお前のやるべき事をやれ」
『分かった』
分かった。分かったけどさ、それでも助言くらいはいいよな?
『もし、魔獣に変異しそうな人が居たら、まだ取り返しがつきそうな状況だったなら、意思を強く持つように励ましてあげて欲しい』
この世界で重要なのは意思の力だ。だから、意思を強く持てば、ある程度は魔獣化を防げるはずだ。
「意思を強く持つ、だな? 分かったぜ」
最初の兵士が魔獣にならず、すぐに黒い液体と化したのは魔石に傷が入っていたからだろう。おっさんが出会った人は深い傷でも魔石は無事だったんじゃないだろうか。だからこそ、生きる力が弱くなって魔獣化した、と。しかし、そうなると、さすがに意思の力だけでは難しいか。
『それと、もし深い傷を負っているなら……』
「分かった、分かった。任せろ」
「この王様はよぉ、俺が回復魔法が使える治癒術士ってことを忘れてると思うぜ」
あー、そう言えばモヒカン、その外見からは予想外な治癒術士だったな。
『とにかく、だ。自分は魔獣になんてならない、自分は自分だ、と強く思え、分かったな』
俺はおっさん二人に再度、念を押す。おっさん二人は苦笑しながらも頷いていた。ホント、任せたからな。
俺はおっさん二人に、その場を任せ、城へと急ぐ。駆け出した俺を、いつの間にか背後に回っていた14型が、すっと持ち上げ、そのまま駆け出す。ユエインは無理矢理14型に背負われていた。
『あのう、扱いが酷いと思うのですが』
『俺も同じだ』
まぁ、14型だから、仕方ない。
にしても、だ。
他の地が――再度訪れた地が、割と平和だったから油断したな。俺は甘く見ていた。
この世界は、葉月が、一度滅ぼすと決めた世界だったってことを軽視していたよ。魔族以外の人は、葉月が魔素から作り上げた人造人間だ。葉月のあの性格なら、世界を作り替える為に、人を元の魔素に戻すことだってやりかねないだろう。出来るだけ抗って抵抗して欲しい。俺は、信じるだけ、だな。
城の門へと駆ける。
城の門は開かれており、そこを守るように顔全てを覆うフルフェイスの兜を身につけた重装備の騎士が立っていた。
『通してもらいたい、このような姿だが、冒険者だ』
まぁ、今はステータスプレートもないから、それを証明することは出来ないんだけどさ。
「知っているぞ、下水にすんでいた芋虫魔獣だな」
重装鎧の騎士がフルフェイスのバイザーを上げる。そして、ニヤリと笑う。
「今は、同盟国グレイシアの王だな」
それは、ジョアンに聖騎士としての手ほどきをした聖騎士長のシメオンだった。同盟国、というのは迷宮都市のことではなく、自国のナリンのことだろう。
『なぜ、ここに?』
「所用でこちらに来てみれば、騒動に巻き込まれ、自国に帰る時を失ったのだよ」
聖騎士長は肩を竦める。まぁ、この人が門番をしていれば、城は安全か。
『中に入りたいのだが』
「ああ、通るといい。しかし、ヤズ様には会えないからね」
うん?
『何かあったのか?』
「あいつらしくなく、負傷してね。傷は癒やしたが、まだ本調子ではない」
あー、うん。ヤズ卿って、自らが先陣を切って進みそうな性格だもんな。誰かを庇って負傷とかしてそうだ。
「案内は必要か?」
『不要だ』
勝手知ったるなんとやらってね。聖騎士長さんには、このまま、ここを守ってもらう方がいいだろう。
俺は14型に城内の道順を伝え、八大迷宮『名も無き王の墳墓』へと向かう。
こんな時に迷宮か、って思われそうだけどさ、こんな時だから、こそだよな。俺は、俺のやるべき事をやる。あまり時が残されていないと再確認出来たから、さらに急いで攻略するだけだ。
俺は、皆を、これまでの旅で出会ったみんなを信じているからな。だから、安心して任せられる。
俺は俺のことを出来る。
そして、城内、東側の庭へ。
さあ、行くぜ、八大迷宮『名も無き王の墳墓』!