12-17 八大迷宮『世界の壁』
―1―
14型と共に来た道を戻る。階段を、塔を上っていく。はぁ、キツい。長い時間をかけ塔を登り切り、橋を渡る。
ここに隠し通路があるんだよな。
さて、しばらく待つか。
しばらく待っていると勝手に隠し扉が開いた。壁に線が入り、機械的に、上へ、上へと上がっていく。相変わらず開いた理由が分からないな。中ボスを倒した後、自力でここまで戻ってきて、しばらく待つ、が開く条件だろうか?
まぁ、とにかく先に進みますか。
長い通路を抜け、壁の向こう側へ。広がる雪景色。永久凍土。この過酷な環境を生き延びて――生き延びる為に手にした力が、人を止めることだったってのは、皮肉というか、葉月の思惑通りだったのだろうか。
壁に取り付けられた階段を上り続けると、階段の先にリフトが入った透明な円形の筒が見えてきた。シリンダーのような形状の透明の筒は遙か上空へと続いている。
透明な円形の筒に入るとリフトが上昇を始めた。何処までも、何処までも、遙か上空までリフトは上り続ける。
14型はリフトの真ん中に優雅な仕草で居座っている。今回はジョアンもキョウのおっちゃんもいないから、広さ的に余裕があるな。九尾の子狐は俺の頭の上で眠っているようだ。まぁ、子狐だからな。睡眠が必要なんだろう。
やがて頂上が見えてくる。
透明な筒が開き、頂上の通路へ。
道幅は広く、だが手すりのない平坦な道。落ちたら大怪我ではすまないな。
俺たちが頂上へ降り立つと、背後の透明な筒が閉じられた。さらに道の端と道の端を中心として、大きく円を描くように青い霧が立ち上がる。
「マスター、危険を感知しました」
ああ、分かってるぜ。
『14型、ここが世界の壁の最後だ』
俺の言葉に14型が優雅なお辞儀を返す。
その時だった。道の端から、世界の壁の外壁を掴むように巨大な手が現れる。俺たちの進む先を塞ぐかのように巨大な掌。俺たちの後方にも同じように巨大な手が現れ道を掴む。
そして巨人が現れた。
ああ、待たせたな。
『ゆらと! 師匠から弟子への最後の授業だッ!』
―2―
現れたのは青く淀んだ水の体を持つ巨人。道を掴み、体を持ち上げている。
水の巨人が大きな――空気を震わせるほどの咆哮を上げる。ああ、待たせたよな。すぐに終わらせてやるからな。
水の巨人が、右、左と交互に水の手を叩きつける。まるで何かに歓喜しているかのようだ。そして、水の巨人が動く。
水の巨人が左手でこちらを殴りかかってくる。14型が飛び、水の左手を蹴り飛ばす。巨人の左手が爆散する。しかし、吹き飛んだ液体はすぐに水の巨人の本体へと集まり、左手を再生させる。
巨人は左手で道の端を掴み、右手を持ち上げる。そして、その右手に水の槍を作っていく。
俺はサイドアーム・アマラに持たせた真紅妃に自身の手を乗せる。真紅妃、俺とお前の弟子だ。分かってるよな? すぐに終わらせるぞ。
水の巨人が水の槍を振るう。俺は水の槍を《永続飛翔》スキルで回避する。そのまま水の巨人の懐へと飛ぶ。
水の巨人が、口から水の散弾を吐き出す。俺はサイドアーム・ナラカに持たせた世界樹の弓を構える。リッチ、お前の力も借りるぜ。
世界樹の弓に周囲の魔素を結晶化させた矢をつがえ、放つ。放つ、放つ、放つ。飛んできた水弾が魔法の矢によってはじけ飛んでいく。
俺は水の巨人へと突っ込む。
真紅妃が、俺が――水の巨人を貫く。
貫いた真紅妃の先には水の巨人のコアがあった。
青い球体――コアには閉じた目のようなモノと口があり、閉じられた目からは血のような涙と、口からはまるで呪詛のような言葉にならない言葉が漏れていた。苦しかったろう、悔しかったろう、俺が一瞬で終わらせてやるからな。
真紅妃が輝き、無限の螺旋を描く。
青い球体がねじれ爆散した。
俺は、ゆっくりと落ちる。天へと手を伸ばし、周囲へと散らばった魔素を集める。水の巨人を形作っていた魔素を集めていく。
俺は地上へと着地する。
『ゆらと、聞こえるか?』
俺が言葉をかけたからか、集めた魔素がほのかに青く光る何かへと姿を変えていく。
『ゆらと、師匠と呼べなんて偉そうなことを言っていたけどさ、俺、お前に何も師匠らしいこと出来なかったな。すまない』
そうだよな。ちょっと偉そうに槍の使い方を教えただけ。俺は、本当に師匠らしいことなんて、何もしていない。ゆらとは、何時だって、俺を馬鹿にしたように、でも、それでも、俺の教えは守ってさ……。
『師匠……、その声は師匠? それに僕は……?』
青い光が明滅し、やがて人の形を――青く透明な人の形を作っていく。青い影が自身の体を、姿を見る。
『ゆらと、すまない。最後の戦いで自分は負けた。俺は――師匠として、最後くらい師匠らしく……』
ああ、駄目だな。言葉にならない。
『気にしないでください』
青い影が首を横に振る。
『お前の魂だけは、囚われたお前の魂だけは――救う』
青い影が微笑む。
『師匠、ありがとうございます。僕は最高の師匠を持ったと思っています』
そんなことを言うなよ。
『槍の扱いが上手くなって、僕でも戦えるんだって楽しくなって……』
そこで青い影の言葉が止まる。何かを言おうとして、そして飲み込んだように、言葉が止まる。
『師匠、僕の力を……』
ゆらとの言葉と共に周辺に散らばっていた水が集まり、一つの槍へと形を変えていく。
『師匠、ありがとうございました』
ゆらとの言葉は過去形だ。
『ああ、お前の思い受け取った。必ず終わらせてやるッ!』
そして、青い影は薄れ、消えた。
ふがいない師匠だったけどさ、俺もお前に槍の扱いを教えるの、楽しかったんだぜ。
……。
お前の意思、確かに受け継いだからなッ!