12-20 全ては全てが終わってから
―1―
ホーシアの目の前でレディ・ネイの海賊船が止まる。
「あたいら、海賊が近寄れるのはここまでよ」
目の前のホーシアまでは、まだまだ小舟で渡らないと苦労しそうな位の距離があった。まぁ、海賊船が普通に入港は出来ないよな。いくら小回りがきく海賊船だと言っても、ファット船長のネウシス号ほどじゃないし、この距離も仕方ないか。
『かたじけない、助かった』
俺はレディ・ネイに礼を言い、そのまま14型と共に飛び立つ。
「あんたなら、世界を変えられるって信じてるよ!」
ああ、期待しててくれ。
周囲の魔素を取り込みながら《永続飛翔》スキルを使いホーシアへと飛ぶ。そして、ホーシアに降り立ったところで軍隊に取り囲まれた。ああ、うん。
そりゃまぁ、俺は世界の敵として全世界に指名手配されているような状況だし、海賊船からやってくれば当然か。
しばらく俺を囲んでいる軍人さんたちとのにらみ合いが続く。俺の後ろに立つ14型は槍を立て無言で威圧感を放っていた。ああ、まぁ、14型はこんな感じだけどさ、俺は敵対する為に来たわけじゃないからな、無理矢理突破するわけには――いかないよなぁ。
『すまない、ここの代表者と話がしたい』
「その必要はない!」
俺を取り囲んでいた軍人さんたちを割ってガチガチの鎧姿の男が現れる。えーっと、確か今の将軍だったよな? 名前は何だったかな?
「大恩ある、あなたには申し訳ないが、我が国を危険にさらすことは出来ない。こちらとしては素直に帰ってもらえると非常に助かる」
何というか、ストレートだな。あまり腹芸とか出来ないタイプなんだろうな。いきなり世界の敵だな、死ねい、って感じで襲いかかってこないのも恩人だから、か。うーむ、迷惑をかける前に立ち去るか?
『こちらとしては、この国に迷惑をかけるつもりはない。沈んだ八大迷宮『空舞う聖院』まで船を出してもらえれば、それで充分だ』
まぁ、その船を出すっていうのが軍船を使う形になるだろうから、大事なんだろうけどさ。
「むむ」
将軍は困ったように眉間にしわを寄せる。いや、本当に困っているのだろう。この人もさ、融通が利かないだけで悪い人じゃないんだろうなぁ。
と、考え込んでいる将軍の下へ一人の兵士が走り込んで来る。その兵士が将軍に何かを伝える。叡智のモノクルも、劣化したのか、遠くの会話までは見えなくなったようだ。何を話しているかまでは見えない。
「何? 女王様が? しかし……いや、分かった」
改めて将軍が俺の方へと向き直る。
「船を出そう」
お、軍船を出してくれるのか。
―2―
将軍の案内で軍船へと向かう。その間、将軍は気難しそうに眉をしかめたまま無言だった。
軍船に乗り込み、客室前に到着したところで将軍が口を開いた。
「向かうのは『空舞う聖院』前までだ。それまで、この中で静かにしてもらえると助かる」
将軍が客室の扉を開ける。おー、わざわざすまないね。
「ヒデシ将軍、ご苦労」
そんな将軍に客室の中から声がかかる。
「な! リチャード先生、何故、ここに!」
将軍が驚きの声を上げる。客室の中にはリーン女王の祖父である元将軍が苦笑した姿で待っていた。
「何、星獣様と話がしたいと思ってよ」
「はっ! し、しかしリチャード先生、それは……」
「ヒデシ将軍、申し訳ないが、私の顔を立てて下がってもらえるか?」
「は、はっ!」
将軍が、ガチガチの敬礼をし、その場から立ち去る。
そして、将軍がいなくなったのを確認してから元将軍が口を開いた。
「申し訳ない、星獣様――いえ、ラン王」
元将軍が頭を下げる。
「あやつの態度、許してもらえないだろうか?」
それを将軍がいなくなってから言うのかぁ。まぁ、確かに将軍の態度は、仮にも一国の王に対する態度じゃなかったよな。まぁ、でもさ、あの態度も、敵対とまでは言わなくても、全世界を敵に回している俺に対しては、しょうがないのかなぁ。ここで許さん、無礼討ちだって、俺が騒いでも何もならないしな。
『将軍とは国を守る身、世界の敵となった自分に警戒するのは仕方ないと思う』
「そう言ってもらえると助かる」
元将軍が顔を上げる。許したんじゃないんだからね、貸しなんだからね!
「ところで、ラン王、ファット船長は元気だろうか?」
元将軍はそれが聞きたくてしょうがなかったのだろう様子で、すぐに続けるような形で話しかけてきた。
『あ、ああ』
「今はラン王の国も大変だと思われるが、その、ファット船長はどうかな?」
『大丈夫だ。今は、子ども二人に囲まれて大変だが、それでもしっかりと働いてくれている』
俺の言葉に元将軍が相好を崩す。何だろう、まるで孫の様子を聞きたいお爺ちゃんって感じだな。さっきほどまで纏っていた威厳というモノが全て削り落ちている感じだ。
「なんと、子どもが! ラン王、もし良ければ会いに行ってもよろしいだろうか?」
この人もファット船長を気にかけてくれている一人、か。まぁ、ファット船長は仕えている女王の兄貴分だもんな。
『ええ、もちろん。全てが終わった後、ご招待しますよ』
俺の言葉に元将軍が嬉しそうに頷く。まぁ、全てが終わったらだよな。このまま葉月の好きにさせて世界を終わらせるわけには、な。
その後も元将軍との会話は続き、やがて船が大きく揺れ始めた。
「マスター、どうやら、着いたようです」
俺の背後にて人形のように気配を消して静かに立っていた14型が口を開く。
そうか、たどり着いたか、八大迷宮『空舞う聖院』に。