12-13 思考の海と矛盾の海の中で
―1―
「マスター、迷宮が崩壊を始めたようです」
俺が楔となっていたリッチを解放したことで世界樹の崩壊が始まったらしい。迷宮が大きく揺れ、壁が崩れ、床が落ち、崩壊していく。この迷宮を形作っていた魔素が分解し、元の黒い液体へと還元されていく。
『14型、急ぎ迷宮を出るぞ。出口はこの奥だ』
戦いが終わったことによって奥の壁の一部が消え去っている。その先が叡智のモノクルとスキルモノリスが置かれていた部屋。その部屋の出窓から外に出られるはずだ。
14型、俺の頭の上の九尾の子狐と共に揺れる迷宮を駆け、奥の部屋へと入る。その部屋の台座の上には『叡智のモノクル』が置かれていた。スキルモノリスは崩れたままだ。何だ……と? 無くなったはずの叡智のモノクルが元の場所に戻ってきた? それとも女神セラの罠か?
……。
周囲の壁が崩れ、迷宮王の骨を飲み込んだ。迷宮の崩壊は、この部屋にまで及び始めている。考えている場合じゃないな。ありがたくいただこう。
俺は急ぎ叡智のモノクルを取り装着する。すると視界にメッセージが表示された。
【ようこそ、最果ての地へ。初回設定により記録されていたメッセージを表示します】
『ああ、うん、初めましてだよ。ようこそ、最果ての地へ。よくもまぁ、こんなところまでたどり着きやがったモノだよね、糞虫ども。あー、私は迷宮王と呼ばれている存在だよ。ここまで辿り着けた君らなら聞いたこともあるよね。君らが手にしたそれは叡智のモノクルと私が名付けたモノだよ。まぁ、君らにその価値も意味も理解出来るとは思いにくいが、もしそれが理解出来るというのならば、残りの迷宮も攻略してみると良いよ。全ての迷宮を攻略した先にこの世界の本当の意味を置いてきたよ。まぁ、出来るモノならば頑張れば良いんじゃ無いかな』
【初回限定メッセージを終了しました】
懐かしいな。今なら分かるが、このメッセージは葉月せらが用意した物だろう。
ん?
だが、そうなると色々と矛盾が出てくるよな。
何故、ここを最果ての地と呼んでいるのか? 糞虫どもという呼び方。これは葉月せらが作った種族に対してではなく旧人類の魔族に対して言っているような気がする。それにさ、迷宮王と呼ばれている存在だよって自分で言っているけどさ、本来は、ここに迷宮王ユニットが存在していて、迷宮の説明をしてくれるはずだったんだろう? 迷宮王の骨が残っていた訳だしさ。迷宮王自身(そう思わせる存在)が居る場で、この言い回しはおかしいよな? 本来はここに置かれている物ではなかった? でも、それなら残りの迷宮も攻略してみると良いなんて言うか? 全ての迷宮を攻略した先にあるっていう『この世界の本当の意味』ってのは地下世界、かつての崩壊した旧世界のことだろう。でも、魔族なら、その世界のことを知っていてもおかしくないよな? なのに、この世界しか知らない、女神セラが作った種族へと宛てたように語っている。話の中で矛盾している。矛盾だらけだ。
どういうことだ?
おかしいよな?
単純に葉月せらが――女神セラが狂っていただけという想像も出来るけどさ、何かが引っかかる。
俺は何かを見落としているのか?
「マスター、壊れたのですか? 思考能力の足りないマスターが考えても答えは出ないのです。今は考えるよりも行動するべき時だと進言するのです」
はいはい、そうだな。今の俺には相談出来る仲間もいる。この崩壊を始めている迷宮の中で、今、考えることじゃないな。
『14型すまない、急ぐぞ』
能面のような表情のままだが、何処か呆れているようなオーラをまとった14型と共に、俺たちは出窓から外へと出る。
次に向かうのは帝都だな。帝都から『世界の壁』に向かう。いや、まぁ、星の神殿を抜け、地下世界から出て――そのまますぐに向かった方が効率は良かったと思うよ。でもさ、俺は順番にこだわりたかった。俺が初めて迷宮を攻略した順番通りに、もう一度、その順番通りに八大迷宮を巡りたかった。
……。
まぁ、そんな場合じゃないってのも分かるんだけどな。でもさ、この世界では思いってのが重要だと思うんだよ。葉月せらが見ている夢のような世界。思いが強ければ強いだけ、この世界に干渉が出来るはずだ。だから、こういったルールは大事にすべきだ。
「マスター?」
いかん、いかん。また少し思考の海に沈んでしまったようだ。うーむ、どうにも、考え事をしてしまう。重なった世界の記憶を取り戻した影響だろうか。って、いかんいかん、また考え始めてしまった。
まずは帝都に戻ろう。
《転移》スキルを使い帝都へと飛ぶ。そこからは周囲の魔素を取り込みながら《永続飛翔》を使って南下だな。いや、正確な地図から言えば北上か。この世界、北と南を――上下を逆さまにして、元の世界からコピーしたかのような形になっているからな。まぁ、葉月せらも一から世界を作るのは難しかった――参考にするものが必要だったんだろう。そうだよな、世界を作るなんて、大事だ。
そんな簡単に、ぽんと一人で出来ることじゃない。




